RIKEN ECO HILIGHT 2008

三成剛生

自然の力を“味方”に、環境に負荷をかけない有機分子の結晶成長方法を発案

理化学研究所基礎科学特別研究員 三成剛生

 薄さ、軽さ、柔らかさを備える、有機半導体を用いた次世代電子素子(デバイス)は、ディスプレイや照明、物流システムで利用されるICタグなどの小型の回路を実現する技術として、注目されています。そのひとつ、電界効果トランジスタ(FET)を効率よく生産する方法を研究しているのが、三成剛生理化学研究所基礎科学特別研究員(2009年4月より、独立行政法人 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 MANA研究者)です。
 エコロジカルで安価な印刷法(表面選択塗布法)を使えば、設備投資や材料費だけでなく、環境負荷も大幅に抑えることができるようになります。

有機半導体の結晶を基板上に
いかに高品質に堆積させるか

 携帯電話のディスプレイなどへの用途を広げているのが、有機半導体。半導体とは、金属など電気をよく通す導体と、通さない絶縁体の中間的な性質をもった物質です。電子デバイスに使われる半導体は、シリコンなどの無機材料が主流でしたが、炭素などを含む有機材料を使った半導体が、冒頭のディスプレイのように脚光を浴びるようになってきました。有機半導体は、無機半導体では困難だった低コスト、低環境負荷での作製方法(プロセス)の実現が可能であることや、素材を曲げられるなどの柔軟性を備えるといった特徴が、注目されているのです。
 しかし、有機半導体デバイスの作製法には、課題もありました。三成研究員は次のように説明します。
 「一般に、有機半導体デバイスの回路は、材料を多結晶性の薄膜にして、基板に堆積させることで作製します。回路に電圧をかけた時のレスポンスや安定性といった特性は、その結晶の品質に大きく左右されます。結晶の原料をガス状にして堆積していく蒸着法を例にとると、蒸着条件をきめ細かくコントロールしながら、結晶の層を作っていきます。ただ、蒸着法の場合、真空中での蒸着を行うための大型の設備を前もって準備する必要があること。また不良の発生率を抑える安定した結晶成長制御法が十分に確立されていないなどの課題があり、量産化は容易ではありませんでした。
 他方、材料が含まれた溶液を基板に塗り、溶液を蒸発させつつ材料を結晶化する塗布法では、スピンコート法(基板を回転させながら溶液を載せ、その遠心力で薄膜を形成する方法)やキャスト法(基板に溶液を滴下し、そのまま乾燥させる方法)、インクジェット法(インクジェットプリンタのように溶液を微小な液滴として塗布する方法)がありましたが、いずれも結晶成長の制御が非常に困難であり、作製効率(スループット)が低いという欠点がありました」。

