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2012年7月5日

iPS細胞を経由せずに望み通りの細胞をつくり出す研究者

理研横浜研究所 オミックス基盤研究領域(OSC)に、分化を終えた細胞から別の種類の細胞をつくり出そうとしている研究者がいる。 LSA要素技術開発ユニットの鈴木貴紘(たかひろ)研究員だ。あらゆる種類の細胞をつくり出すことができるiPS細胞(人工多能性幹細胞)が注目されているが、体細胞からiPS細胞をつくるのが難しく、また目的の細胞に分化させるのにも1ヶ月ほどかかる。「iPS細胞を経由せずに、手に入りやすい細胞から必要な機能を持つ細胞を直接つくれたらいいと思いませんか。細胞の機能を決めているのは転写因子のネットワークです。細胞Aの転写因子のネットワークを細胞Bの中に再構築すれば、細胞Bは細胞Aになるはずだと考えました」(図)と鈴木研究員。そして2012年4月、鈴木研究員らは、線維芽(せんいが)細胞に単球の機能を持たせることに成功した。

鈴木貴紘研究員

鈴木貴紘 研究員

オミックス基盤研究領域 LSA要素技術開発ユニット

1980年、神奈川県生まれ。博士(理学)。神奈川県立川和高校卒業。防衛大学校理工学専攻材料物性工学科卒業。横浜市立大学国際総合科学研究科博士課程修了。2009年より、理化学研究所オミックス基盤研究領域 特別研究員。2012年より現職。

転写因子のネットワーク再構築の概念

図:転写因子のネットワーク再構築の概念

「母の話では、私のズボンのポケットにはいつもダンゴムシが入っていたそうです。夏休みには毎晩のように父とクワガタを捕りに行きました」。虫好きの鈴木研究員が小学生のときに書いた作文が残っている。「将来は科学者か天文学者になる、と書いてあります。理科、特に実験が好きで、家には小さな望遠鏡と顕微鏡がありました」

高校卒業後の1999年、防衛大学校へ。「自衛官だった祖父の影響です。防衛大は自衛隊特有の授業もありますが、ほかは一般の大学と同じです。卒業論文のテーマはバイオセンサー。分からないことだらけの生物の謎を、次々と明らかにしていく研究の世界に興味を持ちました。卒業後、航空自衛隊に入隊したのですが、生物の研究をしたいという思いがくすぶっていました。そして、半年くらい悩んだ末に、自衛隊を辞めました」
横浜市立大学大学院に進み、OSCの林﨑良英 領域長の研究室へ。「医療につながる研究が一番できそうだったから」と鈴木研究員。大学院では、DNAがメチル化などの修飾を受けて遺伝子の発現が変わる“エピジェネティクス”がどこでどの程度起きているかを調べる研究をした。

博士論文が仕上がり次の研究テーマを考えていたとき、林﨑領域長から声を掛けられた。「分化を終えた細胞から直接、別の細胞をつくってみないか、と言われ、面白そうだと思いました。できるかどうかを考えても仕方がありません。できたらすごい。それが研究をする一番のモチベーションです」。2007年に京都大学の山中伸弥教授がヒトのiPS細胞の樹立に成功する少し前のことだ。
そのときOSCでは、細胞がどういう機能を持つかは転写因子の複雑なネットワークで決まることを明らかにしていた。「元の細胞は医療応用を考えて手に入りやすい皮膚の線維芽細胞、目的の細胞はOSCで転写因子のネットワークが解明されていた免疫細胞の単球に決めました」。鈴木研究員は、単球の転写因子のネットワークから最も重要な四つの転写因子を特定し、線維芽細胞に導入(図)。その細胞は、異物を取り込み破壊する貪食(どんしょく)、細胞間の情報伝達物質サイトカインの分泌、などの単球特有の機能を持つようになった。「元の細胞の機能も残っているので、まだ“単球もどき”です。エピジェネティクスを操作し、完全な単球をつくることが次の目標です。この手法は、ほかの細胞にも使えます。必要とされている細胞を自由自在につくれるようにして、病気で苦しんでいる人を救いたい」

趣味は、釣りと登山、そして山道を走るトレイルランなど。「夏は毎週末、車にカヤックを積んで海に出かけます。じっと待ち続けて釣れた瞬間、アドレナリンがどっと出る。それを一度経験してしまうと、もうやめられません」
自分の性格を「精神的にタフで、諦めが悪い」と分析する。「防衛大時代に身についたのでしょう。研究は失敗の連続。どちらも研究者にとって重要です」。鈴木研究員は、最後にもう一つの夢を語った。「宇宙への興味は今もあります。宇宙飛行士の募集があったら、応募してみようかな」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2012年7月号より転載