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2015年7月6日

生物無機化学の新展開を探る研究者

私たちは、鉄や銅、亜鉛などの金属を摂取しなければ生きていけない。ヒトの体は、約10万種類のタンパク質から成るが、その3割が鉄などの金属を含む。その多くは酵素として働くもので、アミノ酸だけから成るタンパク質では難しい化学反応を促進し、生命活動を維持しているのだ。當舎武彦 専任研究員(以下、研究員)は、金属を含むタンパク質の働きを調べる「生物無機化学」の研究を進めてきた。そして今、新しい研究のターゲットを探り、生物無機化学を次の発展期に導こうとしている。

當舎武彦

當舎武彦 専任研究員

放射光科学総合研究センター 城生体金属科学研究室

1975年、兵庫県生まれ。博士(工学)。京都大学大学院工学研究科分子工学専攻博士後期課程単位認定退学。自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター 研究員、米国Children’s Hospital Oakland Research Instituteにて学振研究員などを経て、2009年、理研 放射光科学総合研究センター 特別研究員。2012年より現職。

複数の金属を含むタンパク質(酵素)により反応が連続的に進む脱窒の過程のイメージ図 図 複数の金属を含むタンパク質(酵素)により反応が連続的に進む脱窒の過程

高校生のときは数学や物理が好きだったという當舎研究員は、京都大学工学部工業化学科へ進学。「実は、入ってから化学がとても魅力的な分野であることを知りました。特に興味を持ったのは有機合成です。しかしその授業の実験で、クラス50人の中で課題の合成ができなかったのが2人だけいて、その1人が私でした(笑)。有機合成は向いていないと諦めました」

大学院に進学した當舎研究員は、生物無機化学の研究室へ。「そこでは、分光やX線結晶構造解析などの物理化学的な手法により、主に鉄を含むタンパク質の構造と機能を探り、化学の言葉で生命現象を説明することを目指していました。構造が分かれば、タンパク質の中のどこのアミノ酸が機能に重要なのかが分かってきます。私は、そのアミノ酸を別のものに換えると機能がどう変わるのか調べる実験を進めました」

学位取得後、米国留学を経て、2009年に理研の城生体金属科学研究室へ。「大学の研究室の大先輩でもある城宜嗣(しろ よしのぶ)主任研究員が、緑膿(りょくのう)菌というバクテリアが持つ、鉄を含む一酸化窒素還元酵素(NOR)の構造解析を、2003年から進めていました。私はその解析の最終段階に加わり、2010年に論文が発表されました」

緑膿菌は、酸素が少ない環境では、硝酸(NO3-)を窒素分子(N2)まで段階的に還元する脱窒(だっちつ)により嫌気呼吸を行い、生命活動に必要なエネルギーを生み出している(図)。ただし、その過程で毒性が高い一酸化窒素(NO)が発生する。當舎研究員たちは2013年、NOをつくる亜硝酸還元酵素(NiR)と、NOを無害な亜酸化窒素(N2O)に還元するNORが結合した複合体の構造解析に成功した。「NiRとNORが複合体をつくることで、NOをすぐに受け渡して無害化していると考えられます」

「NORのような金属を含むタンパク質がどのように低分子(酸素分子など)に作用して、生命活動に必要な化学反応を進めているのかが明らかになってきました。そこでは、日本の研究者が大きな貢献を果たしてきました。しかし最近、生物無機化学は停滞期で、この分野の若手に元気がない、と言われます。私自身も今、次の研究ターゲットを模索しているところですが、生物無機化学にはまだ、やるべきことがたくさんあります。その一つが、生体内で反応を観測して分析することです」と當舎研究員。

「例えば、私たちはNiRとNORを緑膿菌から別々に取り出して複合体となったものを構造解析しました。生体内でも、少なくともある瞬間にはNiRとNORが結合して複合体をつくっていることは間違いありません。では緑膿菌の生体内で、NiRとNORは常に結合しているのか、結合したり離れたりを繰り返しているのか、それを観察する実験の準備を進めています。これまでの生物無機化学では主に、生体から金属を含むタンパク質を1個ずつ取り出し、単独での機能に注目して研究を進めてきました。しかし生体内では、脱窒のように複数のタンパク質が相互作用して化学反応を連続的に進め、エネルギーや有用物質を効率よく生み出しています。その反応過程の仕組みを化学的に解明して、人工的にタンパク質を改変したり反応過程を改良したりすることで、生体内よりもさらに効率よくエネルギーや有用物質を生み出したいと思います」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『RIKEN NEWS』2015年7月号より転載

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