理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター機能開発研究グループの藤田美紀研究員、七夕高也研究員(研究当時)、浦野薫研究員、篠崎一雄グループディレクターの研究チームは、植物の育成コントロールと成長観察を全自動で行う表現型解析システムを開発しました。
本研究成果は、植物が低水分ストレスなどの環境を感知し適応するメカニズムの解明と、水などの資源利用に関わる重要因子の発見を加速し、食料生産技術の最適化や資源利用効率向上型作物の育種に貢献すると期待できます。
植物は、生育環境に応答して時々刻々とその形質を変化させます。乾燥などの環境ストレス条件での耐性獲得や生長制御のメカニズムを理解するためには、精密にコントロールした環境下での植物の生長や変化を、時間を追って詳細に観察する必要があります。
今回、研究チームは、120個の植物をベルトコンベアで搬送しながら土壌水分などの生育環境を自動で個別に制御し、24時間体制で成長を観察するオートメーションシステム「RIPPS(RIKEN Integrated Plant Phenotyping System)」を開発しました。そしてこのシステムを利用して、段階的に変化させた低水分条件下における、植物の成長応答および水利用効率[1]の解析に成功しました。
本研究は、国際科学雑誌『Plant and Cell Physiology』オンライン版(7月13日付け)に掲載されます。
![全自動植物表現型解析システム「RIPPS」の図](/medialibrary/riken/pr/press/2018/20180713_1/fig.jpg)
図 全自動植物表現型解析システム「RIPPS」
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「植物トリプトファン代謝系を利用した炭疽病菌と共棲菌の同時制御技術の開発(研究代表者:西條雄介)」および農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業(シーズ創出ステージ)「植物の水利用効率に関わるストレス感知機構解明と分子育種への応用」による支援を受けて行われました。
背景
植物は根を下ろした場所から移動する自由を持たないため、刻々と変化する環境に柔軟に応答して適応する能力を獲得してきました。植物を取り巻く環境要因は、光、温度、水、栄養素など多岐にわたっており、個々の要因が複雑に絡み合って、植物の成長に影響を与えています。植物の環境適応メカニズムを理解するためには、この複雑な環境要因を一つ一つ解きほぐし、変化の過程を詳細に解析していく必要があります。
篠崎グループディレクターらはこれまで、乾燥や塩ストレスなどに対する植物の応答を研究し、乾燥耐性に関わる転写因子の発見や、ストレスホルモンであるアブシジン酸(ABA)[2]に関わるシグナル伝達機構の解明注1)、乾燥ストレスシグナルを伝達するペプチドの発見注2)など、重要な成果を発表してきました。これらの研究は主に、植物の生存に関わる激しいストレス条件に注目したものでした。一方で、ストレスにはさまざまな状態があり、植物の成長ステージやストレスの強度、あるいは複数の環境要因などによって植物の応答は変化します。しかし、植物の生育環境を手動でコントロールするには限界があり、また人間が植物の成長を観察し続けることも困難です。
今回、研究チームは、環境ストレス応答の知見をさらに掘り下げるために、ストレスの強度やタイミング、複数の環境要因の変化など、より複雑な環境条件における植物の応答と生長への影響を、定量的に解析するための表現型解析システムの開発を試みました。
- 注1) 2009年9月22日プレスリリース「劣悪環境に応答する植物ホルモン「アブシジン酸」の応答経路を解明」
- 注2) 2018年4月5日プレスリリース「乾燥に強くなる植物ペプチドを発見」
研究手法と成果
本研究では、複雑な植物の環境ストレス応答を解析するために、精密に制御された環境下で、植物の育成コントロールと成長観察を全自動で行う表現型解析システム「RIPPS(RIKEN Integrated Plant Phenotyping System)」 を開発しました。
