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2016年7月5日

ヒトと腸内細菌の脂質代謝物を介した対話を読み解く研究者

近年、腸内細菌や脂質と健康の関係が注目されている。脂質は体内でさまざまな脂質代謝物へと変化していく。理研 統合生命医科学研究センター メタボローム研究チームの池田和貴 上級研究員(以下、研究員)は、質量分析計で脂質代謝物を調べる研究を進めてきた。「体内には、ヒトだけでなく腸内細菌がつくり出した脂質代謝物もたくさんあることが分かってきました。ヒトと腸内細菌は、脂質代謝物などをやりとりしながら共生していると考えられます(図)。腸内細菌のバランスが崩れると脂質代謝物のパターンが変化し、それが体に悪影響を及ぼして病気が発症する可能性があります。私たちはヒトと腸内細菌がつくる脂質代謝物を網羅的に測定するシステムを開発して、脂質代謝物と病気との関係を探る研究を進めています」「地元の泉州(大阪府南西部)で、やんちゃな人、面白い人をたくさん見て育ちました」と語る池田研究員の素顔に迫る。
池田和貴

池田和貴 上級研究員

統合生命医科学研究センター メタボローム研究チーム

1976年、大阪府生まれ。薬学博士。名古屋市立大学大学院薬学研究科博士前期課程修了。東京大学大学院医学系研究科メタボローム講座特任助教、慶應義塾大学先端生命科学研究所特任助教などを経て、2014年より現職。
ヒトと腸内細菌の脂質代謝物を介した相互作用のイメージ図

図 ヒトと腸内細菌の脂質代謝物を介した相互作用のイメージ

「子どものころ、“ローラースケートを履いてサッカーをやると面白いのでは?”などと遊びのアイデアを出すのはいつも私でした。型にはまった生活が苦手で、将来は会社員ではなく、身に付けた技術を頼りに生きていきたいと思っていました」

名古屋市立大学薬学部に入学。「アルバイト漬けだったので、再試験の常習者でした。研究室に入るとき、人気のあった教授の面接を受けましたが、研究内容を把握していなかったので、何を研究したいか問われても答えられませんでした。“では、田口 良 准教授(脂質のメタボローム研究のパイオニアで、後の大恩師)のところへ行ってみなさい”と言われ、それはまずいと思いました。田口先生の学部講義の試験問題は解きやすいことで有名でしたが、私はその試験にも落ちて、呼び出された経験があったからです。でも幸いなことに、田口先生は私のことを忘れていました(笑)」

池田研究員は、田口研究室で質量分析計を用いて脂質代謝物を調べる研究に取り組み始めた。「脂質代謝物の研究は従来、ヒト側が持っているものが中心でした。しかしヒトの体内には、腸内細菌がつくったと考えられる未知の脂質代謝物もたくさんあることが、最近分かってきました」

試料の中に、想定した既知の脂質代謝物がどれくらい含まれているかを調べることを、“ターゲット解析”と呼ぶ。池田研究員は学位を取得後、慶應義塾大学先端生命科学研究所において、未知のものを含むあらゆる脂質代謝物を網羅的に調べる“ノンターゲット解析”に取り組み始めた。「質量分析計でそれぞれの脂質代謝物の質量を精密に測って量を調べるとともに、たくさんのパーツに壊して、そのデータから脂質代謝物がどのような構造かを特定します。当時、膨大なデータの分析を技術員の人たちに手作業で進めてもらいました。すると、“技術員の人たちが、仕事がきついと毎日愚痴をこぼしているわよ”と忠告してくれる女性がいました。ちなみに、それが今の妻です(笑)。技術員の人たちが一生懸命に取りためた分析結果をデータベース化し、脂質代謝物を自動的に間違いなく特定できる高精度なソフトウエアを早くつくらなければと思いました」

池田研究員は2014年、理研のメタボローム研究チーム(有田 誠チームリーダー)へ。「ノンターゲット解析用ソフトウエアの開発とともに、ふん便などに含まれる脂質代謝物を網羅的に解析する研究に本格的に取り組み始めました。さらに、さまざまな病気において、腸内細菌と脂質代謝物のバランスの変化がどのように関わるのかを調べています」

「質量分析の仕事を好きだと思ったことはありません。特定できていないものがたくさんあるので、何とかしないと駄目だと、いろいろなアイデアを試しながら意地になって続けてきました。未知のものも測定するノンターゲット解析用の質量分析計は誰もが扱える機器ではありませんが、既知のものを測定するターゲット解析用は比較的扱いやすいものです。私たちがノンターゲット解析を進めて既知のものを増やすことで、さまざまな試料をターゲット解析用で測定できるようになります。ノンターゲット解析による最新研究に基づき、この試料はこういう手順で測定することができるといった情報をオンラインで病院や研究所に提供して、病気の早期発見や治療に役立ててもらうことを目指します」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2016年7月号より転載