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2011年9月28日

ショウジョウバエから生物の普遍的性質を探る研究者

ヒトを含めたあらゆる生物の普遍的性質を、ショウジョウバエを使って解き明かそうとする研究者がいる。理研発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループの大谷哲久 研究員だ。今年2月、大谷研究員らはショウジョウバエの剛毛細胞を使った研究で、リン酸化酵素“IKKε(アイケイケイイプシロン)”が細胞の先端で小胞の輸送方向を調節し、細胞の伸長を促進していることを突き止め、科学雑誌『Developmental Cell』に発表。「IKKεは免疫系やがんの形成、転移などさまざな場面で働いている分子です。将来、この研究をがん転移の解明に結びつけたいですね」。研究活動の傍ら、ときどき趣味のピアノを教会で弾くという大谷研究員の素顔に迫る。

大谷哲久研究員

大谷哲久 研究員

発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループ

1977 年、米国カンザス州生まれ。1996 年、茗溪学園高等学校卒業。京都大学大学院生命科学研究科修了。2002 年、研修生として理研へ。2006 年、博士号取得(生命科学)。2007 年より現職。

剛毛細胞内のIKKεの染色画像(写真)と伸長モデル

図:剛毛細胞内のIKKεの染色画像(写真)と伸長モデル

① Rab11が結合した小胞がNufを介して、ダイニンという分子モーターに結合する。② Rab11が結合した小胞を載せたダイニンが、微小管の上を細胞体から先端部へ向かって移動する。③先端部にたどり着くと、活性化したIKKεがNufをリン酸化して抑制する。すると、④ Rab11が結合した小胞は別の分子モーターに積み替えられて細胞体へ戻っていく。IKKεの機能を抑制すると、小胞が蓄積し正常に伸長することができない。

「4歳まで米国の片田舎で過ごしました。とても人懐っこい子どもだったらしく、帰国してしばらく電車に乗ると見ず知らずの人に英語で話しかけて両親を困らせていたそうです(笑)」と大谷研究員は子ども時代を振り返った。

「中学生のとき、理研の筑波研究所に見学に行く機会があり“組換えDNA”という言葉を知りました。遺伝情報が書かれたDNAを操作することで、生物の仕組みを理解できることを知り、とても驚いたのを覚えています。今、理研で働いているのは不思議な縁を感じますね」。そして高校3年の夏、生物学の道へと進む決意を固めたという。米国のローレンス・バークレー国立研究所の科学プログラムに参加したときのことだ。「女性生物学者ミナ・ビッセルさんの“なぜあなたの鼻は肘ではないの?”という講義がとても刺激的でした。すべての細胞はそれぞれ同じDNAを持っています。しかし、細胞は周囲の環境に応じて形や振る舞いをしなやかに変えて分化する。これが、今の研究テーマにつながっています」

2007年に形態形成シグナル研究グループに参加した大谷研究員は、ショウジョウバエを使った研究を開始。「1984年、ショウジョウバエで見つかった発生のルールが、マウスやヒトにも適用できること、個々の生物でそれぞれ検討されていた発生に共通するルールの存在が分かったんです。つまり、ショウジョウバエで、あらゆる生物の普遍的性質に迫ることもできるのです。今はショウジョウバエの感覚器官の一つ、剛毛細胞の伸長メカニズムを研究しています。剛毛の一本一本はそれぞれ単一の細胞が伸長してできるシンプルな系なので、そのメカニズムを調べるには最適です」と大谷研究員。

「これまでの研究で“IKKε”と呼ばれるリン酸化酵素が剛毛細胞の伸長に関与していることは分かっていましたが、詳細は不明でした」。その働きを詳しく調べるために、大谷研究員はIKKεを過剰に発現させてみた。すると、剛毛細胞の伸長が促進された。次にIKKεの機能を抑制したところ、正常に伸長せずに短く枝分かれした。では、IKKεはいつどこで機能しているのか。「IKKεの活性化パターンを可視化したところ、活性化したIKKεは細胞の先端に局在することが分りました(写真)」

その後、実験を重ねた大谷研究員らは剛毛細胞が伸長するモデルを提唱(図)。最後に今後の展望を聞くと「IKKεは、免疫系やがんとの関わりが指摘されています。将来的にはがん転移の解明にこの研究を結びつけたい。ショウジョウバエの剛毛を糸口にして、生物に共通する普遍性を追求したいですね」と、人懐っこい笑顔が返ってきた。

『理研ニュース』2011年9月号より転載