研究チームはまず、植物を均一に育成するための装置を、茨城県の企業と共同で設計し、製作しました。この装置は、120ポットの植物をベルトコンベアで搬送しながら育成します(図1)。一般的に植物試験に用いる育成棚では、光の強さや空調の風など、ポットの位置によって局所的な微少環境が異なり、この差異が試験結果に影響して、正しい結果が得られなくなる場合が多くあります。RIPPSでは、植物を搬送することにより、定置試験の際に問題になるポットごとの微小環境の差異を均一にできます。
また、ベルトコンベアの一部に天秤とポンプからなる給水ステーションが設置してあり、給水ステーションに停止したポットの重量を計測し、指定した水分含量になるまで給水します。この機能により、手動の水やりでは難しい、半乾燥条件下での植物育成を行えます。計量と給水は1ポットあたり1日に12回行われ、ポットの水分含量は、さまざまなパターンで個別に制御することが可能です。
このRIPPSを、温度、湿度を精密にコントロールできる恒温室に設置し、さまざまな環境条件を再現できるようにしました(図2)。
加えて、製作した搬送装置に植物撮影用の自動カメラシステムを導入しました(図1)。植物の上部とサイド側に設置したカメラにより、ポットが1ステップ移動するごとに植物画像を取得し、画像はポットごとにフォルダに自動で振り分けられます。さらに、植物の暗所での成長に影響を与えない波長のLEDライトを設置し、夜間の画像取得を可能にしました。また、気化熱による葉の微妙な温度変化を感知できる高性能赤外線カメラを設置し、植物の蒸散量測定に用いました。
次に、このシステムを利用して、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、さまざまな水分含量の土壌条件における植物の成長解析を行いました(図3A)。その結果、土壌水分含量に比例した植物の成長速度の変化(図3B)と、土壌水分含量に応答した蒸散量の段階的変化を、可視化および数値化することに成功しました(図3C、D)。また、低水分含量条件下では、植物の水利用効率が上昇することを精密に解析しました(図3E)。
さらに、ストレス応答に重要なホルモンであるアブシジン酸(ABA)の合成酵素遺伝子NCED3および分解酵素遺伝子CYP707A3の欠失変異体を用いて、半乾燥条件での形質を比較しました。その結果、ABA量の少ないnced3変異体では水利用効率が低下しているのに対し、ABAの多いcyp707a3変異体では高い水利用効率を示し、ABAが水利用効率の向上に重要な役割を果たすことが明らかになりました。
また、RIPPSを利用して、塩ストレス応答の解析を行いました。RIPPSの自動給水機能は、土壌の乾燥による塩濃度の変化を防ぎ、均一な塩ストレス状態を保つのに適しています。シロイヌナズナの変異体および野生型系統を用いて、塩ストレス条件下での成長解析を比較した結果、系統間および遺伝子変異による塩感受性の差を再現性よく数値化することができました。これらの結果から、RIPPSの利用は、さまざまな環境条件での生長などのハイスループット解析に役立つことが示されました。
今後の期待
RIPPSは、均一な条件で植物を生育させ、成長の経時変化を追うことができます。RIPPSを利用して、トランスクリプトーム[3]やメタボローム[3]などのオミクス解析[3]を組み合わせた統合解析や、植物の成長や環境耐性を高める化合物の探索(ケミカルスクリーニング)、多数の系統間比較によるQTL解析[4]やゲノムワイド関連解析(GWAS)[5]などのゲノム解析を行うことで、植物の成長および環境応答のメカニズムの理解や有用遺伝子の発見が加速されると期待できます。また、環境ストレス条件での生長のマーカーになる発現遺伝子や代謝産物の同定が可能になり、野外での植物の生育状態を予測できると考えられます。
さらに、今後、非破壊で植物の内部状態を把握できる画像装置などをRIPPSに加えれば、栽培条件の環境データと植物の生長データを統合的に解析できるようになり、これまで見えてこなかった新しい生命現象を捉えられると期待できます。
原論文情報
- Miki Fujita, Takanari Tanabata, Kaoru Urano, Saya Kikuchi, Kazuo Shinozaki, "RIPPS: A Plant Phenotyping System for Quantitative Evaluation of Growth under Controlled Environmental Stress Conditions", Plant & Cell Physiology, 10.1093/pcp/pcy122
