複数分子イメージング研究チーム Multiple Molecular Imaging Research Laboratory

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主な項目

ミネラルのイメージング技術と
新しい分子イメージング装置GREIの開発

はじめに

生体に存在する各種元素を含めたさまざまな分子の振る舞いが、in vivo においてどのようになっているのかという興味は、われわれ生命科学研究者の大きな関心事です。生体や組織の機能発現は、個体中のさまざまな機能タンパク質や生理活性物質の単独の振る舞いによりなされるものではなく、複数の分子や物質の相互作用によって生体機能の恒常性を保持しています。したがって、このような生体分子間相互作用を包括的に解析することの必要性はいうまでもありません。生体分子のダイナミクスは、一時として同じ状態であることはなく、機を見て敏なる振る舞いが行われています。このようなリアルタイムの現象を可視化する技術が、分子イメージング技術です。

昨今、欧米のみならずわが国においても、ポジトロン断層撮影(PET)や核磁気共鳴イメージング(MRI)などを中心とした分子イメージング研究の推進、進捗が話題に上ることも多く、その重要性が注目されています。ポストゲノム時代といわれる昨今の主要テーマは、生体内における分子機能を探索する研究に主眼がおかれ、科学的根拠に基盤を置いた医療(Evidence based medicine)を実現する分子イメージング研究は重要な研究分野です。このような分子イメージング技術の革新は、創薬の迅速化や低価格化、新たな疾病診断、治療法の開発のみならず、生命科学研究全体の発展に重要な分野となっていくことが予測されます。

このような分子イメージング技術に対する生命科学者の要求はきわめて高く、生体内に極めてわずかにしか存在しない生体分子を高い特異性を有しつつ、詳細にイメージングすることが要求されます(高特異性と高分解能)。これは、高感度でありながら、かつ高いS/N比も要求されています。このWEBでは、PET、SPECTの一部と次世代核医学イメージング技術などを用いたイメージングなどについて概説したいと思います。

放射性同位元素を用いる分子イメージング法(核医学イメージング)とミネラルイメージング

放射性同位元素を用いたイメージング法は、核医学、基礎医学などの研究分野で汎用されています。この範疇に含まれるイメージングは、(1) 陽電子(ポジトロン)放出核種を用いる放射断層撮像法(PET; positron emission tomography)と (2) 同じくそれを植物用に特化した植物用ポジトロンイメージングシステム(PETIS; positron emitting tracer imaging system)、(3) 様々なガンマ線放出核種を用いる単一光子放射断層撮影(SPECT; Single photon emission computed tomography)および (4) 次世代分子イメージング装置として複数分子同時イメージングのできるコンプトンカメラ(GREI; gamma ray emission imaging, Si/CdTe Compton camera, μPIC; micro pixel chamber)があります。これらのうち、PETおよびPETISはポジトロン放出核を用いることから、錯体化合物化などの工夫をしたり、ミネラルのごく一部のものを利用することは可能です。もちろん、ミネラルが関連する生体反応のイメージングには汎用性がある。SPECTやコンプトンカメラは、プローブとして用いる放射性同位元素を工夫すれば、そのままでミネラルのダイナミクスを追跡する手段となります。また、コンプトンカメラを用いた場合、他のイメージング法で困難な複数分子同時イメージングがリアルタイムで可能となります。昨今、わが国においても核医学イメージングを中心とした分子イメージング研究が精力的に推進され、その進歩は著しいものがあります(1, 2)。本稿では、これら放射性同位元素を用いる分子イメージング法について、著者らの開発するGREIを中心に概説します。なお、ほかの核医学診断装置や詳細な原理や装置の概要は、優れた成書が多数あるのでご参照いただきたいと思います。

次世代核医学イメージングと複数分子同時イメージング

基礎医学研究や臨床においても、複数分子の同時イメージングの実現の効果はきわめて大きいと考えられます。それは、生体内のさまざまな反応がそれぞれ相互作用を有しているからであり、生体反応過程のリアルタイムイメージングのもたらす革新は計り知れないからです(図1)。無論、ミネラル研究においても、複数ミネラル間の相互作用を可視化し、かつそれに関連する生体内反応を別々のプローブで同時にイメージングできれば、ミネラル研究の躍進を加速することは言うまでもありません。このような複数分子同時イメージングを実現する機器開発が、まさに世界的に進行しており、とりわけ、わが国の研究の進歩が先んじています。ここでは、著者らの開発中の複数分子同時イメージング装置GREIを中心に、次世代核医学イメージング機器として、Si/CdTeコンプトンカメラ、マイクロピクセルチェンバー型コンプトンカメラの開発の現状と複数分子イメージングの実際について概説したいとおもいます。

