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2016年8月5日

神経回路をひもとく透明化試薬を開発する研究者

3次元的に複雑に配線された嗅覚(きゅうかく)の微細な神経回路を、本来のままの姿で、詳細に深くまで見たい。しかも簡単に。それを実現するため透明化試薬の開発に取り組んでいる研究者が多細胞システム形成研究センター(CDB)にいる。感覚神経回路形成研究チームの柯孟岑(カ・モウシン)国際特別研究員(以下、研究員)だ。柯研究員は、今井 猛チームリーダー(TL)と共に2013年、分厚い生体試料でも微細構造を壊さず簡単に透明化できる新しい試薬「SeeDB(シーディービー)」を開発。さらに2016年3月には、神経細胞と神経細胞が接続するシナプスの超微細構造までも詳細に観察できる透明化試薬「SeeDB2」を開発した(図)。台湾から日本に来て5年。落ち着いた性格の一方で、日本のあるロックバンドの大ファンだという柯研究員。その素顔に迫る。

柯 孟岑

柯 孟岑 国際特別研究員

多細胞システム形成研究センター 感覚神経回路形成研究チーム

1986年、台湾・台南市生まれ。博士(理学)。台湾国立中央大学理学部生命科学科卒業。同大学大学院生命科学研究科修士課程修了。京都大学大学院生命科学研究科高次生命科学専攻博士後期課程修了。2014年より現職。

マウス脳の神経回路の大規模超解像イメージング図 図 マウス脳の神経回路の大規模超解像イメージング
深さ100μmまでの超解像の蛍光画像を取得し、3次元に再構成した。1μm以下と非常に小さいシナプス1個1個の微細構造まで分かる。

柯研究員は台湾の台南市出身だ。「畑が広がる、のどかな田舎で育ちました。外で遊ぶより家で本を読んでいる方が好きで、小説以外のさまざまなジャンルの本を読んでいました」。中学生のころにはすでに、大学院まで進んで博士号を取ると決めていたという。「器用ではなく、運動も苦手だったので、頭で勝負するしかないと思って」と笑う。クローンヒツジのドリー誕生がきっかけで生命科学に興味を持ち、台湾国立中央大学理学部生命科学科へ。大学院では、神経疾患に関連するといわれているアミノアシルtRNA合成酵素の機能について酵母を用いて研究した。

一度は台湾を出て研究をしたいと思い、留学先を探していた柯研究員。嗅覚神経回路の配線メカニズムの解明を掲げる、今井TLが客員准教授を務める京都大学の研究室に惹かれた。2010年、大学院の入学試験を受けるため初めて日本へ。「入試では、どうして日本語が話せるの!?と驚かれました」。いつ修得したのだろうか。「子どものころから日本のテレビアニメを見て、独学で覚えました。身近には日本語を話す人がいなかったので、日本語で会話したのは大学院の入試が初めて。緊張しました」

京都大学大学院博士課程に合格し、2011年4月から連携先であるCDBで研究することに。「神経回路を深部まで観察するために透明化したかったのですが、既存の試薬を使うと組織が膨張したり収縮したりしてしまいました。そこで、微細構造を壊さずに簡単に透明化できる試薬を自分たちでつくろう、となったのです」。透明化するには、試料中の水を屈折率の高い試薬に置き換えて光の散乱を減少させる必要がある。そこで、屈折率が高く、試料を傷付けない水溶性の物質を探索した。行き着いたのが、フルクトース(果糖)だった。試してみた柯研究員は、「こんなに簡単に透明化ができるんだ!」と感動したという。従来の試薬は透明化に2週間かかったり、電流を流し続ける必要があったりしたが、この試薬は3日間漬けておくだけでいいのだ。脳の深部まで見ることができることから「See Deep Brain」を略して「SeeDB(シーディービー)」と、今井TLが名付けた。「C D B(シーディービー)発らしい、いい名前だと思いますよ」。身近なフルクトースで透明化できるという意外性とその性能の高さから、SeeDBは大きな注目を集めた。

博士課程を修了し、2014年からは理研国際特別研究員に。SeeDBの開発で理研研究奨励賞を受賞した。そして、2016年にはSeeDB2を開発。「光の回折限界の200nmより細かい物を観察できる超解像顕微鏡が普及してきましたが、レンズと透明化試薬の屈折率が違うため像がぼけてしまい、せっかくの性能を活かせずにいました。そこで、レンズと同じ屈折率にできる物質を探し、イオヘキソールを見つけました」。イオヘキソールはCT検査などの造影剤として使われ、毒性はない。浸透性が低かったが、サポニンという弱い界面活性剤を少量添加することで解決した。「深部にあるシナプスの3次元的な超微細構造まで詳細に観察できるようになり、見える世界が大きく変わりました」

透明化試薬の開発は世界中で盛んだ。「技術開発を専門とするグループも多い中、私たちの専門はあくまでも神経科学です。実際に試薬を使う研究者が議論してアイデアを出しながら開発することで、研究者のニーズに合った使いやすいものができると考えています」と柯研究員。高性能の透明化試薬を武器に、嗅覚神経回路の配線メカニズムの解明を目指す。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『RIKEN NEWS』2016年8月号より転載

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