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2024年5月16日

理化学研究所
慶應義塾大学医学部

皮膚角層pHの三層構造の発見

-pHによって恒常性を維持する巧妙な仕組み-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター 皮膚恒常性研究チームの福田 桂太郎 上級研究員(慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室 非常勤講師)、天谷 雅行 チームリーダー(慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室 教授)、脳神経科学研究センター 細胞機能探索技術研究チームの宮脇 敦史 チームリーダー、慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室の伊東 可寛 専任講師らの国際共同研究グループは、皮膚バリア機能を担う皮膚最外層の角層が、角層pH(水素イオン指数)の三層構造を形成し、角層の恒常性を維持することを発見しました。

本研究成果は、皮膚バリア機能の低下により誘導されるアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患に対する治療戦略の開発に役立つと期待できます。

今回、国際共同研究グループは、角層のpHおよび皮膚に生息する細菌をライブイメージング[1]する技術を開発し、生きたマウスの角層を観察しました。角層は、死んだ角化細胞[2]である角質細胞が単に堆積しているのではなく、下から弱酸性-酸性-中性と分化し、角層pH三層構造を形成していました。角層上層は、環境に応じてpHが変化し、健常状態では皮膚に生息する細菌により中性になっていました。炎症時に増殖する黄色ブドウ球菌は、角層上層と中層の境界部に侵入し、増殖していました。また、酸性を示す角層中層は、細菌侵入を防御する働きがあることも分かりました。さらにこの角層の三層構造は、角質細胞を剝離するタンパク質分解酵素を角層上層でのみ活性化させ、角層の厚みを一定に保つのに適した構造であることが判明しました。角質細胞は死細胞であっても、分化し角層を維持する巧妙な仕組みを形成していました。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(5月15日付)に掲載されました。

角層pH三層構造は角層のバリア機能や角層の厚みを一定に保持の図

角層pH三層構造は角層のバリア機能や角層の厚みを一定に保持

背景

皮膚は私たちの体の表面を覆い、私たちの体を守るバリアとして機能しています。皮膚の中でも最外層にある角層は、角層になる直前のSG1細胞(顆粒(かりゅう)層最外層の角化細胞)が、特殊な細胞死を起こし、残された細胞体(角質細胞)が堆積してできた層です。死んだ細胞は、エネルギーを消費して信号などを伝えることはできません。しかし角層は、角層の厚みや、病原体の侵入・水分の蒸発を防ぐバリア機能を一定に維持する(角層恒常性を維持する)ことができます。どのようにして、角層は恒常性を維持するのか、角層を解析する方法は限られていたことから、その仕組みは未解明でした。

国際共同研究グループは最近、SG1細胞の細胞死では、カルシウムイオン(Ca2+)濃度が上昇した後、1時間程度の時間(フェーズ1)を経て、高Ca2+を保ったまま、pHが中性から弱酸性に酸性化すること(フェーズ2)が、核やミトコンドリアなどの炎症を起こす可能性がある細胞小器官を消すために必要な過程であることを発見し、この特別なSG1細胞死を「コルネオトーシス」と命名しました注)。その後、国際共同研究グループは、コルネオトーシスによって形成される角層もまたpHによって恒常性が維持されているという仮説を立て、生きたマウスの角層のpHを調べることにしました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、独自に開発したライブイメージング法を用いて、生きたマウスの角層のpHを詳しく解析しました。pHに着目するため、酸性のpHに対して感受性の高い(蛍光が減弱しやすい)Venus(緑色の蛍光タンパク質)と酸性のpHに対して感受性の低い(蛍光が減弱しにくい)mCherry(赤色の蛍光タンパク質)を連結し、異なる2波長の蛍光強度の比によりpHの定量を可能にしたセンサーをSG1細胞に発現させました。その結果、角層のpHは、角層下層で弱酸性(pH 6.0)、角層中層で酸性(pH 5.4)、角層上層で中性(pH 6.7)と段階的に変化し、体の部位によらず、あらゆる角層でpHの三層構造が維持されていることが分かりました(図1)。

角層pHライブイメージングによる角層pH三層構造の図

図1 角層pHライブイメージングによる角層pH三層構造

pHに高感受性のVenus(緑色)とpHに低感受性のmCherry(赤色)を用いてライブイメージングを行った結果、角層は弱酸性(pH 6.0)-酸性(pH 5.4)-中性(pH 6.7)と分化し、三層構造を形成した。

続いて、外部環境が角層pHに与える影響を調べるため、pHの異なるさまざまな液体を皮膚に付けた後、角層のpHを解析しました。その結果、角層中層、角層下層のpHは一定に保たれていましたが、角層上層は、外部の環境に応じてpHを変化させていました。また、無菌マウス[3]の角層pHを観察したところ、中性の角層上層は消失していましたが、皮膚細菌叢(そう)が存在するSPFマウス[4]と同居させると1週間後には無菌マウスにも中性の角層上層が見られました。角層上層は皮膚細菌叢により中性になっていました(図2)。

