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2009年6月5日

てんかんの治療法開発に挑む研究者

理研脳科学総合研究センター 神経遺伝研究チーム(山川和弘チームリーダー)に、てんかんの原因解明と治療法の開発に挑む研究者がいる。荻原郁夫研究員だ。てんかんは、100人当たり0.5~1人がかかる比較的発症率の高い脳疾患だ。「脳の正常な活動には、興奮性神経細胞と抑制性神経細胞のバランスが必要です。てんかんの患者さんは、脳が過剰な興奮状態になり、けいれん発作を起こします。外傷が原因の場合もありますが、私たちは、遺伝子変異を原因とするてんかんの発症メカニズムを明らかにし、治療法を開発したいと思っています」。小学生でトランペットを習い始め、大学ではオーケストラにも加わった。今でも音楽を聴くと落ち着くという荻原研究員の素顔に迫る。

テクニカルスタッフの眞崎恵美さん、井上育代さんと荻原郁夫研究員

荻原郁夫 研究員

脳科学総合研究センター 神経遺伝研究チーム

1972年、神奈川県生まれ。東京都立国立高等学校から1991年、東京工業大学7類へ進学。1999年、東京工業大学大学院生命理工学研究科バイオサイエンス専攻博士後期課程修了。米国エール大学研究員、ワシントン大学研究員を経て、2003年、理化学研究所入所。

写真:テクニカルスタッフの眞崎恵美さん(左)、井上育代さん(右)。中央が荻原郁夫研究員。「この二人がいないと私の研究は成り立ちません」

大脳皮質のナトリウムチャネルα1

大脳皮質のナトリウムチャネルα1

大脳皮質においてナトリウムチャネルα1は、ある種の抑制性神経細胞の軸索に特異的に局在し(三角印)、興奮性神経細胞の軸索(矢印)には存在していない。

「学校の裏には山があり、家の2階からは海が見える。そんな自然に恵まれたところで小学校時代を過ごしました」と荻原研究員。北海道札幌市の郊外に暮らし、クワガタやザリガニ捕りに夢中だった。中学校に入る前に、東京都多摩市に転居。「周りはマンションばかりで自然とは疎遠になり、電気工作に興味を持つようになりました。父と一緒に、壊れた家電製品を分解するのが楽しかったですね」
大学は電子工学系に進もうと考えていたが、高校3年生のとき突然、化学に目覚めた。「化学は暗記ばかりで嫌いでしたが、3年になって習い始めた有機化学は、パズルのようで面白かったのです。有機化学を学んで役に立つ薬をつくりたいと思い始めました」
そして大学1年生のとき、進む道を決定づける出来事があった。「実習でDNAの抽出実験をしたとき、溶液の中で絡み合う糸のようなDNAを見て、“生物の設計図がこんなに簡単に取れるのか”と驚き、分子生物学に興味を持つようになりました」。生物が進化する中でDNAがどう変わってきたかを探る分子進化学、そして遺伝学を学んだ。その後、米国での研究生活を経て、「遺伝学の技術と知識を使って世の中の役に立ちたい」と2003年、理研脳科学総合研究センター神経遺伝研究チームへ。

てんかんには数種類あり、荻原研究員は有効な治療法が見つかっていない“乳児重症ミオクロニーてんかん”の研究を行っている。「患者さんの8割は、神経細胞の細胞膜の表面にある“ナトリウムチャネルα1”の遺伝子に変異があることが分かっています。細胞膜の電位が変化するとチャネルが開いてナトリウムイオンが細胞内に入ってきますが、その機能はよく分かっていません」。荻原研究員は2004年、ナトリウムチャネルα1遺伝子に変異を起こしたモデルマウスをつくることに成功した。「このマウスは、乳児重症ミオクロニーてんかんと同じ症状が出るので、ナトリウムチャネルα1の機能や、てんかんの発症メカニズムを詳しく調べることができます。最近、ナトリウムチャネルα1は抑制性神経細胞の活動に必須であることが分かってきました(図)。その遺伝子に異常があると、抑制性神経細胞がうまく働かず、脳が過剰な興奮状態になり、てんかんを発症する、という仮説を立てています」
2007年にこの成果を発表すると、多くの論文で引用されるようになり、学会では面識のない研究者に「読んだよ」とよく声を掛けられるという。てんかんとの関連だけでなく、チャネルの機能解明につながる発見として注目されているのだ。「この分野の大御所が私たちと少し違う結果を出し、論争になっています。これから私たちの仮説の正しさを証明していきます。そして、一日も早くてんかんの治療法開発につなげることが重要です」

最後に、荻原研究員は「最近、日本の研究社会は短期的成果に目が向き過ぎる傾向があるようですが、皆さん、もっと遊び心を持ちましょうよ」と語った。終始穏やかな表情の中、一瞬のぞかせた真っすぐで強い目線が印象的だった。

(取材・構成:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2009年6月号より転載