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2011年1月6日

PETでタンパク質の挙動を観る研究者

PET(陽電子放出断層撮像法)によるタンパク質の生体内イメージング。難しいとされてきたこの技術を実現した研究者がいる。理研分子イメージング科学研究センター(CMIS)分子プローブ動態応用研究チームの長谷川功紀研究員だ。最近、タンパク質を使った医薬品が増えている。そのため生体内でのタンパク質の挙動を観ることができれば、薬の効き目や副作用の予測に役立つ。PETで観察するためには、放射性同位体をタンパク質の機能を損なわない場所に付ける必要があるが、それは難しく実現していなかった。長谷川研究員は、タンパク質の化学合成に関する技術と知識を駆使し、その問題を解決。「大学院でタンパク質の化学合成技術を学んだ後、臨床医学について学び直すために歯学部に編入し、今に至ります」と語る長谷川研究員。その素顔をのぞいてみよう。

長谷川功紀研究員

長谷川功紀 研究員

分子イメージング科学研究センター 分子プローブ動態応用研究チーム

1975年、東京都生まれ。博士(理学)。私立滝川高等学校卒業。1997年、兵庫県立姫路工業大学工学部応用化学科卒業。2002年、大阪大学大学院理学研究科化学専攻修了、同大学蛋白質研究所産官学連携研究員。2003年、同大学歯学部編入学。2005年、大阪市立大学大学院医学研究科研究員。2008年、大阪大学歯学部歯学科卒業。2008年より現職。専門はタンパク質科学、核医学。

インスリンのPETイメージング

図:インスリンのPETイメージング

インスリンに放射性同位体を付け、膜透過ペプチド(D-R8)とともにマウスに投与した。青いほどインスリンの蓄積が少なく、赤いほど多い。

「落ち着きのない子でしたね。親と買い物に出掛けると、よく迷子になっていました」。東京で生まれた長谷川研究員は、埼玉、滋賀を経て小学校1年生のとき兵庫県へ。「好きな教科は理科。実験はワクワクしました。そこでも、みんながタマネギの細胞を観察しているのに、一人だけ虫を捕まえてきて観察したり、落ち着きのなさは相変わらずでした」。そのころの将来の夢は?「料理人です。創造力を生かして、今までにないおいしい料理をつくり出す人に憧れていました」
高校時代は?「理科が好きだったので理系の大学へ進むつもりでしたが、法律や経済の本も読んでいました。何になりたいのかまだ悩んでいて、いろいろ知っておきたかったのです」

「大学受験のとき親から“自宅から通える国公立”という条件が出ました。やりたいことが近くの大学でできるのか悩んでいると、兄が“どの大学でも基礎は勉強できる。大学でやりたいことを見つけ、それができる大学院に行けばいい”と助言してくれました」。1993年、兵庫県立姫路工業大学へ進学。
「大学4年生になり、やりたいことが見つかりました。それはタンパク質を化学的に合成し、その働きを調べること。当時、その研究ができるのは大阪大学蛋白質研究所だけでした」。そして、希望通り大阪大学大学院へ。「そこでタンパク質の化学合成技術を身に付けました。しかし、“次はそれを使って何をすべきか”と悩みました。考えた末、自分がつくったタンパク質を使って生体でのその働きを調べたいという結論に達しました。しかし、そのためには医学的知識が不足していました」。そこで、大阪大学歯学部に編入学。「研究も続けたかったので、在学中に大阪市立大学の研究員になりました。17時まで歯学部で授業を受けて、18時から夜中まで研究室で実験。どちらも面白かったので、つらいとは思わなかったですね」

現在、長谷川研究員はCMISで、タンパク質でできた医薬品などに放射性同位体を付け、生体内でのその挙動をPETで観察し、薬効や副作用を調べている。2010年、長谷川研究員らの研究成果が『Journal of Controlled Release』の表紙を飾った(図)。糖尿病の患者は血液中から糖を細胞内に取り込むインスリンというホルモン(タンパク質の一種)が不足しているため、毎日注射で補わなければならない。飲み薬にできればいいのだが、インスリンは腸で消化されてしまう。「インスリンを細胞膜透過ペプチドと一緒に投与すると腸から吸収されやすくなるという報告がありましたが、実証されていませんでした。そこで、インスリンに放射性同位体を付け、その挙動をPETで観察したところ、インスリンが腸から吸収されて肝臓へ運ばれることが確認できたのです。血糖値も低下しました。これはインスリンの飲み薬の実現に向けた大きな成果です」
最後に長谷川研究員は「分子イメージングは今、主に診断に使われていますが、治療に使えるようにしたい。例えば、タンパク質に付けた放射性同位体から出る放射線を腫瘍に照射して治療することもできるでしょう。CMISから世の中に役立つ研究成果が生まれることを、期待していてください」と笑顔で語った。

(取材・構成:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2011年1月号より転載