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2012年10月5日

脳の神経回路をひもとく研究者

理研脳科学総合研究センター(BSI)に、神経細胞の回路を解きほぐし、脳が情報を処理する仕組みを知ろうとしている研究者がいる。 局所神経回路研究チームの丸岡久人 研究員だ。大脳新皮質では、さまざまな種類の多数の神経細胞が複雑な回路をつくっている。脳表面に対して垂直に並んだ幅数十μmの範囲にある神経細胞群は似た応答をすることは知られているが、神経細胞の配置に規則性があるかどうかは分かっていなかった。そうした中、丸岡研究員は、皮質下投射細胞が数個~数十個集まって柱状のクラスター(集合体)を形成し、それが等間隔に並んでいること(図)、同じクラスターの細胞は似た応答をすることを明らかにし、2011年に発表した。「大脳新皮質の少なくとも一部は、小さな回路の繰り返しで構成されているようです。それを糸口に複雑な神経回路をひもといていきたい」と丸岡研究員。

丸岡久人研究員

丸岡久人 研究員

脳科学総合研究センター 局所神経回路研究チーム

1976年、大阪府生まれ。博士(医学)。私立大阪青凌高校卒業。大阪大学工学部応用自然科学科応用化学科目卒業。同大学大学院工学研究科物質生命工学専攻分子認識化学講座修了。同大学大学院医学系研究科未来医療開発専攻神経細胞医科学講座修了。2006年より理研BSI細谷研究ユニット博士研究員。2010年より現職。

皮質下投射細胞(緑)がつくる柱状クラスターの周期構造

図:皮質下投射細胞(緑)がつくる柱状クラスターの周期構造

「子どものころは、サッカーとお笑い番組が好きで、勉強には興味がありませんでした」と丸岡研究員。「中学生のとき、祖母が認知症になりました。毅然(きぜん)としていた祖母が、記憶があいまいになり、性格まで変わってしまいました。また高校生のときには私が脳虚血で意識を失い入院しました。そうした経験から、“脳がどのようにヒトをヒトたらしめるのか”“自分とは何か”と、脳に興味を持ち始めました」

1996年、大阪大学工学部応用自然科学科に進学。「中高と男子校だったので、女子が多い学科を選びました(笑)」。その後、大学院に進み、修士課程ではがんの遺伝子治療薬の開発を行った。「就職活動をする時期になったときに脳への好奇心がどうしても抑えられなくなり、脳の研究を仕事にしようと、博士課程は医学系研究科に進みました」
博士課程では、神経細胞同士が情報伝達を行う場、シナプスで働くタンパク質について研究した。「シナプスの構成要素を調べれば、脳の情報処理の仕組みを理解できると考えていました。しかし神経回路がどうつながっているか、ほとんど分かっていないという現状を知りました。構成要素が同じでも回路の違いで機能は異なります。脳を理解するにはまず神経回路の研究が必要だと思い始めました」

2006年、理研BSIの細谷研究ユニットへ。「サンショウウオの網膜を使って神経回路を研究していると聞いていました。私は高度な情報処理を行っている大脳新皮質の研究をしたかったので、ここで神経回路の研究に必要な電気生理学の技術を学んでからほかに移ろうと考えていました。ところが、ちょうど大脳新皮質の研究が始まったのです」
そして2011年、大脳新皮質にある皮質下投射細胞が柱状クラスターをつくって等間隔に並んでいることを発見、同じ柱状クラスターに含まれる細胞はみな似た応答をすることを確認した(図)。「このときは事前に刺激を与えたマウスの脳の切片を染色して神経細胞の活動を間接的に観察しましたが、本当はリアルタイムで観察したいのです」。神経細胞の活動の指標となる細胞内のカルシウム濃度の変化を蛍光色素の明るさの変化として観察する方法があるが、皮質下投射細胞がある第5層は表面から深いため、蛍光の観察は難しい。「難しいと言われると燃えます。私は、主に発生学で使われてきた遺伝子導入法を使って蛍光を明るくすることに成功し、深部の観察を可能にしました。今後、皮質下投射細胞の活動をリアルタイムで観察していきます」
 
影響を受けた本は?「大学時代に読んだ『マキアヴェッリ語録』(塩野七生 著)です。目的のためなら手段を選ばない権謀術数の代表のように誤解されがちですが、彼の現実主義的な考え方に、倫理や道徳にとらわれ過ぎずに自分なりに生きていいんだと、ほっとしました」
丸岡研究員は有機化学、分子生物学、生化学、生理学など多様なバックグラウンドを持つ。「面白くないことはやりたくない。小心者ですが、好奇心には正直なんです。分野を変えながら培った知識と技術は今、研究の戦略を立てる上で役立っています。道のりは遠いですが、自分とは何かを知りたいですね」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2012年10月号より転載