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2015年10月5日

物体認識を担うモザイク画構造を発見した研究者

私たちは、サルとヒトの顔を区別し、また表情のわずかな変化に気付くことができる。一方で、細かい差違にとらわれず、顔という同じカテゴリーの物体であると認識することもできる。なぜ、こうした相反する物体認識が可能なのか。脳科学総合研究センター(BSI)脳統合機能研究チームの佐藤多加之 研究員は、そのメカニズムの解明に挑んでいる。そして2013年、高次視覚野では、物体の細かい図形特徴に反応する神経細胞から成る小さな“コラム”が集まって、物体のカテゴリー別に反応する大きな領域“ドメイン”をつくっていることを発見(図)。その構造が、さまざまな色の小さいパーツが集まって一つの絵になっているモザイク画に似ていることから、“モザイク画構造”と名付けた。モザイク画構造は、高次視覚野以外にも存在する可能性がある。「専門の研究も楽しいですが、分野を超えていろいろな研究者と議論するのが大好き」。そう語る佐藤研究員の素顔に迫る。
佐藤多加之

佐藤多加之 研究員

脳科学総合研究センター 脳統合機能研究チーム

1975年、神奈川県生まれ。博士(神経科学)。筑波大学第二学群生物学類卒業。同大学大学院修士課程医科学研究科修了。同博士課程医学研究科単位取得退学。2004年よりBSI脳統合機能研究チーム リサーチアソシエイト。テクニカルスタッフを経て、2014年より現職。
高次視覚野におけるモザイク画構造の模式図

図 高次視覚野におけるモザイク画構造の模式図

顔の細かい図形特徴である目や鼻に反応するコラムが集まり、顔という大きなカテゴリーに反応するドメインをつくっている。

「小学生のころは、鉄道の時刻表と地図を眺めて仮想旅行にふけっていました。年に数回、乗り継ぎの計画を練って弟と遠出するのが楽しみでした」と佐藤研究員。今でも、旅行では行きと帰りで経路を変えたり、青春18きっぷで普通列車の旅を楽しんだりする。中学生になると、シンセサイザーでの曲づくりや演奏に没頭した。「今もピアノを弾きます。楽譜を分析し、その音を指でどう表現しようかと考えるのが面白い」 生物学や動物行動学に興味があり、筑波大学に進学。神経科学の研究室で学んだ。「博士課程に進むとき、筑波大学以外の世界も知りたいと思い、何のつてもないままBSIのいくつかの研究チームに問い合わせました。受け入れてくれたのが、脳統合機能研究チームの谷藤 学チームリーダーでした」

高次視覚野における物体認識のメカニズム解明に取り組んできた。「高次視覚野は分かっていないことばかり」と佐藤研究員。その一つがコラムとドメインの配置だ。コラムは直径0.5mm、ドメインは直径5mmと大きさが10倍も違うことから同時に観察することが難しく、別々の領域にあるのか同じ領域にあるのか分からないままだった。そうした中、佐藤研究員は、マカクザルに104種類の物体の画像を見せ、そのときの神経細胞の電気的な活動を、高次視覚野の39ヶ所から記録した。その結果、コラムとドメインの二つの機能構造があることを確かめ、さらにそれらがモザイク画構造になっていることを突き止めたのだ。「実は光学測定を用いた別の実験を予定していたのですが、急きょ中止に。代わりに、広範囲にたくさんの電極を刺して神経活動を記録してみようということになったのです。けがの功名ですね」。高次視覚野がある側頭葉の表面から多くの場所に電極を刺すのは非常に難しく、高い実験手技がなければ不可能だ。

「今回の成果は、コラムとドメインという二つの大発見の間に残っていた空白を塗りつぶしたようなもの。脳を理解するには、大発見だけでなく、そういう地味な発見も不可欠です。性格的にも、空白があると塗りつぶしたくなるんですよ」。佐藤研究員は、この論文とコラム内の神経細胞の活動を調べた2009年の論文によって博士号を取得。「38歳でしたから、研究者としてはだいぶ遅いですね」

「コラムやドメインが生まれつきあるのか、学習によってつくられるのかに興味がある」と佐藤研究員。マカクザルに新しいカテゴリーの物体を見せ続けたとき、新しいコラムやドメインがつくられるかどうかを調べる実験を計画している。

最近注目しているのが、神経美学だ。美は、心理学や哲学として研究されてきたが、それを神経の活動から明らかにしようという新しい学問領域である。「ヒト以外の動物も美あるいはその起源となるものを感じると考えています。ヒトの神経細胞の活動を直接計測するのは難しいことから、サルを用いて研究ができれば神経美学は大きく進むでしょう。その実験方法を模索中です」

「システマチックで無駄のない動きが好き。服を着るときや体を洗うときも、一番効率的な順番を考えます」と笑う。それは実験手技にも生きる。モザイク画構造発見の背景には、こうした性格もあったのだ。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2015年10月号より転載