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2011年11月11日

iPS細胞の万能性をいかに維持するか、その難題に挑む研究者

多様な細胞に分化できるiPS細胞(人工多能性幹細胞)。その万能性を維持している因子を発見し、注目を集めている研究者がいる。理研オミックス基盤研究領域LSA要素技術開発ユニットの長谷川由紀 研究員だ。「iPS細胞の培養は難しく、すぐ万能性が失われてしまいます。私は面倒くさがりなので、もっと簡単に培養できないか、と思っていたのです」。iPS細胞の万能性を維持する因子があるに違いない。そう考えて実験を重ねた結果、“CCL2”というタンパク質が重要な役割を果たしていることを発見し、今年7月に発表。CCL2を加えて培養すると、万能性が維持される。この発見は、iPS細胞のより簡単・安価な培養手段の開発につながり、再生医療や基礎研究への貢献が期待されている。「小さなことでもハッピーになれる単純な性格。でも、しつこい」。そんな長谷川研究員の素顔に迫る。

長谷川由紀研究員

長谷川由紀 研究員

オミックス基盤研究領域 LSA要素技術開発ユニット

1978年、東京都生まれ。博士(理学)。1996年、都立日比谷高等学校卒業。2000年、米国カリフォルニア州立大学ヘイワード校卒業。2006年、横浜市立大学大学院博士課程修了。理研ゲノム科学総合研究センター研究員を経て、2008年4月より現職。

iPS細胞の万能性の維持にはLIFタンパク質の添加が有効だとされているが、CCL2タンパク質をLIFタンパク質とともに添加すると万能性の向上が見られる。

図:iPS細胞の万能性の維持にはLIFタンパク質の添加が有効だとされているが、CCL2タンパク質をLIFタンパク質とともに添加すると万能性の向上が見られる。

「女の子同士の双子なんです」と長谷川研究員。3歳からピアノ、小学4年生からはバイオリンを習っていた。「本が大好きでした。家にある本を片っ端から読み、中学時代の愛読書は松本清張や司馬遼太郎。数学と理科は嫌いでしたね」。そんな長谷川研究員だが、高校では理系コースを選んだ。「大学のオープンキャンパスで実験教室に参加したら、とても楽しかったから。それに、家族がみんな理系だったので、理系以外の職業が思い浮かびませんでした」

高校卒業を前に、長谷川研究員は一大決心する。「米国の大学に行くことにしました。双子の姉とずっと一緒にいたので、社会に出てから一人でやっていけるのか不安でした。一度離れてみるべきだと思ったのです」。そして渡米。「すぐに後悔しました(笑)。不慣れな英語で自分から話し掛けることができずに、いつも一人でいました」。ストレスでつぶれそうな留学生を見かねた大学のカウンセラーが、「趣味はないの?」と声を掛けてくれた。「バイオリンを持ってきたことを思い出し、弾き始めたんです。音楽に言葉は必要ありません。友達もできて、心が楽になりましたね」
学費を出して応援してくれる両親に感謝しながら、必死に勉強した。「どの教科も授業に付いていくだけで精いっぱいでしたが、遺伝学だけは面白いと思えたのです。パーキンソン病を患っている知人がいたこともあって、遺伝性疾患に関心がありました。授業で、その治療には基礎研究も重要だと知り、研究者の道を考えるようになりました」

大学を卒業して帰国。大学院を探していたとき、理研横浜研究所の連携大学院が横浜市立大学に開設されることを知った。「林﨑良英先生(理研オミックス基盤研究領域長)に会いにいくと、“私も変わっていると言われるけれど、いきなり海外の大学に行くなんて君も相当変わっているね”と言われました。国際色豊かで、研究者から直接指導を受けられる環境に惹かれ、連携大学院の1期生になりました」
大学院修了後は理研横浜研究所の研究員として、細胞の遺伝子制御ネットワークの研究に携わった。そして2008年、オミックス基盤研究領域に所属し、iPS細胞を使った研究を開始。「京都大学の山中伸弥先生とともにiPS細胞をつくった高橋和利先生に、樹立・培養の方法を直接指導していただきました。成功までの苦しみや熱い想いも聞くことができ、大きな刺激を受けました」
そして2011年、iPS細胞の万能性の維持にCCL2タンパク質が重要な役割を果たしていることを発見(図)。「今回はマウスのiPS細胞ですが、CCL2はヒトのiPS細胞の万能性の維持にも効く可能性があり、実験を進めています。ヒトのiPS細胞を万能性を維持したまま培養することは、マウスの何倍も難しいんです。CCL2を添加することでそれが可能になれば、再生医療にも貢献できます」

「研究をやっていると99%が失敗」と長谷川研究員。「でも私は、簡単には諦めません。1%の成功のために、しつこくやり続ける。好きな言葉は、Perseverance。屈しない姿勢という意味です」。柔らかい笑顔の奥に強さが見えた。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2011年11月号より転載