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2011年2月7日

ペプチド・バイオテクノロジーを切り拓く研究者

膨大な種類のペプチドを人工的につくり、その中から新しい機能を持つものを探し出し、創薬へつなげようとしている研究者がいる。理研基幹研究所 ケミカルバイオロジー研究基盤施設 化合物ライブラリー評価研究チームの和田章 専任研究員だ。ペプチドとはアミノ酸が数個から数十個つながったもので、細胞内の情報伝達や生体の防御など、多様な働きをしている。つまり、ペプチドをうまく設計すれば、疾患の原因となるタンパク質と結合してその機能を阻害したり、がん細胞を細胞死に導いたりすることも可能だ。錯体(さくたい)化学の研究で工学博士号を取得した後、生物学を学んだという異色の経歴を持つ和田専任研究員。「楽しそうにプレゼンテーションするね、とよく言われます。顔のデフォルト(初期設定)が笑顔だからかな」。そんな和田専任研究員の素顔をのぞいてみよう。

和田章専任研究員

和田章 専任研究員

理研基幹研究所 ケミカルバイオロジー研究基盤施設 化合物ライブラリー評価研究チーム

工学博士。1973年、岐阜県生まれ。岐阜県立岐阜北高等学校卒業。名古屋工業大学工学部応用化学科卒業。同大学大学院工学研究科物質工学専攻修了。日本学術振興会特別研究員、産業技術総合研究所特別研究員、理研基幹研究所伊藤ナノ医工学研究室研究員を経て、2009年よりJST「ナノシステムと機能創発」研究領域さきがけ研究員を兼任。2010年より現職。

制御性T細胞へと分化誘導するペプチドの探索法

図:制御性T細胞へと分化誘導するペプチドの探索法

「子どものころは、夏はカブトムシを捕ったり、秋は落穂(おちぼ)を焼いて食べたり、毎日暗くなるまで野山を駆け回っていました」と語る和田専任研究員は、岐阜市で生まれ育った。そのころの夢は?「小学校の卒業文集には“立派な社会人になる!”と書きました。まだまだです」。中学では陸上部に所属。「棒高跳びをやっていました。棒高跳びを選んだのは、ダイナミックで一瞬の躍動感にあふれた競技だから。県大会で優勝したこともありますよ」。高校時代は「化学が好きでした。AとBが反応してCに変わる。しかも、自分の手で反応を操作できる。そういう化学の魅力に惹かれました」

その後、大学で化学の基礎を学んだ。「大学院では、生体内で化学反応を触媒する“金属酵素”を理解するために、同じ機能を発現する“金属錯体”を人工的につくる研究をしていたのですが、無理だと言われ続けました」。しかし修士2年のとき、金属酵素が生成するヒドロペルオキシドイオンの捕捉を、金属錯体により世界で初めて成功。「信念を貫き、不可能と言われたことを実現できれば、科学が進む。研究は面白い。このとき研究者としてやっていこうと決心しました」
ところが博士課程修了後、研究テーマを変えた。「金属錯体についてはやり切ったという満足感があったので、タンパク質を人工的につくる技術を一から学びました」。そして、将来の戦略を練った。「唯一無二のことに取り組み、科学を進める。それが研究者の使命です。タンパク質の研究者は多い。そこで、タンパク質と同じくアミノ酸からできているペプチドに着目しました。ペプチドは小さく、役割を終えると直ちに分解されるため、実態を捉えることは難しく、純粋に研究している研究者はあまりいませんでした。化学と生物学と工学の融合という私の独自性を活かし、ペプチドの未知なる機能の創出に挑戦してみようと思い立ったわけです」

「これまでに、天然に存在する20種類のアミノ酸をランダムにつなげ、1000億種類のペプチドライブラリーをつくり、その中から目的のタンパク質とだけ結合するペプチドを探す “特殊リボソームディスプレー法”を開発しました」。現在は、望みの細胞機能を誘導する人工ペプチドの探索にも挑戦中だ。「アレルギーは過剰な免疫応答が原因であり、制御性T細胞はそれを抑制的に制御しています。制御性T細胞への分化を誘導するペプチドを見つけ、それを使って制御性T細胞を安全に増やして研究に利用できれば、アレルギーの治療に貢献できます。理研基幹研究所の小川健司 専任研究員と、新しいペプチド探索法の開発に取り組んでいます(図)。近い将来、ペプチドによって分化や細胞死など、さまざまな細胞機能を誘導・抑制・調節することが可能となり、生命科学や創薬に大きなインパクトを与えることでしょう」
和田専任研究員は、最後にこう語った。「ペプチドを駆使して生体内分子の機能を自在に制御する“ペプチド・バイオテクノロジー”が、今まさに生まれようとしています。ワクワクして仕方ありません」。今日一番の笑顔がはじけた。

※「制御性T細胞への分化誘導」に関する研究は、若手の意欲的な研究の奨励を目的とし、理研内で横断的に実施している「研究奨励ファンド」に採択された課題によるものです。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2011年2月号より転載