RIKEN ECO HILIGHT

用途が広がるチタン酸化物の知られざる性質をX線で解明

放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 量子秩序研究グループ 励起秩序研究チーム 田口 宗孝 研究員

放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 量子秩序研究グループ 励起秩序研究チーム 田口 宗孝 研究員

軽くて丈夫なチタン(Ti)と酸素(O)が結合したチタン酸化物。TiとOの組み合わせ方次第で色々な性質を発揮することから、多様なニーズを満たす新素材として脚光を浴びています。例えば、次世代燃料電池の開発に欠かせない素材とも言われています。
しかし、チタン酸化物がなぜこれほどバラエティに富んだ性質を有しているのか、その詳しい理由は分かっていませんでした。私たちがチタン酸化物を本格利用していくためには、まず、その“本性”についてしっかり見極めることが必要です。量子秩序研究グループ 励起秩序研究チームの田口宗孝研究員は、そうした研究に取り組み、知られざる実像を解明しました。

次世代燃料電池の材料として期待されるチタン酸化物

図1
図1 クリーンなエネルギー源として期待される燃料電池だが、性能向上のためには反応を媒介する触媒の性能向上がポイントになる。カーボンの代替品として、劣化しにくいTi4O7が注目されている。

 水素と酸素の化学反応から「電気」を生み出す燃料電池。副産物が、無害な「水」と再利用可能な「熱」という点も、この発電システムの長所に数えられています。しかし、自動車や家電製品の電源として、本格的な実用段階を迎えるには、いくつかの課題を克服する必要があります。

 課題の一つが、水素と酸素の結合を橋渡しする触媒の性能向上です図1。陽子(水素イオン)交換膜を用いる燃料電池の場合、金属触媒を支える担体(たんたい)には、炭素(C)を主原料とするカーボンが使われています。しかし、カーボンは、反応過程で次第に劣化し、働きが鈍くなる点が指摘されていました。そこでカーボンの代替物質として注目されているのが、チタン酸化物です。

 「チタン酸化物は、耐久性に優れる化学的に安定した物質です。さらに調べると、電気の伝えやすさ(電気伝導性)や面白い磁気的性質を持っていることが分かってきました」

 たとえば、チタン酸化物の一つ、二酸化チタン(TiO2)を電極とする水溶液中に、特定の波長の光を当てると、水を水素と酸素に分解する光触媒効果を発揮することが知られています。このTiO2は、1つのTiと2つのOが結合したものです。しかし、TiとOからなるチタン酸化物には、TiとOの比率が、1:2ではない種類の物質も数多く存在します。たとえば、TiとOの比率が、n:2n-1というチタン酸化物が知られています。

 「このタイプのチタン酸化物はTi3O5、Ti4O7、Ti5O9、Ti6O11……というように、無数の組み合わせが存在します。結晶の色はいずれもほぼ黒緑色ですが、それぞれの性質は一様ではありません。中でも私が興味をひかれたのが、温度を変えていくと様々な電気的、磁気的性質を示す、Ti4O7でした」

物質の性質を決める電子

 ある種の金属は温度をどんどん下げていくと、特定の温度でそれまでの電気伝導性や磁性が、がらりと変わってしまう状態変化を起こします。例えば、一定の温度で金属内部の電気抵抗がゼロになる超伝導は、状態変化の一種です。 「Ti4O7は高温相(約‐119℃以上)から中間相(約‐119℃~約‐133℃)、中間相から低温相(約‐133℃以下)で突然の状態変化を2回も起こします。突然の状態変化が一度ならず二度までも起きるのは、今日の物理学では説明がつかない前代未聞の現象です」

 Ti4O7は、カーボンの2.75倍も電気を流しやすい性質を備えていますが、温度を下げていくと約-119℃で、電気抵抗が数百倍に大きくなり、電気を通しにくくなります。そこからさらに温度を下げて約‐133℃に達すると2度目の状態変化を起こします。電気抵抗がさらに数百倍大きくなり、半導体としての性質を示します。磁性は、1度目の状態変化で急激に弱くなります。
 「チタン酸化物を構成するTiの研究が本格化したのが1950年代以降。数千年も前から人類が使いこなしている鉄や銅と比べると、比較的最近のことです。新素材を使いこなすには、未知の部分を解明し、しっかりとその“本性”を理解しておく必要があります。言いかえると、それらを把握すれば、分子構造や利用条件を積極的に制御して、地球環境に優しい、物質の様々な特性を安全に引き出すことが可能になります」

