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2015年3月5日

ミクロな凹凸を用いた細胞選別を目指す研究者

シリコン基板に刻んだミクロな凹凸の上に細胞を載せると、細胞はどう動くか──凹凸の構造と細胞の挙動の関係を調べている研究者が、光量子工学研究領域にいる。先端光学素子開発チームの三好洋美 研究員だ。溝の幅によって細胞が後戻りしたり、動かなくなったりすることを発見(図)。その挙動は細胞の種類によっても変わる。その性質を利用して、凹凸のサイズやパターンを変えることで、細胞を傷付けることなく電気も試薬も使わず簡単に、選別したり移動を制御したりする技術の開発を目指している。三好研究員は自分の性格を「極端」と分析する。「普通のものは面白いと思えず、思いっきり変わったものが好き」。そんな三好研究員の素顔に迫る。

三好洋美

三好洋美 研究員

光量子工学研究領域 先端光学素子開発チーム

1975年、愛媛県生まれ。博士(工学)。東京工業大学生命理工学部卒業。同大学大学院生命理工学研究科生物プロセス専攻博士課程修了。2007年、理研VCADシステム研究プログラム研究員。超精密加工技術開発チーム協力研究員を経て、2013年より現職。

溝の幅による細胞(ケラトサイト)の挙動の違いの図 図 溝の幅による細胞(ケラトサイト)の挙動の違い
ケラトサイトは魚のうろこ上に存在する細胞。平面では三日月形の形態を示す。培養すると、1時間で1mmと一般的な細胞の100倍以上高速で移動する。

「冷めた、かわいげのない子だった」と三好研究員。小学校低学年のころに欲しいものがあった。顕微鏡だ。買ってもらえなかったが、高学年になり授業で顕微鏡を使えることに。「ジャガイモの汁をセットして、ワクワクしながらレンズをのぞきました。期待が大き過ぎたためか、がっかりでした。視野は暗いし、でんぷんなのか気泡なのかも分からない。楽しんでいる友達の隣で、冷め切っていました」

覚えることが多い生物や化学より、物理や数学的な考え方が好きだった。しかし対象は無機物より生物の方が面白そうだと、物理の視点から生物を学べる東京工業大学生命理工学部へ進学。「高性能な顕微鏡を使えるようになりましたが、何を見ても感動することはありませんでした」と振り返る。みんなも行くからと修士課程に進んだが、「何をやったら面白いのかが分からなかった」という。博士課程には進まず、企業にシステムエンジニアとして就職。しかし1年半で退社し、その後のキャリアについて悩みながら過ごしていたときのことだ。「夫から『君は、会社勤めは合わない気がする。大学院に戻ってみたらどうかな』と言われたのです。一番近くで見ている人がそう言うならばと、入学試験を受けることにしました」

大学院博士課程では、ウニの受精卵の細胞分裂について研究。「顕微鏡で見るウニの受精卵はとてもきれいで、見飽きることがありませんでした。初めて顕微鏡を見て感動し、研究が面白いと思えました」

2007年から理研のVCADシステム研究プログラムに所属し、細胞の形と動きの研究を進めてきた。2009年のある日、隣の研究室の研究員から声を掛けられた。「僕たちがつくっているミクロな凹凸があるシリコン基板に細胞を載せてみたら?」と。「生体内は平たんではなく、ミクロな凹凸があります。面白いかもしれないと、すぐにやってみました」

ケラトサイトという長さ20μm、幅5μmほどの細胞で実験した。細胞は、幅1.5μmの狭い溝に出会うと進めず跳ね返された。幅を3.5μmに広くすると、トラップされ動けなくなった。

「面白くて、私自身が凹凸にはまっていました」と三好研究員。「正常細胞が動けなくなるサイズの隙間でも、がん細胞はかまわず進みます。細胞による凹凸の好き嫌いを利用して、細胞の選別やがんの診断に使えないかと考えています」。細胞が凹凸を認識し動きを変えるメカニズムの解明も進めている。それが分かれば、特定の細胞を選別するための凹凸を設計できるだろう。実用化を目指した企業との共同研究も行っており、3月には日本再生医療学会で研究成果を発表する。

2014年、指導的女性研究者の育成を目指した「資生堂 女性研究者サイエンスグラント」に選定された。三好研究員は、研究チームに在籍している大学院生の指導で心掛けていることがある。「何が駄目なのかは自分で分かるのですが、何が面白いのかは分からないものです。私もそうでした。だから、面白いことに気付くきっかけとなる言葉を掛けるようにしています。言ってから、これは私が先生から掛けてもらった言葉だったと思うことも多いですね」

「今後は、視野を広げて生物と環境の調和を研究テーマにしていきたい」と三好研究員。顕微鏡を欲しがった少女が、顕微鏡を使って研究をしている。「幸せですよね。研究の道に導いてくれた夫と、研究の道を歩むことを理解し応援してくださるすべての皆さんに感謝しないといけませんね」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『RIKEN NEWS』2015年3月号より転載

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