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2008年5月7日

植物メタボロミクスで 地球環境への貢献を目指す研究者

スウェーデンで黎明(れいめい)期のメタボロミクスと出会い、その魅力に取りつかれた研究者がいる。植物科学研究センター(PSC)メタボローム基盤研究グループ メタボローム解析研究チームの草野都研究員だ。“メタボロミクス”とは、すべての代謝物(メタボローム)を対象とした解析研究のこと(図)。メタボロミクスによって、植物についての理解が進むだけでなく、乾燥や塩害に強いといった植物の有用な機能を強化したり、フラボノイドなど健康に役立つ代謝物を効率的に生産したりできるようになると期待されている。しかし、20万種を超えるといわれる植物の代謝物を相手にするのは、容易ではない。多様で複雑な、植物メタボロミクスに挑む草野研究員の素顔に迫る。

草野都研究員

草野都 研究員

植物科学研究センター メタボローム解析研究チーム

1972年、滋賀県生まれ。2000年、鳥取大学大学院連合農学研究科生物生産科学専攻博士課程修了。農学博士。秋田県立大学流動研究員、スウェーデン農業科学大学ポスドク、千葉大学大学院薬学研究院および愛媛女子短期大学生命科学研究所ポスドクを経て、2005年より現職。

メタボロームとは

図:メタボロームとは

植物にはフラボノイド、ホルモン、デンプンなど20万種を超える代謝物がある。メタボロームとは、すべての代謝物を指す。メタボロームの網羅的な解析研究をメタボロミクスという。

「わらしべ長者みたいですよ」。これまでの経歴を尋ねると、そんな言葉が返ってきた。理科が大好きで、小学生のころから研究者になろうと決めていたという草野研究員。出身は滋賀県だ。「水質が悪化していく琵琶湖を目の当たりにしていたので環境への関心がとても強く、地球のために何かしたいと思っていました。鳥取大学を選んだのは、砂漠の緑化に興味があったから」
しかし入学早々、雨の降らないところに植物を生やすのは困難と教官に言われ、天然物化学に路線を変更。農学博士号を取得し、秋田県立大学にポスドクの職を得た。2年の任期が終わるころ、「スウェーデン農業科学大学でガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS)を使える化学者を探しているけど、行かない?」という誘いがあった。「そこに行けば次が広がるという可能性を信じて飛び込みました」。まさに、わらしべ長者。「GC-MSはあまり使ったことがなかったのですが……」

スウェーデンで待ち受けていたのは、メタボロミクスの研究室の立ち上げだった。2002年、メタボロミクスはまだ黎明期。「天然物化学では、最も重要だと考えられる一つの物質に注目します。一方、メタボロミクスは全体を把握し、その中でそれぞれの役割を評価していく。なぜ今までそういう考え方をしてこなかったのかと、衝撃を受けました」
もう一つ驚いたのが、スウェーデンの研究者たちの仕事スタイルだ。「議論の途中でも、5時になると帰ってしまうんです。家庭と休みを大切にして、仕事だけをがむしゃらにすることはない。それでいて、非常に優れた成果を挙げる。私もそのスタイルを心掛けていますが、難しいですね」
その後、ドイツで開催された植物メタボロミクスの国際学会でPSCメタボローム基盤研究グループの斉藤和季(かずき)グループディレクター(当時、千葉大学教授)と出会ったことがきっかけで、千葉大学、そしてPSCへ。
 草野研究員は、PSCの2007年度報奨金受賞者だ。「どうして私が? 恐縮しています」。とはいえ、2007年12月には“メタボローム解析によって植物代謝ネットワークを解明”という研究成果を発表している。「まず、植物の生育条件を厳密に管理しました。それから今まで計測エラーとして処理していたデータは、実は個体の個性だったといえるほど解析精度を上げました。この個性の部分を詳細に調べることで、複雑な植物の代謝物のネットワークの一端を明らかにできました」。メタボローム情報ユニットの福島敦史リサーチアソシエイトとの共同研究だ。「メタボロミクスは、バイオインフォマティクスとの融合が不可欠ですが、専門用語も考え方も違うので、福島さんとはけんかばかり(笑)。でもその分、うまくいったときの喜びは大きいですね」
 
PSCに来て4年。「こんなに長く1ヶ所にいたのは初めて。ゆくゆくはフィールドにも出たいなあ。植物の乾燥耐性にも代謝物がかかわっているんです」。砂漠緑化の夢、一度はあきらめた夢にまた挑戦する日が近いかもしれない。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2008年5月号より転載