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2010年7月5日

電子の質量がゼロになる物質を発見した研究者

理研基幹研究所に電子の質量がゼロになる物質を発見した研究者がいる。加藤分子物性研究室の田嶋尚也 専任研究員だ。本来、電子は陽子の1836分の1の質量を持つ。田嶋専任研究員は2009年、「α-(BEDT-TTF)2I3」(図)という電気を通す有機物(有機導体)では、電子が質量ゼロの粒子として振る舞うことを実験で明らかにした。この研究は、超高速トランジスタや、熱を電気に変換する新しい熱電材料の開発に役立つと期待されている。α-(BEDT-TTF)2I3は、田嶋専任研究員が大学院生のときに着目し、研究を続けてきた物質だ。この研究が評価され、平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(若手科学者賞)を受賞。「ゼロから出発する研究にこだわりたい」と語る田嶋専任研究員の素顔に迫る。

田嶋尚也専任研究員

田嶋尚也 専任研究員

基幹研究所 加藤分子物性研究室

1970年、熊本県生まれ。博士(理学)。熊本県立人吉高等学校から東邦大学理学部物理学科へ進学。東邦大学大学院理学研究科博士後期課程修了。学習院大学理学部物理学科助手を経て、2001年、理研基礎科学特別研究員。2008年より現職。

有機導体α-(BEDT-TTF)2I3の結晶構造

図:有機導体α-(BEDT-TTF))2I3の結晶構造

「出身は熊本県の球磨郡湯前町(くまぐんゆのまえまち)です。山に囲まれた田舎で、子どものころは、自然に触れ合って遊んでいました。小学校に入る前から、物質をどんどん細かくしていくとどうなるのだろう、という疑問をずっと抱いていましたが、自分で調べてみようとはしませんでした。勉強もあまりやらず、とにかく体を動かすことが好きだったので、小学校では水泳、中学・高校では剣道をやっていました。また、子どものころから勘だけはいいと言われていましたね。嫌いな人に会う予感がよく的中したり、今でもお菓子の景品の当たりくじを引き当てるのが得意です(笑)」
やがて、その鋭い勘は物理研究に生かされ、素晴らしい研究対象を見いだすことになった。「物理にこだわりがあったわけではありません。計算が得意だったので大学は数学科を志望しましたが、物理学科にだけ合格することができたのです」

1994年、田嶋専任研究員は東邦大学大学院へ進学し、有機導体の研究を行っている梶田晃示(こうじ) 教授の研究室に入った。「そこでα-(BEDT-TTF)2I3に着目したのです。1984年につくられた有機導体ですが、誰も注目しない地味な物質でした。ところが私には気になる性質がありました。通常、金属は温度を下げると電気抵抗が低くなり、半導体は逆に高くなりますが、この物質は電気抵抗が一定なのです。そして、その性質を実験で調べ、仕組みを突き止めました。でも、この研究に注目する人はほとんどいませんでした」
2001年、理研に入所した田嶋研究員はα-(BEDT-TTF)2I3の研究を続けた。「この物質に特定の方向へ圧力をかけたときに、電気抵抗がどう変化するかを調べていたところ、突然、電気抵抗がゼロに落ち超伝導状態になったのです。予想外の結果でした」。2002年のこの発見がきっかけで、α-(BEDT-TTF)2I3の研究は急に注目を集めるようになり、今では学会で一つのセッションが開かれるまでに発展した。「大学院のころ“新しい研究分野を開きたい”と梶田教授と話していたことを思い出します。まさか本当になるとは思っていませんでした」。2009年、田嶋研究員はさらに大きな注目を集める発見をした。「2005年、高圧下のα-(BEDT-TTF)2I3は電子が質量ゼロの粒子として振る舞う“ゼロギャップ電気伝導体”である、と理論家が指摘しました。私は、その理論モデルが正しいことを実験で明らかにしたのです」

α-(BEDT-TTF)2I3を研究対象に選んだとき、ここまで研究が発展する予感はあったのか?「きっと面白い物理現象が潜んでいるはずだ、と信じて研究を続けていました。梶田教授には“勉強をするな”とよく言われました。それは“常識や経験にとらわれるな”という意味です。ほかの人のやらないことをやる。誰も注目していない物質の中に新しい物理現象を見いだす──それが私の研究スタイルです。今、次の研究対象を探しているところです」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2010年7月号より転載