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2012年9月5日

植物細胞が分化全能性を発揮する仕組みを探る研究者

理研横浜研究所 植物科学研究センター(PSC)に、植物細胞が再び分化全能性を発揮する仕組みを明らかにしようとしている研究者がいる。 細胞機能研究チームの岩瀬 哲(あきら) 研究員だ。植物は、傷付くと傷口に“カルス” と呼ばれる細胞の塊ができる。カルスは、特定の種類になっていた細胞が脱分化したもので、あらゆる細胞に再分化できる。この現象は古くから知られていたが、仕組みは謎に包まれていた。そうした中、岩瀬研究員は “WIND1”という転写因子が脱分化を促進するスイッチであることを発見。「WIND1 遺伝子を過剰に発現させると、脱分化が促進されるだけでなく、分化全能性を維持したままカルスを培養できます(図右)。薬用成分など有用な物質の生産にもつながるでしょう」。岩瀬研究員は今年、優れた研究者に贈られる“PSC Director’s Award”と “RIKEN Research Incentive Award”を受賞した。

岩瀬哲研究員

岩瀬哲 研究員

植物科学研究センター 細胞機能研究チーム

1976年、マレーシア・ボルネオ島(カリマンタン島)コタキナバル生まれ。博士(農学)。千葉県立東葛飾高校卒業。筑波大学第二学群生物資源学類卒業。同大学院生命環境科学研究科単位取得退学。(独)産業技術総合研究所ポスドクを経て、2009年より理研基礎科学特別研究員。2012年4月より現職。

WIND1遺伝子の過剰発現によるカルス形成(右)

図:WIND1 遺伝子の過剰発現によるカルス形成(右)

「父の仕事の関係で、生物の宝庫マレーシアのボルネオ島で生まれ、2歳半まで過ごしました。その影響か、生き物が好きで、特に植物は身近な存在でした。珍しい野菜の種子を取り寄せて栽培する父と、何でも挿し木で増やしてしまう母。いつの間にか植物の研究者になりたいと考えていました」
小学3年生だった1985年、筑波科学万博が開催された。「実が1万個もなっている巨大なトマトの木を見て、うちの家庭菜園のトマトとの違いに、びっくり。そのとき、白い塊が入った小さな瓶をもらい、しばらく育てていました。それがカルスでした」。また、4年生のときのこと。「母が庭の柿の葉でお茶をつくるのをまねて、ブーゲンビリアでお茶をつくり父と祖母にふるまいました。すると、一口飲んだとたん、全員めまいがして嘔吐してしまったのです。植物はすごい力を持っているんだと実感しました」。それを機にますます植物に興味を持つようになり、6年生の夏休みの自由研究では身近な薬草について調べ、庭にハーブガーデンまでつくってしまった。

進学した東葛飾高校では、週に1コマ自由研究の時間があり、岩瀬研究員は薬草とその成分について2年間研究した。「生物学の面白さを教えてくれただけでなく、分析のために高価な装置を購入してくれたり、私の植物好きを伸ばしてくれたのが、恩師、相馬 融(あきら)先生です。今でも一緒に、珍しい生き物を探しに南の島へ出掛けます」
そして、「植物を知るだけでなく、役に立つ研究者になりたい」と、筑波大学第二学群生物資源学類へ進んだ。「4年生のときに入った細胞培養工学の研究室でカルスに再会しました。カルスを培養して有用物質を生産する方法を研究していたのですが、カルス自体に興味が出てきました。細胞が脱分化して分化全能性を再獲得する仕組みを、分子生物学から明らかにしたいと思ったのです」。その後、博士課程在学中から(独)産業技術総合研究所の研究室に出入りするチャンスを得た。「尊敬する先輩研究者たちに叱咤激励されながら分子生物学を学び、ESTマイクロアレイを使って、カルスで強く発現している転写因子を発見しました。この転写因子を中心に研究を進めたかったのですが、ポスドクの立場では限界がありました」
2009年、基礎科学特別研究員として理研へ。「自由な発想で主体性を持って研究できる理研の基礎科学特別研究員は、若手育成の世界最高の制度です」。杉本慶子チームリーダーのアドバイスを受けながら、その転写因子が脱分化のスイッチであることを明らかにし、2011年にWIND1と名付けて発表した(図)。「今後はWIND1を足掛かりに、脱分化、分化全能性発揮の分子ネットワークを解明していきます」

植物やキノコが大好きな岩瀬研究員。「植物ではクスノキが一番好き。子どもの名前にはクスノキにちなんだ漢字を使いました。明るく大きい存在感、みんなから好かれ人の役に立つクスノキのようになってほしいという思いを込めて」
影響を受けた本は?「内村鑑三の『後世への最大遺物』です。“誰にでも遺(のこ)せる最大の遺物、それは勇ましく高尚なる生涯だ”という言葉に、信念を持って生きようと決めました。私の信念は、面白いと思える研究を楽しくやることです」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2012年9月号より転載