 物質の本性はどうやって調べるのでしょうか。
 「電気伝導性や磁性、反応の容易さといった主要な性質を決定するのは、電子です。通常、金属中の数ある電子は、原子核の周りを公転しながら、互いに反発したり、引き寄せあったりしています。さらに電子が自転することで磁力を生み出します。こうした電子が押し合いへしあいしながら、均衡を保っている。どのような勢力図かによって、物質を特徴づける性質が左右されます」

金属であるという証拠が見つかった「高温相」

 田口研究員が、Ti4O7の電子を調べるために使ったのが電磁波の一種、X線です。さまざまなエネルギーのX線を駆使して得られた結果をまとめ、2010年3月に発表した論文は、これまで知られていなかった、Ti4O7の素顔に迫るものでした(図2)

 まず、よく電気を通す高温相は、“電気伝導性の高い金属的な性質”を持っていたものの、「金属」であることを明確に示す物理的な証拠がみつかっていませんでした。そこでX線を当ててみました。X線を物質に照射するとその中の電子がそのエネルギーをもらい、勢い余って物質から飛び出してきます。これを光電子といいますが、この電子の個数やエネルギー分布を測定します。裏を返すと、ある物質にX線を当てた時に、ある特定のエネルギーを持った光電子がいくつ出るかを調べれば、その物質が金属であるかどうかの証拠となるのです。

 「私たちは理研播磨研究所の放射光施設SPring-8を使って、X線の中でも比較的エネルギーの低い軟X線を、高温相にあるTi4O7に照射しました。そして、金属であることを示す光電子を発見しました」

 Ti原子の一番外側にある電子が、Ti4O7の高温相を金属として特徴づけている飛び出した光電子であることを、世界で初めて発見した瞬間でした。

図2 原子レベルで明らかになったTi4O7の状態変化

図2-2 左:低温相 右:高温相

←図2-2
左:低温相  右:高温相

↑図2  原子レベルで明らかになったTi4O7の状態変化
Ti原子4つとO原子7つの組み合わせからなるTi4O7結晶構造のうち、Ti原子のみに注目した模式図。左側から低温相、中間相、高温相の各相におけるTi原子(八面体で表示)の配列の特徴を示している。各相の上にあるグラフは、各結晶に硬X線を照射したときに放出される電子の個数とエネルギー分布である。 低温相(左)では、Ti3+原子(緑)とTi4+原子(青)が4個ずつ規則正しく配列し、半導体としての性質を示す。中間相(中)では2種類のTi原子が複雑なパターンを取りながらも、何らかの秩序を保って並んでいる可能性が指摘されている。高温相(右)では、ほとんどすべてのTi原子(水色)がTi3+原子(緑)とTi4+原子の中間である3.5価のイオンとなって均一に配列し、金属としての性質を示す。

「中間相」で電気が流れる理由がついに解明

 次に田口研究員が注目したのが、Ti4O7の中間相の正体です。これまで中間相が電気を通す理由は大きく二つ考えられていました。一つは、温度に起因する状態変化によってTiやOといった原子の配列が不規則に乱れてしまうこと、つまり構造上の秩序が崩れることに原因があるものと推測されていました。また、移動する電子も秩序の乱れが邪魔をして活発さに欠けるのではないか、と考えられていました。

 もう一つの理論では、Ti4O7には、Ti原子の一番外側の軌道に位置する電子がまったくないTi4+という原子と、電子が1個だけ存在するTi3+という原子の2種類のTiが含まれており、中間相では、それら2種類のTi原子が、何らかの規則性を有したまとまりとなって配列しているから電気が流れる。つまり、全くランダムではなく、秩序だった構造をしていることが原因であるという立場の説です。

