採用情報

Print

2008年7月7日

革新的電子ビーム源で挑戦し続ける研究者

フォトカソード電子ビーム源の開発、それが西谷智博基礎科学特別研究員の研究テーマだ。フォトカソードとは、光を金属や半導体に当て電子を真空中に取り出すもの。西谷研究員は、高輝度と高スピン偏極度を併せ持つ半導体タイプのフォトカソード電子源を開発している。問題となっていた耐久性能をはるかに向上させることにも成功し、高性能高輝度電子源として注目を集めている。また、電子顕微鏡に用いる高スピン偏極・高輝度性能フォトカソードのアイデアを提案し、2008年2月、電子顕微鏡の研究・開発で優れた実績を挙げた若手研究者に贈られる「風戸研究奨励賞」を受賞。デザインコンペに挑戦し、ゴスペルを歌い、バンドではベースを弾く、多彩な才能を持つ西谷研究員の素顔に迫る。

西谷智博基礎科学特別研究員

西谷智博 基礎科学特別研究員

基幹研究所 ビームアプリケーションチーム

1974年、徳島県生まれ。徳島県立城東高校出身。1998年、東京都立大学理学部物理学科卒業。2004年、名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻博士課程修了。(独)日本原子力研究開発機構を経て、2007年4月より理化学研究所基幹研究所ビームアプリケーションチーム基礎科学特別研究員。

フラーレン形のテーブルチェアセット

「将来何になるかと聞かれると、実家の大衆食堂を継ぐと答えていました」という西谷研究員。「小学生のときは勉強が嫌いで、理科と算数以外の成績はひどかった。高校生になると、身近な現象を法則や方程式で理解できると分かり、物理や数学に好奇心を抱くようになりました。虚数や無限、光の波動や粒子性など、納得できないと、よく先生に突っ掛かっていましたね」。NHKの「アインシュタインロマン」を見たのは、そんな時期だった。「光速度不変の原理を知り、そんな考え方がありなのかと驚きました。このとき“研究者”という職業が、将来何になるかの答えになったんです」
 
その後、東京都立大学から名古屋大学大学院へ。「所属研究室は国際リニアコライダー(ILC)計画(当時はJapan Linear Collider計画)に参加し、電子の回転の向きをそろえたスピン偏極電子源の開発で貢献していました。この計画では、電子と陽電子を加速して衝突させ、宇宙誕生時に近い超高エネルギー状態で素粒子実験を行います。“電子源こそ人間がつくり出す宇宙の源になるのかな”と考え、この研究室で研究したい!と思いました」。西谷研究員らは、ガリウムヒ素の半導体にリンを混ぜた超格子半導体により、90%のスピン偏極度を達成。ILC用の電子源の最終候補にもなっている。
博士課程修了後、日本原子力研究開発機構へ。そこでは、困難とされていたフォトカソードの耐久化に取り組み、従来の性能をはるかに超えるフォトカソード開発に成功。そして2007年4月、理研に籍を移し、2008年に“風戸研究奨励賞”を受賞した。主に加速器に使われていた半導体フォトカソード電子ビーム源を電子顕微鏡へ応用するアイデアが評価されたのだ。「このフォトカソードは、大きな電流と高い指向性、可視光による形や時間の構造制御、スピン偏極まで可能な電子ビーム源です。この電子ビーム源で画期的な電子顕微鏡が実現するんです! でも、反響はいまひとつ……」と嘆く。「前例がなければ自分でやってみるしかない。電子顕微鏡とまではいきませんが、この電子ビーム源を用いた観測装置を自作し、それを材料に宣伝して回ろうと思っています」
風戸賞に応募したのは、賞金の100万円を研究費に充てたかったから。「とても助かりました。学生時代には生活費を稼ごうと、多くのデザインコンペに応募していたんです。落選ばかりでしたが、東京・原美術館の“バックミンスター・フラーとの対話”では最終選考まで残りました」。フラーは米国の建築家・数学者で、サッカーボール形のドームを設計したことで有名だ。C60などの炭素分子が“フラーレン”と呼ばれるのは、彼の名前に由来する。西谷研究員が提案したのは、フラーレン形のテーブルチェアセット(図)。「フラーレンを広げると、六角形部分がテーブル、五角形部分がイスになります。開き方は約800万通りもあり、あらゆる平面空間で使えます」
光で電子を取り出せるフォトカソード電子源の用途は、材料加工、医療診断、宇宙での利用など、そのデザイン作品のように何通りにも広がっているという。西谷研究員の電子源が私たちの身近で活躍する日が来るかもしれない。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2008年7月号より転載