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2017年5月8日

iPS細胞で精神疾患の克服に挑む研究者

精神疾患の患者さんの脳の中で何が起きているのか、それを直接調べることはこれまで難しかった。患者さん由来のiPS細胞(人工多能性幹細胞)から脳の細胞をつくり、統合失調症の病因解明を進めている研究者がいる。脳科学総合研究センター(BSI)分子精神科学研究チーム(吉川武男チームリーダー)の豊島 学 研究員だ。「手を動かすことが好きで、実験は面白い」と語る豊島研究員の素顔に迫る。
豊島 学

豊島 学 研究員

脳科学総合研究センター 分子精神科学研究チーム

1981年、秋田県生まれ。博士(工学)。長岡技術科学大学大学院工学研究科生物統合工学専攻博士後期課程修了。2010年、理研脳科学総合研究センター分子精神科学研究チーム 研究員。同チーム 基礎科学特別研究員を経て、2015年より再び同チーム 研究員。
22番染色体長腕11.2領域の欠失による脳細胞の分化異常のイメージ図

図 22番染色体長腕11.2領域の欠失による脳細胞の分化異常

この欠失を持つ患者さん由来のニューロスフィアは健常者に比べて約30%小さくなった。また、特定のマイクロRNAの発現量が低下、p38αの発現量が上昇して、アストロサイトに分化する割合が増え、神経細胞の割合が減った。さらにその神経細胞の突起は通常より短く、細胞の移動能が低くなった。

「秋田工業高等専門学校に進学したのは、中学生のときの体験入学で設備がそろっている実験室を見て、ここで早く専門的な実験をしてみたいと思ったからです」。豊島研究員は、さらに長岡技術科学大学に進み、聴覚系の神経回路の仕組みを調べている研究室に入った。「学部4年生の10月から翌年2月にかけて、BSI分子精神科学研究チームでインターンシップとして最先端の研究を体験しました。『絶対、研究者になりたい!』と思ったのは、そのときです」

2010年、分子精神科学研究チームの研究員に。「iPS細胞を使った研究を始めることになりました。当時、BSIにはiPS細胞を扱っている人がいなかったので、慶應義塾大学の岡野栄之(ひでゆき)教授の研究室に通い技術を学びました」

分子精神科学研究チームの主な研究テーマは統合失調症だ。それは人口の約1%が発症する精神疾患だが、いまだに病因解明が十分に進んでいない。「病気のモデルマウスを使った研究や、患者さんの死後脳の分析が行われてきましたが、患者さんの生きた脳の中で何が起きているのか直接調べることができませんでした。これが病因解明を難しくしています。iPS細胞の技術を使えば、患者さん由来の脳の細胞をつくり、詳しく調べることができます」

22番染色体の長腕11.2という領域の一部が欠失していると、統合失調症の発症率が大きく上昇することが知られている。豊島研究員たちは、そのタイプの統合失調症の患者さんから皮膚細胞を提供してもらい、iPS細胞を作製。そこから神経幹細胞と神経前駆細胞の塊「ニューロスフィア」をつくり、さらに脳の細胞に分化させた。

「脳の細胞には神経細胞とグリア細胞があります。患者さん由来のニューロスフィアを分化させると、健常者に比べて神経細胞の割合が10%ほど低く、アストロサイト(グリア細胞の一種)の割合が10%ほど高くなりました。ニューロスフィアを調べてみると、炎症やストレスに反応するp38αタンパク質の発現量が上昇していることが分かりました」(図)

脳の形成期における神経細胞とグリア細胞の割合の異常が、統合失調症が発症する基盤となっている可能性がある。「患者さん由来のニューロスフィアにp38α阻害剤を加えて分化させると、神経細胞とアストロサイトの割合の異常が改善しました。現在の統合失調症の薬の多くは、神経伝達物質をターゲットにしたものです。p38αは薬や診断マーカーの新しいターゲットになる可能性があります」

統合失調症に関わる遺伝子は100種類以上あると報告されている。「問診により統合失調症と診断された患者さんたちは、病因によっていくつかのタイプに分かれると考えられます。統合失調症の多くは10代後半以降に発症するので、発症前にどのタイプか診断マーカーで調べ、タイプごとの予防薬で発症を防ぐことができるかもしれません。私たちはそれを目指して、iPS細胞やゲノム編集の技術を駆使した研究を進めています」

ネコ1匹と暮らす豊島研究員。「休日には、マカロンやシフォンケーキなどお菓子づくりにいそしんでいます。うまくできるとうれしいですね。成功や失敗の原因を分析してノートに付けています」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2017年4月号より転載