図3 X線の中でも比較的高いエネルギーを持つ硬X線を当てることで、物質内部の電子状態を調べる方法を開発した。まず、硬X線を使って、電子がつくる内部の均衡を壊す。硬X線のエネルギーを受けて飛び出した電子の抜けた空孔を埋め、バランスを取り戻そうと電子が動く。その時に放射される光を捉えて、物質内部における電子の分布状態を解析する。。
図3 X線の中でも比較的高いエネルギーを持つ硬X線を当てることで、物質内部の電子状態を調べる方法を開発した。まず、硬X線を使って、電子がつくる内部の均衡を壊す。硬X線のエネルギーを受けて飛び出した電子の抜けた空孔を埋め、バランスを取り戻そうと電子が動く。その時に放射される光を捉えて、物質内部における電子の分布状態を解析する。

 今まで、どちらが正しいのかについて、物理学者の間では意見が分かれていました。
 そして、田口研究員が硬X線という比較的高いエネルギーのX線を当てる方法(図3)。を考案し、実際に金属の内部を詳しく調べた結果、二つの説を巡る論争に決着が付きました。中間相では、Ti4+とTi3+という2種類のTiが、複雑なパターンを持って並んでいたのです(図2の中央)。  「つまり、後者の説が正しいことを私たちの実験結果は、はっきりと裏付けることになりました」。また、電気を運んでいるものの正体が、Ti原子の一番外側にある、活発に移動する電子だということも明らかになりました。

 「とはいえ、中間相では軟X線を使っても高温相のように、金属であることを示す明白な証拠は見つかりませんでした。中間相は半導体という見方もできます。しかし、半導体ほど電子がTi原子の中をスイスイと移動している様子はありません。電気を通す金属でも半導体でもない、“電子がネバネバしている”ような状態が初めて明らかになったのです」

新たな解析手法を組み合わせ、さらなる実像へ迫る

 物理学の常識を打ち破るような、Ti4O7の高温相と中間相の状態を、X線を駆使することで明らかにした田口研究員。まだ解明すべき点が多くあるといいます。
 「まずは中間相の2種類のTiが、どのような規則で秩序を保っているのか、研究者の間でも統一した見解が出ていません。それには、もっと詳しい情報を得ることが必要です」

 今後は、X線を当てて飛び出す電子を全部拾い上げる手法だけでなく、特定方向のみに出てくる電子を調べるアプローチを加える予定です。

 もう一つが、より強力なX線、すなわち播磨研究所で完成し、来年度より供用を開始するX線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA(サクラ)の光を使う手法です。
 「写真の連続撮影にたとえると従来は、シャッターを切ってから、次のシャッターを切るまでの間隔が長かったのです。すると途中で何らかの状態変化が起きていても見過ごしてしまいます。中間相で何が起きているのかを正確に探るため、フェムト秒(1000兆分の1秒)という、ごくごく短い時間でパルスを発するXFELを使い、ほぼリアルタイムに実像をとらえたいですね」

 Ti4O7について、まだまだ驚くべき新事実が出てくるのでしょうか。
 「それは分かりません。結論を出すには、他のチタン酸化物、Ti以外の化合物の電子についても電子の状態を調べ、比較検討する必要があります。ただ、今回の発見をきっかけに、物質の性質決定や状態変化に深く関わる電子の振る舞いや性質について、これまでとは異なる理解が必要になってきたと感じています。Ti4O7をはじめとするチタン酸化物の素性がいっそう明らかになることで、次世代燃料電池などの進展にもつながっていくでしょうし、より大きく言えば、物理学そのものが新たな扉を開くことになるかもしれません」

 

中道範人(Norihito Nakamichi)

田口宗孝(Munetaka Taguchi)

埼玉県出身。東京大学大学院卒業。理学博士。卒業後、ストラスブール物性物理化学研究所、ミラノ工科大学、アブダスサラム国際理論物理学センター、ダズベリー研究所で博士研究員、理化学研究所 基礎科学特別研究員を経て現職に至る。