独立行政法人 理化学研究所 播磨研究所 放射光科学総合研究センター 量子秩序研究グループ
励起秩序研究チーム

研究概要

 当研究室は、SPring-8において軟X線領域の最先端の分光装置の開発を行いながら、それを用いた光物性および物質科学の研究を行うことを目的としている。軟X線領域の光は電子物性を観測するのに最適な光であり、主として高分解能光電子分光や軟X線蛍光・ラマン散乱の実験手段を用いて電子状態の研究を行っている。
 光電子分光は 物質の価電子帯(占有状態)の情報を知る有力な方法である。強相関物質のフェルミ面付近の3d、4f成分を観測することによって、超電導や金属絶縁体転移等のメカニズムを研究している。また、軟X線蛍光・ラマン散乱は物質の部分状態密度を知る実験方法である。これまでは実験手段がないために全く研究が不可能であったような複雑な多元系物質の電子状態を調べている。近年は生体物質の電子状態の研究にも力を入れている。

研究テーマ

 

固体の高分解能軟X線発光分光

 軟X線発光分光法は観測対象が光であるため、固体、気体、表面吸着系、溶液など様々な系に適用することができる優れた手法である。しかしながら、現状の軟X線発光分光器のエネルギー分解能は光電子分光装置の達成している分解能に比べて悪く、これが軟X線発光分光法の発展を妨げているのは明らかな事実である。我々はこの状況を打開するために高エネルギー分解能を目指した発光分光器の開発を行っている。
 現在開発中の分光器は、分解能5000[E/dE]を目標としている。この分光器は溶液系の軟X線発光のための分光器であり、水の水素結合の結合エネルギーが0.1 eVオーダーであることから、溶液系における水素結合、水溶液中のイオン、タンパク質などの電子状態が、この分光器によって明らかになることを期待している。

溶液・生体物質の軟X線発光分光

 水、溶液中の溶媒としての水及び溶質、溶液中で機能を発現する生体物質の電子状態を調べる新しい手法として、軟X線発光を利用するための研究を行っている。軟X線発光は、励起する内殻を選択することによって特定の元素を選択でき、また双極子遷移選択則に従うため、部分状態密度を知ることができる。
 水(及び溶液)は300年の研究の歴史を持ちながら、ごく最近までその電子状態を直接観測されたことがなかった。我々は真空と大気を隔離する薄膜を用い、真空と相性の悪い溶液試料を測定できるフロータイプのシステムを構築することによって、水・溶液の電子状態の観測を試みている。
 一方、ヘム核などの遷移金属中心を持つ蛋白質では、その遷移金属に特有の電子状態が機能と密接に結びついており、金属元素の電子状態を直接的に観測することが重要である。これまでに、DNAや各種ヘム蛋白質を用いて、軟X線蛍光による部分状態密度や、軟x線ラマン散乱過程を利用した素励起の観測を行ってきている。一方、生体物質の機能は基本的に溶液中で発現することから、溶液状態での測定が求められる。軟X線発光は軟X線を吸収、放出する過程のために、電子分光法に比べてバルク感度が高く、また元素選択性のために溶液状態でも効率よく微量元素からの発光を捕らえることができる。この特長を活かすために、生体物質を固定する特殊なマウントを用いてミオグロビン溶液を用いた実験も行っている。

吸着物質の軟X線分光

 放射光を利用した軟X線分光法は、これまで固体表面およびその吸着系の電子状態や表面構造の研究に重要な役割を果たしてきたが、近年 SPring-8 に代表される高輝度光源の登場によって新たな発展段階にある。当研究室では、固体表面吸着系や半導体金属界面の電子構造や化学結合を詳細に研究すべく、(1)内殻光電子スペクトルにおいて分子の振動レベルが分離可能な高分解能電子エネルギーアナライザー、(2)希薄な吸着種についても効率よく軟X線発光スペクトルの測定が可能な高感度分光器を備えた超高真空装置を、SPring-8 の軟X線ビームラインに導入しているところである。特に、後者の分光器については、新たな設計思想に基づき当研究室で開発を行っている。放射光を利用した高分解能光電子分光については既に実験を開始しており、軟X線発光分光と併用することにより吸着種と下地の間に形成される化学結合や電荷の授受、されには固体表面での吸着種の解離機構について詳細な研究が可能になることが期待される。

