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2011年10月21日

簡単・手軽な「がん診断チップ」の開発を目指すナノ科学者

理研基幹研究所に、たった一滴の体液からその場でがんの診断ができる“がん診断チップ”の開発を目指す研究者がいる。前田バイオ工学研究室の新田(あらた)英之 特別研究員だ。早期のがんでは、ほかの遺伝子の発現を調節する“マイクロRNA”が、体内で増えたり減ったりする。「このマイクロRNAを検出することで、がんの早期診断ができます。目指すのは、外部動力を必要とせず、持ち運び可能で操作が簡単ながん診断チップ」と語る新田特別研究員は、理研に来る前、研究者でありながらアマチュア音楽家として東京やパリで活躍。2006年には「不屈の民」変奏曲で知られる米国の作曲家、フレデリック・ジェフスキ氏から『ナノソナタ』※を献呈されている。

新田英之特別研究員

新田英之 特別研究員

基幹研究所 前田バイオ工学研究室

1980年、沖縄県那覇市生まれ。1998年、 ラ・サール高等学校卒業。2002年、東京大学工学部電気工学科卒業。キュリー研究所研究員、ハーバード医学部/MIT-医療科学技術部門研究員などを経て、2010年より現職。工学博士(東京大学)。

開発中の簡単・手軽な「がん診断チップ」

写真:開発中の簡単・手軽な「がん診断チップ」

競泳でオリンピックの金メダリストになるのが夢だったという新田研究員は、「ピアノを弾き始めたのは10歳ごろ。独学で勝手に弾く程度でした」と当時を振り返る。中学・高校時代は鹿児島市のラ・サール学園で学び、バスケットボール部に所属し、スポーツ漬けの日々を過ごしていた。1998年に東京大学へ進学し、電気工学を学びながらピアニストから専門的な指導を受け始める。きっかけはアマチュアの演奏会だ。「たまたま先輩のお母さんが来ていて、その方がピアニストの太田戸紫子(としこ)先生だったんです。太田先生から“うちに来ない?”と誘われたのがきっかけですね」

大学院在学中、2005年にフランス・パリのキュリー研究所へ。DNAの修復機能を持つタンパク質“Rad51”は、修復過程でDNAをねじることが予測されていた。そのねじり運動を顕微鏡下でリアルタイム観察する実験システムを発案、手づくりで完成させ、タンパク質一分子がDNAをねじる運動を世界で初めて“見た”。「工学出身者が新しい技術を発明し、生物学者だけでは見ることのできなかった現象を見る。工学者が生物学に一石を投じる──これが僕の研究スタンスです」。これらの成果が認められ、今年6月末から1週間、ノーベル賞受賞者23名と世界から選抜された若手研究者ら約550人が参加する“第61回リンダウ・ノーベル賞受賞者会議”に招待された。「昼過ぎまでノーベル賞受賞者の講演。夜は一緒に食事する機会もあって楽しかったのですが、朝から晩まで英語でのディスカッションは疲れました(笑)。でも、得るものはとても大きかったです」

パリ滞在中も音楽院の教授たちにピアノを習っていた新田特別研究員は2006年、米国の作曲家、フレデリック・ジェフスキ氏に論文を贈った。「10代のとき彼の講演会で出会ったのをきっかけに、思想・芸術・学問などについて語り合う仲になったんです。論文を送った次の週に、“論文から受けたインスピレーションをもとに書いた曲を返礼に贈る”と『ナノソナタ』の楽譜を送ってきてくれました。ナノは10億分の1を表す単位。ソナタにしては短い3ページで書かれた楽曲です」
 
昨年12月に理研に入所した新田特別研究員は現在、 “マイクロRNA高感度検出用マイクロチップ”の開発に従事している。「最終目標は、簡単で手軽、その場で結果の出るがん診断チップの開発です(写真)。がんには、それぞれに対応するマイクロRNAがあります。例えばチップの上に胃がん、肺がんのマイクロRNAに対応する塩基配列のDNAを付けておき、そこに体液から抽出したマイクロRNAを流す。すると塩基配列が対応するDNAと結合し、蛍光を発するという仕組みです。結合しない場合は光らないので“がんではない”ことになります」。特定のRNAを検出することにはすでに成功している。今後の課題は精度をもっと上げることだ。最後に「将来は産業界に貢献したい」と明るい笑顔で語った新田研究員の今後の活躍に注目しよう。

※ナノソナタ:HP「Welcome to 新田英之’s page 」で試聴いただけます。

『理研ニュース』2011年10月号より転載