環境に応じてpHが変化し、皮膚細菌叢により中性を呈する角層上層の図

図2 環境に応じてpHが変化し、皮膚細菌叢により中性を呈する角層上層

(上)異なるpHの液体を皮膚に付けると角層上層のpHは変化した。(下)無菌マウスでは、中性を呈する角層上層が消失していた。しかし、SPFマウスと1週間同居すると、中性を呈する角層上層を認めた。スケールバーは1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。

次に、SPFマウスおよびSPFマウスにMC903という薬剤を塗布して皮膚炎を起こしたマウス(別名:MC903皮膚炎マウス)の耳にVFP(青紫色の蛍光タンパク質)発現黄色ブドウ球菌を塗布し、非炎症下と炎症下での角層のpHと黄色ブドウ球菌の観察を行いました。その結果、SPFマウスでは既報通り、黄色ブドウ球菌を角層表面に認めましたが、角層上層の中に侵入し、角層上層と中層の境界面に定着する黄色ブドウ球菌も存在しました。またMC903皮膚炎マウスでは、黄色ブドウ球菌が、角層上層と中層の境界面で水平方向に増殖するものの、SPFマウス同様、角層中層には侵入しないことが分かりました。また、MC903皮膚炎マウスの角層は、非炎症下(健常状態)のSPFマウスと比較して厚くなっていました。さらにMC903皮膚炎マウスに、アルカリ溶液を4日間塗布し、酸性の角層中層を中性にした後、VFP発現黄色ブドウ球菌を塗布しました。その結果、黄色ブドウ球菌は角層中層を越え、顆粒層まで侵入しました。そして、角層はさらに厚くなりました。酸性の角層中層は、黄色ブドウ球菌の侵入を防御するバリアとして機能することが示唆されました(図3)。

角層中層は黄色ブドウ球菌侵入を阻止するバリアの図

図3 角層中層は黄色ブドウ球菌侵入を阻止するバリア

VFP(青紫色の蛍光タンパク質)を発現する黄色ブドウ球菌(VFP-S.aureus)を健常状態の(炎症を呈していない)SPFマウスやMC903を塗布して皮膚炎(炎症)を起こしたSPFマウス(MC903皮膚炎マウス)に塗布したところ、黄色ブドウ球菌は角層上層と中層の境界面で定着・増殖していたが、角層中層を中性にすると、黄色ブドウ球菌は顆粒層まで侵入した。

最後に、角層pH三層構造が存在する生物学的意義を明らかにするため、角層pH三層構造が、角層の厚みを一定にするために適した構造であるかどうかを調べました。角層の厚みは、タンパク質分解酵素のカリクレイン(KLK)[5]が、角質細胞を落屑(らくせつ)[6]させることで一定に保たれています。数理モデルを用いて、角層内のKLKの酵素活性を計算した結果、角層pH三層構造では、KLKは弱酸性を呈する角層下層で、LEKTI[7]と呼ばれるインヒビター(阻害物質)によって不活性化していました。酸性を呈する角層中層ではLEKTIが外れるものの、KLKの最適pHは中性であるため、KLKは不活性化の状態で、中性を呈する角層上層でのみ、KLKは活性化していました。角層pH三層構造は、角層が一定の厚みを保つために皮膚表面でのみ落屑を起こすのに適した構造であることが示唆されました(図4)。

以上の結果から、角層は単なる死んだ角化細胞が積み重なった層ではなく、角化細胞は死んでもなお分化してpHの異なる三層構造を形成し、角層の恒常性の維持に寄与することが分かりました。

角層上層でのみ落屑を起こすのに適した角層pH三層構造の図

図4 角層上層でのみ落屑を起こすのに適した角層pH三層構造

角層下層では、KLKはLEKTIに結合し不活性化されている。酸性を呈する角層中層でもKLKは不活性化の状態にあるが、中性を呈する角層上層で、KLKの酵素活性は上昇し、角質細胞を落屑させ、角層の厚みを一定に保つ。

今後の期待

本研究は、角層pH三層構造が、角層のバリア機能の恒常性を維持するという新たな基盤を与えました。今後、角層pH三層構造がどのようなメカニズムで形成されるのかを明らかにすることで、皮膚バリア機能の低下により誘導されるアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患の新規治療戦略の開発につながることが期待されます。