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 機能開発研究グループ
研究員 藤田 美紀(ふじた みき)
研究員 七夕 高也(たなばた たかなり)
(現 理化学研究所 環境資源科学研究センター 機能開発研究グループ 客員研究員、かずさDNA研究所 特別研究員)
研究員 浦野 薫(うらの かおる)
グループディレクター 篠崎 一雄(しのざき かずお)
![藤田 美紀研究員の写真](/medialibrary/riken/pr/press/2018/20180713_1/photo-fujita.jpg)
![七夕 高也研究員の写真](/medialibrary/riken/pr/press/2018/20180713_1/photo-tanabata.jpg)
![浦野 薫研究員の写真](/medialibrary/riken/pr/press/2018/20180713_1/photo-urano.jpg)
![篠崎 一雄グループディレクターの写真](/medialibrary/riken/pr/press/2018/20180713_1/photo-shinozaki.jpg)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明
- 1.水利用効率
ここでは、植物に利用された水の量に対する植物の乾燥重量の比を示す。限りある水資源を効率的に利用し生産性を向上させるため、農学的に重要な形質である。 - 2.アブシジン酸(ABA)
植物ホルモンの一種。ストレスホルモンとも呼ばれ、乾燥などのストレスに応答して合成され、気孔の閉鎖やストレス応答性遺伝子の発現を誘導する。休眠や成長抑制、老化などに関わることも知られている。 - 3.トランスクリプトーム、メタボローム、オミクス解析
転写産物や代謝物などの生体分子を網羅的に解析する方法。トランスクリプトームは転写産物、メタボロームは代謝物、ホルモノームはホルモンを解析対象とする。 - 4.QTL解析
量的形質の発現に影響を及ぼす染色体上の領域を解析する手法。二つの品種の雑種後代を用いて形質と遺伝子座との関連性を統計的に解析する。QTLは、Quantitative trait locusの略。 - 5.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
多数の品種の形質を比較し、ゲノム全域に分布する塩基配列の多型情報から、品種間差の原因となる変異を検出する統計的手法。GWASは、Genome wide association studyの略。
![全自動植物表現型解析システム「RIPPS」の概要の図](/medialibrary/riken/pr/press/2018/20180713_1/fig1.jpg)
図1 全自動植物表現型解析システム「RIPPS」の概要
120ポットの植物の土壌環境を個別にコントロールしながら、24時間体制で画像取得を行う。ポットはベルトコンベアで搬送され、計量と給水および画像撮影はコンピューター制御下で自動に行われる。
![RIPPS用環境制御恒温室の図](/medialibrary/riken/pr/press/2018/20180713_1/fig2.png)
図2 RIPPS用環境制御恒温室
RIPPSを個別の環境制御恒温室に設置し、温度・湿度・日長を精密にコントロールした環境下で解析を行う。
![低水分条件下でのシロイヌナズナの成長解析の図](/medialibrary/riken/pr/press/2018/20180713_1/fig3.jpg)
図3 低水分条件下でのシロイヌナズナの成長解析
- (A) 個々のポットの土壌水分含量を自由に設定することができる。
- (B) 土壌水分含量に比例した植物の成長速度変化の解析結果。(A)、(B)の線の色は対応関係にある。
- (C) まざまなレベルの土壌水分含量条件下の赤外線画像。乾燥区では気孔が閉まるため葉温が高く、湿潤区では葉温が低い。葉温が段階的に変化していく様子が分かる。
- (D) 葉温と蒸散量は反比例している。
- (E) 土壌水分含量が高いほど、植物の水利用効率は低くなる。