時間分解分光の開発

 シンクロトロン放射のパルス特性を利用した時間分解分光法の開発を試みている。現在、その応用として以下の3種の実験を行っている。
(1) 半導体量子構造における内殻励起フォトルミネッセンス (PLICE) の時間分解測定
量子井戸、量子細線、量子ドットなどの埋め込み量子構造内に含まれる元素の PLICE スペクトルは、量子構造内の電子構造や結晶構造の局所的な歪みを調べる良いプローブとなる。時間分解計測を導入することによって局所敏感性を向上させることができる。
(2) コインシデンス分光
SR照射による内殻励起〜脱励起過程の際に放出される蛍光X線と、光電子あるいはフォトルミネッセンス等の同時計測を行うことにより、多岐にわたる遷移経路を特定し、発光メカニズムについてのより深い知見を得ることができる。この技術は、従来の発光分光法では困難であった発光スペクトルの理解を容易にする。
(3) レーザーとの同時照射
レーザーと SR の同時照射は、新しいポンプ&プローブ法として各所で試みられ始めている。我々は、その予備実験として、高出力(5W)半導体レーザーを電流変調によって SR バンチ信号に同期させてパルス駆動し、SR 励起による軟X線発光をプローブとする実験を行っている。Si を高密度励起したときの多体効果を、軟X線発光および吸収スペクトルの変化を通して調べている。

多価イオン光吸収実験

 多価イオンを標的とした光吸収過程を、等核系列、等電子系列について、系統的に調べ、多価イオンの構造や多電子系の内殻励起〜脱励起といった光吸収過程のダイナミクスに関する知見を得る目的で研究を行っている。

軟X線ビームラインの建設

 近年の高輝度第三世代光源の登場と軟X線分光技術の目覚ましい発展によって、新たな分光研究の展開が可能になりつつある。当研究室においては、軟X線発光分光の高エネルギー分解能化・高感度化を目指した装置開発や、高エネルギー分解能光電子分光、さらには時間分解軟X線分光などの研究に着手しているが、これらの研究を世界に先んじて発展させるべく、新たに軟X線ビームラインをSPring-8 に建設することを計画している。X線超放射物理学研究室と協力して垂直・水平両直線偏光と円偏光の利用が可能なアンジュレータを導入し、エネルギー分解能10,000 以上の高分解能分光器を設置する予定である。なお、このビームラインは、蓄積リングとしては世界最高の空間コヒーレンスを実現することが期待される 30m 長直線アンジュレータビームライン建設計画を実現するためのR&Dビームラインとしての役割も担っている。また、軟X線自由電子レーザーの実現も視野に入れて、コヒーレンス分光や非線形分光などの新規分光研究の開拓も目指している。

強相関物質、新物質、超電導体の光電子分光

 超伝導体のギャップ近傍の電子状態や金属-絶縁体転移近傍の金属相、または近藤物質等においてフェルミ準位近傍の電子構造を直接調べることは、その発現機構やそれに関わる相互作用を解明するために大変有益な情報をもたらす。我々はこれまで、超高分解能光電子分光システムを用いて、これらの物質の光電子分光、及び角度分解光電子分光を行ってきている。今後、新たに低次元遷移金属化合物や有機導体の測定も行っていく予定である。

軟X線吸収・発光・光電子分光の理論

 物質の電子状態に関する知見を得る手段として、X線を用いた分光法が用いられている。実験で得られたスペクトルを理論的に解析することで、その物質の基底状態や励起状態の電子状態、あるいは励起状態の緩和過程についての情報が得られる。また、そうして得られた情報は、その偏光依存性を調べることで、よりいっそう確かで精密なものとなる。
 軟X線領域では、例えば、f および d 電子系の物理と関係して、希土類元素の 3d 励起、第一遷移金属元素の 2p 励起などがある。理論の基本的な枠組みとして共鳴二光子吸収や共鳴発光分光を量子力学的干渉効果を含む二次の光学過程として扱い、主に、原子多重項やクラスター模型などを考慮した数値計算を含めた理論的解析を行う。

発光-光電子コインシデンス分光

 内殻励起に伴う発光は複数の中間状態と終状態の組み合わせが存在するため、一般にそのスペクトルの解釈は複雑になる。一方、内殻光電子放出の終状態は発光の中間状態に対応するため、光電子と発光を同時計測(コインシデンス測定)することによって、中間状態を特定した発光スペクトルが得られる。これは発光スペクトルの解釈を容易にするばかりでなく、原理的には中間状態を特定することによって様々な経路間の干渉を消すことになる。そのため、各中間状態を特定した発光スペクトルの足し合わせは、中間状態を特定しない発光スペクトルとは本質的に異なっているはずである。このような内殻励起を伴う二次光学過程の干渉効果は、理論計算との比較で議論されることはあっても、それを直接的に観測した報告はない。
 本研究は、放射光の連続スペクトル、及びそのパルス特性を利用して、固体試料を標的とした内殻発光-内殻光電子のコインシデンス測定を試みるものである。これまでに行ったFeasibilityテストにおいて、発光、光電子のデータ収集及びコインシデンスの取り方についてのノウハウを蓄積しており、今後この手法を確立することによって物性研究への応用を図る。

RIKEN RESEARCHで紹介された研究成果

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