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2014年11月5日

思春期特発性側彎症の関連遺伝子を見つけ治療へつなぐ研究者

側彎(そくわん)症は、背骨が横に曲がる疾患である。側彎症には何種類かあるが、10歳以降に発症し原因不明の思春期特発性側彎症(AIS)の発症頻度が最も高い。統合生命医科学研究センター(IMS)骨関節疾患研究チームの稲葉(黄)郁代 上級研究員(以下、研究員)は、慶應義塾大学などとの共同研究によって、ゲノムワイド相関解析(GWAS)を用いてAISのなりやすさに関連している遺伝子を発見した。「大学院修士課程修了後、製薬企業に就職したのですが、研究を通じて人の役に立ちたいと理研に転職しました。最初はテクニカルスタッフとしての採用だったので、勤務時間外に研究をさせてもらっていました。私のような経歴を持つ研究員は少ないかもしれません」。性格は真面目なコツコツタイプで、要領よくできる人がうらやましいという。そんな稲葉研究員の素顔に迫る。
稲葉(黄)郁代

稲葉(黄)郁代 上級研究員

統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム

1974年、台湾生まれ。博士(工学)。早稲田大学理工学部応用化学科卒業。同大学大学院理工学研究科応用化学専攻修士課程修了。佐藤製薬(株)製剤研究所研究員を経て、2002年より理研遺伝子多型研究センター変形性関節症関連遺伝子研究チーム テクニカルスタッフ。2014年より現職。
思春期特発性側彎症のゲノムワイド相関解析の結果

図 思春期特発性側彎症(AIS)のゲノムワイド相関解析(GWAS)の結果

GPR126という遺伝子領域に存在しているrs7774095を含む19個のSNPが、AISのなりやすさに関連していることが明らかになった。GPR126は日本人だけでなく、中国人や欧米人でもAISのなりやすさに関与している。

「小学校卒業まで青森県下北半島に住んでいました。信号機ができたのが小学6年生のときですから、とても小さな町でした」と稲葉研究員。その後、秋田市へ転居。中学・高校と陸上部で短距離走に打ち込んだ。「親族に医師が多かったことから、人の役に立つ仕事をしたいと考えていました。でも、医師は手術のイメージが強く、私には無理。生物の授業で興味を持った遺伝子の研究をしたいと思うようになりました」 早稲田大学理工学部応用化学科へ進学。大学院の修士課程を終えると、製薬会社に就職した。「研究機関や大学より製薬会社の方が早く人の役に立つ研究ができると考えたのです。しかし配属先は、薬効が確認された化合物を服用しやすい形にする製剤開発が中心で、思い描いていた研究とは違っていました。2年たったころから研究職への転職を考え始めました」

しかし、転職は順調にはいかなかった。「博士号を持たず、研究職でもなかったので、研究職で採用してもらえないのです」。そんなある日のこと。「学術誌をめくっていたら、中村祐輔先生の記事が目に留まりました」。IMSにつながる理研遺伝子多型研究センター(SRC)の創設に深く関わり、後にセンター長も務めた研究者だ。「1塩基多型(SNP:スニップ)つまりゲノム塩基配列における1塩基の違いを目印にすれば疾患の関連遺伝子を発見できること、一人ひとりに最適な医療を提供するオーダーメイド医療の実現を目指すプロジェクトが始まることが書かれていました。面白そう、この研究をやりたいと、すぐSRCのホームページで求人情報を調べました」

研究員の応募条件を満たしていなかったが、諦めなかった。「テクニカルスタッフの求人に応募しては、研究をやらせてほしいとお願いし続けました。すると唯一、池川志郎チームリーダーが、『やる気があるなら、勤務時間外に研究をしたらいい』と言ってくださったのです」。そして2002年、SRC変形性関節症関連遺伝子研究チームに。毎日深夜まで残って夢中で研究して、2年かけて論文にまとめた。リサーチアソシエイト、特任職員となり、早稲田大学で博士号も取得。特別研究員、研究員を経て、上級研究員となった。

現在は、2013年に発見したAISの関連遺伝子GPR126の機能を調べている(図)。「ゼブラフィッシュを用いた実験で、GPR126の発現を抑えると背骨を形成する椎骨(ついこつ)の骨化が遅れることが分かりました。GPR126がAISの発症や進行にどのように関連しているかを明らかにして、新しい診断や治療法の開発につなげたい。新しい関連遺伝子探しも続けています」

「大学進学では遺伝子の研究ができると聞いて応用化学科を選んだのですが、入ってみると工学色が濃くて後悔しました」と振り返る。「でも、指導教官の言葉で、迷いが消えました。『工学、特に応用化学は、人の生活にどう貢献するかを常に考えなければいけない』。それは私がやりたかったことであり、選択は間違っていなかったのです。今も、患者さんへの貢献を常に意識して研究をしています」。稲葉研究員の柔らかい笑顔の中に強い意志が秘められている。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2014年11月号より転載