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2007年11月5日

光の常識を覆した研究者

理研中央研究所に光の常識を覆した研究者がいる。河田ナノフォトニクス研究室の田中拓男 先任研究員だ。田中研究員は2006年4月、光が物質に当たったときの反射をゼロにし、光が100%通り抜けることができる素子を世界で初めて考案した。ナノメートルサイズ(1nm=10億分の1m)の金属構造体を材料の中に埋め込み、物質の比透磁率を人工的に制御することによって実現したもの。この技術は「メタマテリアル」と呼ばれ、光通信で使用されている光ファイバーなどへの応用につながる。また、今年4月にはメガネなどのレンズの屈折率を飛躍的に高めるアイデアを発表するなど、次々と成果を挙げている。「スーラやモネの絵が好き」と語る田中研究員の素顔に迫る。

田中拓男先任研究員

田中拓男 先任研究員

中央研究所 河田ナノフォトニクス研究室

1968年3月28日、兵庫県生まれ。加古川東高校卒業。1987年、大阪大学工学部応用物理学科入学、1996年3月、同大学大学院工学研究科博士課程修了。1996年4月、同大学基礎工学部電気工学科 助手。2003年4月、理化学研究所入所。2006年10月から(独)科学技術振興機構 さきがけ研究員(兼務)。

光を100%透過する素子

図:光を100%透過する素子

ポリマー(材料)に銀イオンを均等に混ぜ、フェムト秒レーザーを照射すると銀イオンをリング状に固めることができる。この加工法も独自の技術。リングを規則的につくると磁場が生じて光が100%透過する。

「小学生のころ絵画教室に通っていて、卒業文集に“将来は画家になりたい”と書いたはずです。研究者になるとは思っていませんでしたね」。中学生になり、テニス部に入部。「部活動が忙しく、絵画教室に通えなくなって……、 画家になる夢は自然と消えていきました」。高校は普通科を選択。「高校を選ぶ段階では将来のビジョンはなかったですね。ただ、文系に比べると理系の科目の方が好きでした。特に古典は全然駄目。これはボクには合わんと(笑)」

1987年、大阪大学工学部へ。「4年生になったときは就職しようと思っていたんです」。大学院へ進んだきっかけは?「今の研究室の河田聡 主任研究員が卒業論文の指導教官でした。光計測の研究室で、そのころから研究が面白いなぁと思い始めたんです。光ってきれいでしょ? だから、今の研究でも色の付いた光が好きなんですよ」。大学院に進み、光学顕微鏡の開発に取り組んだ。「光学顕微鏡は光の技術が集約されています。その後、光を使って“観る”技術を、光を使って“加工”する技術に応用しようと思い始めました」

大阪大学の助手を経て2003年、理研へ。「学生時代から3次元光メモリの開発を進めていて、すでに実用化に近いところまで来ています。同時に新しいテーマを探していたときに出会ったのが“メタマテリアル”。私が持っていた技術が使える分野で、しかも基礎研究で奥の深そうなテーマだったので、その研究を始めました」。そして2006年4月、メタマテリアルを使い、光が100%透過する素子の考案に世界で初めて成功した。「光の屈折率は物質ごとに決まっています。空気は1.003、ガラスは約1.5、ダイヤモンドは2.417。空気とガラスの境界面では屈折率が違うので、光は反射します。屈折率が同じでない限り、必ず反射してしまうんです」。屈折率とは?「物質が持つ比誘電率と比透磁率という二つの物理量の掛け算で決まります。ところが、物質は光が持つ磁気の性質に反応しないので、どの物質でも比透磁率は1。言い方を換えると、屈折率は比誘電率だけで決まる。これは教科書に書いてあります」。今回の成果は、教科書に書いてある常識を覆したことになるのだ。「ポイントは、メタマテリアルを使って物質の比透磁率を1から変化させたこと。物質内に内径80nmの金属リングを3次元に規則的に配置すると、リングが磁場をつくり出して光の磁場に反応するようになるんです(図)」

尊敬する人は?「リチャード・ファインマン(1965年ノーベル物理学賞受賞)のお父さん(笑)。ファインマンが書いた教科書には具体的な例が書いてあって、とても分かりやすくて何度も読み返しました。それはお父さんの影響だったらしいんです。あの偉大なファインマンを育てたすごい人だと思いましたね」。将来の夢は?「“自然のメカニズムを解明した!”みたいな研究をやってみたいですね。その瞬間、世界中探してもその事実は自分しか知らないでしょ?」。最後に「光を止めることもできるかもしれない」と、面白そうな話を聞かせてくれた。また光の常識が覆される日が来るだろう。

『理研ニュース』2007年11月号より転載