溶液が移動する自然現象を活用した
「表面選択塗布法」を開発

表面選択塗布法による有機結晶の形成
表面選択塗布法による有機結晶の形成

 既存の塗布法に対し、三成研究員らが、大日本印刷と共同開発した、有機FETを実現する表面選択塗布法は、極めてシンプルな方法です。
 表面選択塗布法は、基板表面の濡れ性をパターンすることで、後で塗布する有機半導体の領域選択的な結晶成長を促す方法です。プラスチックなどの基板上に、溶液をはじく性質を備えた官能基を有する単分子層を全面に塗布形成します。その後、電子デバイスを形作る有機結晶を、成長させたい領域だけに、VUV(真空紫外線)を照射します。電流が流れる回路を作るため結晶化させたくない部分については、覆い(メタルマスクなど)をかけ、VUVが当たらないようにします。そうすると、溶液をはじく性質を持つ単分子層のうち、VUVが照射された部分だけが除去されます。さらに溶液と親和性のある表面修飾分子を反応させると、VUVを照射して前の単分子層を除去した領域にのみ、別の性質を持つ単分子層が形成されます。このようにして作製した表面分子の機能性パターンを分子テンプレートといいます。
 「この分子テンプレート上に、有機半導体材料を含む溶液を塗布すると、表面パターン上の官能基の違いによって、溶液をはじかない単分子膜の領域に、自然に溶液が移動し、蒸発して材料が結晶化しはじめます。これを有機分子の自己組織化といいますが、この性質を利用するところが、表面選択塗布法のポイントです」。
 三成研究員が着目した、この有機分子の自己組織化という不思議な性質。詳しく教えてもらいました。
 「有機分子は、それぞれの分子の骨格の特徴や電子状態によって、さまざまな異なる性質を示します。そのため、溶液中の分子、それをはじく性質を持つ表面官能基、持たない表面官能基の三者の間には、反発力や親和力といった相互作用が発生します。それらを駆動力として、狙った場所に半導体の結晶を成長させるのが表面選択塗布法。自然の摂理に逆らわない方法なので、消費エネルギーも少なくすみます」。
 この方法が持ち味を発揮するのは、数μm以下の精度が求められる複雑な電子回路です。ディスプレイや太陽光パネル、照明パネルといった、簡単な回路を複数並べる用途のみならず、従来の塗布法では困難だった複雑な集積回路も、簡単に作製できるようになります。

有機半導体材料を効率的に使い、
作製のためのエネルギー消費も抑制

 「表面選択塗布法」は、有機分子同士の相互作用によって分子を所定の位置に集積し、デバイスを自発的に形成するボトムアップの手法です。対して従来は、半導体の層を最初にいくつも積み重ねた後、リソグラフィーなどで不要な部分を除去して回路を形成するという手法(トップダウンの手法)が主流でした。製造法の変革により、従来は実現できなかったことが可能になります。それは大きく、次の3点です。

1. 大面積、ハイスループットの素子作製
 一度にたくさんの電子デバイスを作製できる、つまり量産に向いたプロセスということです。基材に柔軟性があれば、ロール状に巻いた基材を順次送り出し、溶液を塗布、素子を結晶化させた後に、別のローラーで巻き取って、そのまま検品、出荷などの次工程に送り出せる。印刷と同様の手法で素子を作製することも、決して夢ではありません。

2. 有機半導体材料の有効活用
 必要な部分にのみ選択的に結晶を成長させ、不要部分を除去する工程がないため、有機半導体溶液などの材料を無駄なく使うことができます。これは、貴重な資源の節約につながり、また、作製によって生まれる廃材や廃液をできる限り抑制するという点で、環境にかける負荷を低減できます。
 先述した分子テンプレートが作製できる表面であれば、基材の種類も選びません。プラスチック基板やポリマー絶縁層を基材として用いることで、薄く、軽く、曲げられる、といった特徴を備えた次世代電子デバイスを実現できます。表面にタッチして注文する電子カタログやメニューパネルなどの用途が考えられます。

3. 装置・設備負担の低減
 UV照射装置というシンプルな設備環境で、薄膜のパターンを作ることができます。従来のパターンニングでは、真空蒸着装置や、インクジェットといった大掛かりな設備を要するのが難点と言われていました。それに対し、表面選択塗布法では紫外線照射と溶液を塗布する装置さえあればほぼ事足ります。エネルギー消費を劇的に抑える、環境に優しい技術だと言えます。

 「デバイスの品質向上に関するハードルは、まだたくさんあります。いま、それらを解決するアイデアを色々と試しているところです。もっとも、現状で、分子の相互作用を利用した自己組織化によるエレクトロニクスの構築や、さらに低エネルギー消費の分子エレクトロニクスへと発展できそうだという見通しは立ってきました」。(三成研究員)
 現時点で有機電子デバイスの半導体層だけでなく、電極、配線を含むすべてのコンポーネント(構成要素)を、表面選択塗布法を用いて自己形成できる段階に到達しています。この技術を用いた製品が市場に出回る日も、そう遠くではありません。