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2010年3月5日

ヒトをヒトたらしめている物質を追究する研究者

理研脳科学総合研究センター(BSI)に、鳥が歌を学習するメカニズムの解明に取り組む研究者がいる。生物言語研究チームの松永英治 基礎科学特別研究員だ。ジュウシマツやウグイスのオスは求愛の歌を歌う。これらの鳥は、ひなの時期に親の歌を聞いて覚え、それをまねて練習をして歌えるようになる。それがヒトの赤ちゃんが言葉を話せるようになる過程と似ていることから、鳥の歌学習を調べることでヒトがどのように言語を獲得したかを探ろうとしているのだ。松永研究員は、ジュウシマツが歌を学習する過程で、脳で働くタンパク質“カドヘリン”の種類が変化すること、その変化が歌の学習に必須であることを明らかにした。「メスは、複雑な歌を歌うオスが好き。私には下手に聞こえる歌の主が、意外にモテたりする。ジュウシマツの世界は面白い」と語る松永研究員の素顔に迫る。

松永英治基礎科学特別研究員

松永英治 基礎科学特別研究員

脳科学総合研究センター 生物言語研究チーム

1973年、大阪府生まれ。医学博士。高槻中学校・高等学校卒業。1996年、京都大学工学部工業化学科卒業。1998年、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科博士前期課程修了。2002年、東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。フランス国立衛生研究所客員研究員、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム長期フェローシップなどを経て、2008年より現職。

カドヘリンの発現変化と歌の学習

図:カドヘリンの発現変化と歌の学習

ジュウシマツのひなが親鳥の歌を聞いて覚える“感覚学習期”から、自分で歌って練習をする“感覚運動学習期”へ移行するとき、歌の学習に特化した神経回路で働くカドヘリンの種類が変化する。

「夢は天文学者でした」と、小学生のときを振り返る松永研究員。「中学に入ると、化学者に変わりました。物質はすべて化学式で表すことができ、化学式を見れば共通点や違いが分かる、それが面白かったのです。中学・高校と化学クラブに入っていました」。文化祭でマグネシウムの酸化反応を使った“ミニ火山噴火”を実演したり、クラブの伝統行事“淀川の水質調査”にも毎年参加した。「実験中、溶液を混ぜたら紫色の煙が噴き出し……、そのときは慌てました(笑)」
高校生活も終わりに近づいたころ、「生物も面白い」と思い始めた。「暗記が多くて苦手でしたが、DNAやアミノ酸の化学式を習い、生物も化学式で表せることを知ったからです」

1992年、京都大学工学部へ。人生を変える二つの出会いがあった。一つは、NHKの科学番組『脳と心』。「それを見て、脳に興味を持ちました」。もう一つは、当時京大教授で、現在は理研発生・再生科学総合研究センターの竹市雅俊センター長との出会いだ。「空いた時間を埋める程度の軽い気持ちで、本で名前を知っていた竹市先生の講義を受けました。“発生生物学”という面白い分野があることを知り、タンパク質の化学から神経の発生生物学へ方向転換したのです」
ヒトの脳は、進化の過程でどのようにできてきたのか──それが、松永研究員が解き明かしたい謎である。「奈良、仙台、パリで研究してきましたが、切り口が見つけられずにいました」。そんなとき、“歌を学習する鳥と、しない鳥では、神経回路の構造が異なっている”という論文を読んだ。「これだ! 鳥をモデルに、進化の過程で新しい神経回路がつくられ、新しい機能が獲得されるメカニズムを探ってみよう」
2008年、BSI生物言語研究チームへと籍を移した松永研究員は、歌の学習とカドヘリンとの関係をジュウシマツで調べた。「ひなが親の歌を聞いているときは脳でカドヘリン7が働いていますが、自分で歌う練習を始めるころになるとカドヘリン7が減ってカドヘリン6Bが増えることが分かりました(図)。カドヘリン7を人工的に働かせ続けると、歌の学習ができなくなります」。歌の学習と特定のタンパク質との関連を明らかにした例は少なく、注目を集めている。「カドヘリンは竹市先生が発見したタンパク質です。縁を感じますね」

「パリでは美術館によく行きました。近代絵画の作品を見ていると、誰が描いたものかが一目で分かる特徴があります。20年後に私の研究履歴を見た人から“君らしい仕事だね”と言われたい。個性がある研究者になりたいです」
2010年4月からBSI象徴概念発達研究チームに移籍する。「霊長類を使った研究を始めます。カドヘリンは鳥以外の生物でも学習にかかわっている可能性があります。また、ヒトとサルを比べることで、ヒトをヒトたらしめている神経回路を、そして、その神経回路をつくる鍵となる分子を明らかにしたいですね。最終的には物質に落とさないと納得できない。それが化学出身の私の個性です」。鳥からサル、そしてヒトへ。松永研究員の新しい挑戦が始まる。

※この研究成果は、若手の意欲的な研究の奨励を目的とし、理研内で横断的に実施している「研究奨励ファンド」に採択された課題によるものです。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2010年3月号より転載