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2011年3月7日

“力”から生物の形づくりの謎に挑む研究者

受精卵から生物の体がつくられていくとき、胚(はい)は伸びたり湾曲したり、ダイナミックに形を変える。生物の形づくりは、どのように制御されているのか──古くから多くの人がその謎解きに挑んでいるが、まだその答えは出ていない。その謎を“力”という視点から理解しようとしている研究者がいる。脳科学総合研究センター(BSI)細胞機能探索技術開発チームの杉村 薫 研究員だ。2009年、杉村研究員は理論生物学の研究者とともに、細胞の張力と圧力を推定する手法を世界で初めて開発。細胞にかかる力が生物の形づくりをどのように制御しているのか、その理解に大きな一歩を踏み出した。「サッカーが大好き。自分と切り離せない存在です」と語る杉村研究員の素顔に迫る。

杉村薫研究員

杉村薫 研究員

脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム

1978年、兵庫県生まれ。博士(理学)。京都大学理学部卒業。同大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て、2007年より理研基礎科学特別研究員。2010年より理研脳科学総合研究センター細胞機能探索技術開発チーム研究員。

細胞の張力と圧力の推定

図:細胞の張力と圧力の推定

さなぎ期ショウジョウバエの翅(はね)の表皮細胞の顕微鏡写真から、細胞の各辺の張力と各細胞の圧力を推定した。遠近軸方向(図では横方向)に張力の高い辺が多く見られる。また、小さい細胞ほど圧力が高い傾向がある。

「こたつの周りをハイハイしている、というのが私の最初の記憶です」と杉村研究員。小学生のころは?「1年生からサッカーを始めました。今も理研のフットサルチームに入っています。普段はのんびりしていますが、サッカーと研究をやっているときはしっかりしているつもりです」
勉強の方は?「小学生のころは本をよく読んでいて、国語が得意でした。中学では理科の実験が好きでした。女子ばかり4人の班で誰もやりたがらないので、一人で喜々として実験していました」。中学、高校と物理学や化学が好きで、生物学に興味を持ち始めたのは高校1年生のときだ。「生物は“曖昧模糊(あいまいもこ)としたもの”というイメージを持っていたのですが、三つの塩基で一つのアミノ酸が指定されるというトリプレット仮説が実証されるなど、明快な論理で生物を説明できることを偶然読んだ本で知り、面白い!と思ったのです。物理の視点で生物を眺めたい、という考えは今も変わっていません」

1997年に京都大学理学部へ、2001年に同大学の大学院へ進んだ。「木の種類によって枝の形が違うように、脳内の神経細胞の種類によって樹状突起の形が違います。その多様性が神経細胞の情報処理に重要な役割を果たしています。樹状突起が形づくられるメカニズムについて、ライブイメージングや分子遺伝学、数理科学などを取り入れて解析しました」
2007年、基礎科学特別研究員として理研へ。「生物の体の形づくりに重要な分子はたくさん見つかっていますが、細胞や組織の形を変えるには“力”が必要です。生物の形態形成を支える分子・細胞・組織の多階層ダイナミクスを力という視点から解き明かすことを目指しています」。この研究は、理論生物学が専門の東京大学大学院総合文化研究科の石原秀至(しゅうじ)助教と共同で進めている。「形態形成における力の役割の研究が進まなかったのは、生きている個体の中で細胞にかかる力の動態を測る方法がなかったからです。そこで私たちは、細胞の顕微鏡写真をもとに隣り合う細胞の接着面の“張力”と各細胞の“圧力”の相対値を推定する手法を開発しました(図)。張力の推定値は、レーザーによる測定値や、張力を生み出すミオシンという分子の分布とよく合います。この手法を使い、細胞や組織の形と力の関係について面白いことが分かり始めています」

杉村研究員は2008年、理研内外の若手研究者の仲間と“定量生物学の会”を立ち上げた。「生命の理解には、専門分野を超えた総力戦が必要です。そこで、いろいろな分野の研究者が有機的につながったネットワークをつくろうと考えたのです。細胞にかかる力を推定する手法も、この会がきっかけで統計数理の研究者と知り合うことがなかったら、完成できなかったと思います」
「研究者でいるからには、自分にしかできないことをやっていきたい」と語る杉村研究員は、4月から新天地で研究を始める。理研で芽生えた研究が、今後どんな花を咲かせるか、楽しみに待とう。

※この研究成果は、若手の意欲的な研究の奨励を目的とし、理研内で横断的に実施している「研究奨励ファンド」に採択された課題によるものです。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2011年3月号より転載