(DI-DCNQI)2Cuの特異な温度-圧力相図



(DI-DCNQI)2Cu(DI-塩)は(DMe-DCNQI)2Cu(DMe-塩)のメチル基のかわりにヨウ素を置換基としたものです。

この塩は単結晶を作成するのが難しく,当初,粉末試料のデ―タ(電気抵抗と結晶構造)しか知られていませんでしたが,我々が単結晶化に成功して以来,いくつかの実験が行われ,意外なことにこの系が従来のDCNQI-Cu系とはかなり異なった振る舞いを示すことがわかってきました。DI-塩も他のDCNQI-Cu系と同じ結晶構造を持ちますが,カラム間に非常に短いI…I距離(ファンデルワ―ルス距離の約85%)が存在することが重要な特徴です。

DI-塩は,常圧下では極低温まで金属状態を保ち,電気抵抗の温度依存性は低温領域でT2に比例し,電子相関が強いことを示唆しています。40K以下のT2の係数Aから,Kadowaki-Woodsの関係A/γ2=1×10-5 μΩcm (K mol/mJ)2を用いて電子比熱係数γを求めると71mJ mol-1 K-2となります。実際,比熱測定から求めたγは70mJ mol-1 K-2です。この値は,従来のDCNQI-Cu系に比べるとかなり大きい値です(例えば,重水素置換していないDMe-塩のγは20mJ mol-1 K-2)。磁化率も,従来のものとかなり異なっています。

右図に示すように,DI-塩の静磁化率は,従来のDCNQI-Cu塩の磁化率の約2-3倍の大きい値をとり,しかも温度依存性はパウリ常磁性的ではなく110K近傍に緩やかな極大を持つような振る舞いを示します。これは一見低次元局在スピン系の磁化率のように見えますが,銅の上に局在スピンが存在することは金属的な3次元「dバンド」の形成と相容れず,DI-塩が全温度領域で3次元的な金属であることと矛盾します。

DI-塩のような磁化率の増大と極大は,価数揺動系Ce化合物や強磁性に近い金属(Pd,YCo2等)でも見られます.先に述べた抵抗のT2-依存性や大きなγ値から考えると,むしろ電子間相互作用によって磁化率が増大したとみるほうが妥当であり,狭い「dバンド」における遍歴電子のスピン揺らぎの考えに基づいた解釈が試みられています。
圧力下の電気抵抗も大変興味深いものです。加圧していくと,約15kbarで金属―絶縁体転移が起こり始めます。これは,DCNQI-Cu系で一般的に見られる現象ですが,その臨界圧は最高の値を示し,その意味でDI-塩は最も安定な金属であるといえます。

さて,DI-塩の特異性は,さらに高圧側の電気抵抗に現れます。加圧を続けると転移温度は上昇していきますが,20kbar以上の圧力下では120K付近に抵抗極大を示しそれ以下の温度では再び金属的に振る舞います。このような「高圧金属相」は,DI-塩で初めて観測されたものです。DMe-塩は臨界圧がDI-塩よりはるかに低いですから,もし温度-圧力相図をただ単純にシフトさせるだけなら,DI-塩より低い圧力で「高圧金属相」が現れてもよいはずです。しかし,DMe-塩を20kbarまで加圧しても半導体的挙動がより明瞭になるだけです。

DI-塩がなぜこのような特異な振る舞いをするのかは,まだよくわかっていません。
しかし,我々は,カラム間でのDCNQI同士の相互作用が重要であると考えています。

先ほど,構造的特徴の所でも述べたように,カラム間には非常に短いI…I距離が存在します。このため,従来のDCNQI-Cu系では無視できたカラム間相互作用が,この系では無視できなくなります。この相互作用は,pπバンドに基づくフェルミ面 (FS1)のnestingを困難とし,また,その値が小さくとも主にd軌道に由来するフェルミ面 (FS3)の形状に大きな影響を与えます。


参考文献
Y. Kashimura, H. Sawa, S. Aonuma, R. Kato, H. Takahashi, and N. Mori, Solid State Commun., 93, 675 (1995).
M. Tamura, Y. Kashimura, H. Sawa, S. Aonuma, R. Kato, and M. Kinoshita, Solid State Commun., 93, 585 (1995).
加藤 「固体物理」30(3), 269 (1995).
R. Kato, Bull. Chem. Soc. Jpn., 73, 515 (2000).


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