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2008年2月5日

重力レンズから宇宙の謎に迫る研究者

理研中央研究所 牧島宇宙放射線研究室に“重力レンズ現象“に魅せられた研究者がいる。稲田直久 基礎科学特別研究員だ。アインシュタインの一般相対性理論によると、重い物体があるとそのまわりの空間が大きくゆがみ、そこを通る光の経路も曲がってしまう。例えば、遠くにある天体の手前にちょうど銀河があると、銀河の重力によって、その天体からやってくる光の経路が曲げられる。その結果、本当は一つの天体が、複数あるように見えることがある。これが重力レンズ現象だ。重力レンズ現象を使うと、光では見ることができない“暗黒物質”や、宇宙の膨張を加速させる“暗黒エネルギー”など、宇宙の大きな謎を解き明かすことができる。日本人で初めて重力レンズ現象を観測した稲田研究員の素顔に迫る。

稲田直久基礎科学特別研究員

稲田直久 基礎科学特別研究員

中央研究所 牧島宇宙放射線研究室

1975年、神奈川県生まれ。神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。1998年、早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。2004年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。東京大学天文学教育研究センター日本学術振興会特別研究員PDを経て、2007年4月より理研中央研究所牧島宇宙放射線研究室基礎科学特別研究員。

重力レンズ現象の概念図と重力レンズの画像(ハッブル宇宙望遠鏡撮影)

図:重力レンズ現象の概念図と重力レンズの画像(ハッブル宇宙望遠鏡撮影)

「小学生のころは毎月、東京・渋谷にあった五島プラネタリウムに通っていました」と語る稲田研究員。そのころから、夢は宇宙の研究者。中学生になり、科学雑誌で一般相対性理論に出会う。「数式など難しいことは分かりませんが、ワクワクしました」。早稲田大学に進み、念願の一般相対性理論を学んだ。しかし、大学院は東京大学へ。選んだのは、観測的宇宙論の研究室。理論から観測へ、戸惑いはなかったのだろうか。「宇宙を観測すると、次々と新しい発見があるんです。楽しくて、とても興奮します。理論に対する想いは、あっという間にどこかに行ってしまいました」

現在の研究テーマは、重力レンズ現象だ。「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)というプロジェクトが観測した数十万個もの天体の中から、重力レンズ現象を探しています」。どうやって? 「SDSSの解像度は高くないので、重力レンズ現象があっても実際には複数の像は見えません。でも、重力レンズ現象があると、天体が丸ではなく、少しゆがんで見える。来る日も来る日も画像を見て、ゆがんでいるものを探したんです。5万個以上は見たかなあ。さすがに視力が落ちました(笑)」
地道な努力を重ね、重力レンズ現象の候補を選び出すプログラムを構築し、候補天体をハワイのマウナケア山頂にあるハワイ大学の望遠鏡などで観測して確かめた。2003年、銀河団による重力レンズ現象を世界で初めて発見。「私は、重力レンズ現象を発見した初めての日本人なんですよ」
2007年には、重力レンズ現象が起きている確率を調べ、宇宙の膨張速度が加速していること、そして、それは暗黒エネルギーが原因であることを明らかにした。この成果は9月26日にプレスリリースされ、新聞各紙に取り上げられた。「初めての子どもが10月1日に生まれたんです。すると、その日に両親から“新聞におまえの研究が出ているぞ”と連絡が。取り寄せてみると……記事は小さく私の名前もない。数日前に掲載された別の新聞の記事は大きく、名前も出ていたので、ちょっと残念(笑)。でも、いい記念ですね」

年に数回、マウナケア山頂へ通う稲田研究員。「標高は4200m。毎回、軽い高山病になり、吐き気や頭痛と闘いながら観測しています。でも、新発見の興奮を一度味わってしまったら、やめられません」。山頂で見る星空は、きれいなことだろう。「それが、期待したほどではないんです。空気が薄いので脳の働きが鈍くなっているからだとか。中腹にある宿泊施設から見る星空の方が、はるかにきれいです」
研究する上で心掛けていることは? 「数字だけでなく、実際にモノを見るようにしています」。そして「机の上をきれいにしておくこと。観測に行くと、来たときよりきれいにして帰ります。汚いところに幸運は舞い込んできませんからね」
 
「しばらくは重力レンズにこだわって研究を続けたい」という稲田研究員。重力レンズの魅力とは? 「ダイナミックで美しいこと。実際には存在しない天体が見える。面白い!」。これまでに解析したSDSSのデータは40%ほどだ。今は全データ踏破を目指し、日々奮闘している。最後に「ちょっと不思議な結果が出ているんですよ」と教えてくれた。次の成果が楽しみだ。

『理研ニュース』2008年2月号より転載