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2014年10月6日

大腸菌1匹まるごとシミュレーションに挑む研究者

生命の活動は、細胞内での分子の化学反応の複雑なネットワークによって引き起こされる。生命システム研究センター(QBiC)生化学シミュレーション研究チームの海津一成 基礎科学特別研究員(以下、研究員)は、その過程をコンピュータの中に再構成する細胞シミュレーションの技術開発に取り組んでいる。理研の2013年度研究奨励賞を受賞。「うれしかったですね。でも理事長との記念撮影の後、ふと胸元を見ると、スーツの胸ポケットから携帯のストラップが飛び出ていました。朝、妻に全身を確認してもらったのに。私は詰めが甘いんです」と苦笑いを浮かべる。そんな海津研究員の素顔に迫る。
海津一成

海津一成 基礎科学特別研究員

生命システム研究センター 生命モデリングコア 生化学シミュレーション研究チーム

1982年、広島県生まれ。博士(理学)。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学大学院理工学研究科博士課程修了。2011年より理研生命システム研究センター生化学シミュレーション研究チーム特別研究員。2013年より現職。
E-Cell 4 による細胞シミュレーションのイメージ図

E-Cell 4による細胞シミュレーションのイメージ

「母によると、手のかかる子だったそうです。小学校の通知表には、落ち着きがないと書かれていました。父がプログラミングの仕事をしていたのでコンピュータには興味がありましたが、なりたい職業は特にありませんでしたね」と海津研究員。「高校生のとき突然、数学ができるようになったのです。しかし、クラスにもっとできる人がいたので、数学の世界で生きていくのは厳しいと思っていました。そのころ、話題になっていた複雑系の本を読み、人工生命に興味を持ちました」

そして、慶應義塾大学環境情報学部へ進学。「2年生から研究室に入れるので、人工生命の研究をしている冨田勝教授の研究室に申し込もうとしたら締め切りが過ぎていました。そこで、山形県の鶴岡タウンキャンパスにある冨田教授が所長を務める先端生命科学研究所に半年間滞在して学ぶ、バイオキャンプに申し込みました。行ってみると、本物の細胞を使った実験をしている……。人工生命の研究はコンピュータの中だけではないことを初めて知り、がくぜんとしました」

3年生のとき大きな出会いがあった。「『数学が得意なんだって? 細胞シミュレーションを一緒にやらないか』と、当時慶應大の大学院生だった高橋恒一チームリーダー(TL)に声を掛けられたのです」。高橋TLは冨田教授と細胞シミュレーションのソフトウエア「E-Cellシステム」を1996年に開発していた。海津研究員は、「面白そう」とその改良に加わり、代謝や遺伝子発現、情報伝達など計算法や時間スケールが異なる反応も効率的にシミュレーションできるE-Cell 3を開発した。

「大学に入ったころから博士号は取りたいと思っていたので、迷わず大学院に進みました」。そして、博士課程修了後の2011年4月、QBiCの発足とともに高橋TLの生化学シミュレーション研究チームへ。最近では、分子1個1個の振る舞いを高精度で高速に計算できる「改良グリーン関数反応動力学法(eGFRD)」を用いて、細胞内の分子間でどれだけの情報を伝達できるのか、その上限を計算した。1977年に提案された直感的な古典理論と、2005年に出された統計物理学に基づく精緻な理論の予測結果に矛盾があり、問題になっていたのだ。海津研究員らは後者の誤りを指摘し、前者を発展させた新理論を導き出し、論争に終止符を打った。

「現在はE-Cell 4を開発しています。分子1個1個の振る舞いを高精度に再構築する『1分子粒度シミュレーション』の実現が目標です」と海津研究員。膨大な計算をいかに高速に高精度で行うかが課題で、eGFRDの改良を進めている。「E-Cell4が完成すれば細胞内のさまざまな現象を空間的に、これまで難しかった分子1個の精度でシミュレーションできるでしょう。単細胞生物である大腸菌をまるごと1匹コンピュータの中につくり出し、動かすことを計画しています」(図)

趣味は古書店巡り。「大阪の江坂にある天牛(てんぎゅう)書店が好き。知らない本に出会えるのが楽しくて、数学や物理に始まって少しずつジャンルが広がってきています。最近では美術や料理の本も読みます。古書店のすべての棚を楽しめるようになるのが夢ですね」

研究での夢は?「 細胞シミュレーションは、いまだに『それで何が分かるの?』と言われることがあります。顕微鏡で細胞を見ることは、今や当たり前です。それと同じくらい、コンピュータで細胞をシミュレーションすることを当たり前にしたいですね」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2014年10月号より転載