補足説明

  • 1.ライブイメージング
    生きた細胞内に起こる現象を可視化し、観察すること、またその技術。本研究では、蛍光タンパク質を発現する遺伝子組換えマウス生体を麻酔下において、共焦点顕微鏡で観察する手法を開発した。
  • 2.角化細胞
    表皮を形成する細胞。表皮の最内側の基底層で分裂した後、分化しながら順に有棘(ゆうきょく)層、顆粒(かりゅう)層と外側へ移動する。そして、顆粒層最外層(SG1層)で、コルネオトーシスによって死細胞(角質細胞)となる。
  • 3.無菌マウス
    無菌状態で飼育できる特殊な飼育装置(アイソレーター)内で滅菌した餌を与えて飼育した、皮膚細菌や腸内細菌などの常在菌を含め、細菌や微生物を全く持たないマウス。
  • 4.SPFマウス
    病原体を保有していないマウス。一般的な研究機関のマウス飼育施設は病原体を持ち込まないように制御された環境で維持され、定期的に実験マウスが病原体に感染していないか検査している。皮膚や腸内などには常在菌が生着しており、通常のマウスとして実験に使用される。SPFはspecific-pathogen-freeの略。
  • 5.カリクレイン(KLK)
    タンパク質分解酵素の一つ。表皮細胞が産生するKLKとしてKLK5、KLK7、KLK14が知られている。これらのKLKは、角層細胞の接着分子を分解し、角層の剝離(落屑(らくせつ))を促す。最適pHは7.8で、酸性の環境下では酵素活性が低い。KLKはkallikrein-related peptidaseの略。
  • 6.落屑(らくせつ)
    角質細胞が皮膚から剝がれ落ちること。
  • 7.LEKTI
    リンパ上皮Kazal型関連阻害因子の略。KLKに結合して、KLKの酵素活性を制御する因子。酸性の環境下で、KLKから外れることが知られている。

国際共同研究グループ

理化学研究所
生命医科学研究センター
皮膚恒常性研究チーム
チームリーダー 天谷 雅行(アマガイ・マサユキ)
(慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室 教授)
上級研究員 福田 桂太郎(フクダ・ケイタロウ)
(慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室 非常勤講師)
副チームリーダー(研究当時)松井 毅(マツイ・タケシ)
(現 客員主管研究員、東京工科大学 応用生物学部 教授)
大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)古市 祐樹(フルイチ・ユウキ)
(現 客員研究員)
大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)堀川 弘登(ホリカワ・ヒロト)
(現 慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室 助教)
組織動態研究チーム
チームリーダー 岡田 峰陽(オカダ・タカハル)
(横浜市立大学 生命医科学研究科 客員准教授)
脳神経科学研究センター 細胞機能探索技術研究チーム
チームリーダー 宮脇 敦史(ミヤワキ・アツシ)

慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室
専任講師 伊東 可寛(イトウ・ヨシヒロ)
(理研 生命医科学研究センター 皮膚恒常性研究チーム 客員研究員)

インペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)バイオエンジニアリング教室
教授 田中 玲子(タナカ・レイコ)
研究員(研究当時)宮野 拓也(ミヤノ・タクヤ)
研究員(研究当時)マーク・ファン・ログテストイン(Mark van Logtestijn)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「pHによる機能的細胞死コルネオトーシスおよび角層恒常性維持機構の解明と応用(JP22H04994、研究代表者:天谷雅行)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「大規模生体バイオイメージングのための要素技術開発(JP15H05948、研究代表者:宮脇敦史)」、同基盤研究(C)「尋常性白斑におけるメラノサイト消失機構の解明と制御(JP21K08356、研究代表者:福田桂太郎)」、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業「アトピー性皮膚炎の個別化予測医療を目指した皮膚微生物叢解析研究(JP21ek0410058、研究開発代表者:天谷雅行)」、同革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)ユニットタイプ「微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発症のメカニズム解明」研究開発領域の研究課題「皮膚細菌叢と宿主の相互作用理解に基づく炎症性疾患制御法の開発(JP21gm1010001、研究開発代表者:天谷雅行)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Keitaro Fukuda, Yoshihiro Ito, Yuki Furuichi, Takeshi Matsui, Hiroto Horikawa, Takuya Miyano, Takaharu Okada, Mark van Logtestijn, Reiko J Tanaka, Atsushi Miyawaki, and Masayuki Amagai, "Three stepwise pH progressions in stratum corneum for homeostatic maintenance of the skin", Nature Communications, 10.1038/s41467-024-48226-z

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター 皮膚恒常性研究チーム
チームリーダー 天谷 雅行(アマガイ・マサユキ)
(慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室 教授)
上級研究員 福田 桂太郎(フクダ・ケイタロウ)
(慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室 非常勤講師)
脳神経科学研究センター 細胞機能探索技術研究チーム
チームリーダー 宮脇 敦史(ミヤワキ・アツシ)

慶應義塾大学 医学部 皮膚科学教室
専任講師 伊東 可寛(イトウ・ヨシヒロ)

天谷 雅行 チームリーダーの写真 天谷 雅行
福田 桂太郎 上級研究員の写真 福田 桂太郎

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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