この記事は、「バイオバンク通信」2008年第4号に掲載されたものです。
オーダーメイド医療実現化プロジェクト/バイオバンクJAPAN URL:http://biobankjp.org/

「患者さんの現実からはじまる研究です」

バイオバンクに関わる研究者に聞く―池川志郎さん

理化学研究所生命医科学研究センター骨関節疾患研究チームのチームリーダー、池川志郎さんに、研究をはじめられた経緯と研究の状況について聞きました。

池川さんの研究室では、どんな研究をなさっているんですか?

 骨と関節に関する様々な病気と遺伝子との関係を研究しています。骨と関節の病気は世界的に見ても重要です。理由はまず、患者さんの数がとても多いこと。それから、年齢とともに患者数が増加する病気が多く、社会の高齢化に伴って患者数が増えていること。現在、世界保健機構(WHO)は、骨と関節の10年というキャンペーンを行っています。

池川さんのバイオバンクでの研究対象は骨粗しょう症だ。骨粗しょう症とは、簡単に言うと骨の量が減る病気である。日本だけでも約1,000万人の患者さんがいる。

ところで、池川さんは整形外科医として働いてこられたんですよね。そもそも、どうして整形外科医になられたんですか?

 よくあるコースです。スポーツから整形外科医。小学校は野球、中3からラグビーに転じて、高校はラグビー一色。大学は「ラグビー部」を卒業したようなもの。ほとんど学校にいかなかった。興味があったのは、ボールを追いかけること。それから女の子。(笑) 整形外科医になってからは、計13年間、ひたすら目の前の患者さんを見る生活でした。年に100件以上執刀医をやった年も。研究には全然興味ありませんでした。

それがなぜ今研究を?

 遠い誘因は、医者になって3年目、静岡の子ども病院に赴任したこと。子ども病院だから先天異常、遺伝病のお子さんが多い。そこで1年働いて、大学病院に戻ると骨関節の先天異常の専門外来を担当しました。ここで働いている間、常にジレンマを感じていました。日本中から、自分を頼って多くの患者さんがきてくれるのに、あまりいい治療がない。原因、病態もよくわからない。もっと、きちんと解決する方法はないのか……ずっと考えていました。  そんな時、あまり大きな声では言えませんが、ラグビーの試合のついでに行った学会で、たまたま中村祐輔プロジェクトリーダーの講演を聴く機会があった。遺伝子をつきとめて遺伝子から治す、という明快なメッセージでした。スポーツ馬鹿で単純だから、それを聴いて納得しちゃった。そうだよな。大元の原因は遺伝子なんだから、まず原因を見つければいいんだと。37歳の時です。人生を変えた講演でした。迫力があった。(笑)

そして、翌年8月には中村研究室の研究生になった。

研究者になっていかがでしたか?

 中村先生には最初、2年間でないと受け入れないと言われたのですが、医局は1年以上はだめという。人の倍やるからということで、特例で1年にしてもらった。基礎研究者なんて、ふらっとお昼にきてふらっと帰る、土日はろくに仕事しない気ままな連中と思ってたんで、まあ楽勝と思ってた。外科医は48時間でも寝ずに働くし。それが初日、研究室を案内されて、がーんとなりました。実験の機械、みんなで順番に使うんですが、予約表は土日も夜中までびっしり。最初の1ヶ月は、朝病院に行って仕事をしてから研究室に行って、夜の9時に病院に戻って、1時まで仕事をして、家に帰って実験の復習して…7キロ痩せました。

それでも研究を続けようと思われた。

 所属の病院からは、1年経ったら必ず帰ってきてくれといわれていたし、1年、思い切りやって臨床医に戻ろうと思っていました。給料も半分ですし。しかし13年間もやもやしていたものを、解決する道であることがはっきりしたので続けることにしました。原因を突き止めて、そこから論理的に治療について考える。まだその道の途中にいます。

バイオバンクでの研究の意義はなんでしょう。

 バイオバンクの研究は、患者さんの現実からはじまる研究です。マウスや試験管からはじまる研究が多いですが、マウスと人は違うし、試験管の中の出来事はなかなか再現されない。だから、病気の研究をするなら人から研究するのが一番です。ただ、人を研究するのは難しい。なぜなら遺伝的にも環境的にも、個々の人の持っている背景は多様だからです。だから、病気と遺伝子との関係を明らかにするためには、数を集めることが大切。たくさんの人を集めて、個々の背景を平均化する必要がある。これは、例えば、低い丘の上から見るのと、高い山の上から見るのとでは、同じ場所を見ていても全然違った景色が見えるのと似ています。大量のサンプルを使って研究をさせてもらえれば、病気と遺伝子の関係について、全然違う景色が見えます。そういう意味で、多くの患者さんに協力頂いている、バイオバンクでの研究は非常に貴重です。

バイオバンクで実際に今どんな景色が見えてきていますか?

 骨粗しょう症に関わる、遺伝子がいくつかみつかってきています。今、検証を行っているところです。データベースにも載っていない、未知の遺伝子も含まれています。

最後に、協力頂いている患者さんに一言お願いできますか?

 御協力には、本当に感謝しています。一人一人直接、成果をお返しできなくて申し訳ないのですが、最終的には必ず病気の人の1人としてお返しできると思っています。待っていて下さい。

独立行政法人 理化学研究所
生命医科学研究センター
骨関節疾患研究チーム