複数分子イメージングの将来

図1 複数分子イメージングの将来
特性の異なる複数分子プローブを同時に追跡し、生体内動態や代謝過程などの多角的な情報を得ることにより、より高度で正確な診断を可能にし、基礎医学研究にも寄与することが可能となります。

Ge半導体コンプトンカメラによる複数分子同時ガンマ線イメージング装置(GREI; Gamma-ray emission imaging)の開発

著者らの開発してきたマルチトレーサー法では、加速器や原子炉を利用して生成される多種の放射性核種(複数のミネラル)を一度にトレーサーとして調製し、それらの試料中での挙動が分析されます。多数の元素の情報を1回の実験で効率的に調べることが出来るため、スクリーニングを行うのに適しており、また、単一のトレーサーによって得られた情報の足し合わせでは得られない複数の元素間の相関の情報も得ることが出来ます。これらの利点によって、マルチトレーサー法は生物学・医学・環境科学などの研究に応用され、さまざまな成果を挙げてきています(3)

このようなマルチトレーサー法の優れた特徴にもかかわらず、単一核種のトレーサーに比べて分析方法が限られているため、マルチトレーサーの分布を非破壊的に計測することは行われてきませんでした。これは、数百 keVから約2 MeVまでの間の多数の異なるエネルギーのガンマ線がマルチトレーサーから放出されるためで、このような条件下では、従来のガンマ線撮像装置で核種ごとの画像を得ることは困難でした。

一方、PETは優れた核医学診断装置ですが、PETイメージングにおいては、通常一度に撮像可能なRI標識分子プローブは一種類だけです。この理由は、現在の主要なイメージング機器であるPETやSPECTの撮像原理にあります。PETではポジトロン放出核が用いられ、511 keVの消滅ガンマ線を検出して撮像するため、異なる分子プローブを識別することは困難です。SPECTにおいては約300 keV以上のガンマ線に対しては画質が著しく低下してしまい、利用可能な核種が制限されます。このため、現在までに複数分子同時イメージングの有用性を示す研究はほとんど進められておらず、またこのことが複数分子同時イメージング装置開発のモチベーションの低下を招いていると考えられます。

しかしながら、生体内における生物学的反応過程は複合的である場合があり、単一の分子プローブでは複雑な生体反応や相互作用、組織病変と周辺臓器との浸潤度や進行度の判定に不十分です。癌と炎症の区別、移植医療における移植臓器の生着率の判定、再生医療の成功の判定などの日常臨床に重要な診断基準のモニタリングに有用なモダリティとして、複数分子同時イメージングの果たす役割は大きいと考えられます。このような日常的な臨床における診断に供する分子プローブの開発もきわめて重要な研究課題ですが、このプローブ開発は装置の実用化と完全にリンクしています。将来的には、複数分子同時イメージング装置の創出と新プローブの創薬で、より高度で正確な多元的診断が可能になることが期待できます。

そこで著者らは、コンプトンカメラ方式を採用したGREIの開発を行ってました(4, 5)。GREIは複数分子同時イメージングを実現できる半導体検出器を用いたコンプトンカメラです。半導体検出器は優れたエネルギー分解能を有するので、それぞれのプローブごとに異なる放射性核種を標識すれば、放出されるガンマ線のエネルギーによってそれらを識別することが可能です。また、コンプトンカメラには機械的なコリメータが不要であるため感度を向上させることができ、静止撮像でも複数の方向へ射影した3次元分布の情報が得られるという特徴をもっています。

撮像原理GREIの写真

図2 GREIの写真と撮像原理
前段Geでコンプトン散乱、後段Geで光電吸収を利用し、ガンマ線エネルギーEg = E1 + E2 で核種を識別。コンプトン散乱の運動学を満たす円錐の交差点がガンマ線源の位置として定まる。

現在のプロトタイプは両面直交ストリップ電極式の平板型Ge半導体検出器を2台平行に並べたコンプトンカメラです(図2)。それぞれの検出器の有感領域の寸法は、前段が39 × 39 × 10 mm3、後段が39 × 39 × 10 mm3で、検出器中心間の距離は60 mm取られています。陽極および陰極は互いに直交する方向のストリップ状に分割されており、それらの組み合わせによって、検出器内でのガンマ線の相互作用のXY方向の位置が検出されるようになっています。また、検出器の深さ方向の位置についても、検出器信号処理の工夫によって約1 mmの精度を実現しています。このプロトタイプを用いた正常および病態モデル動物の撮像実験を行い、新規分子プローブの探索や装置開発へのフィードバックのための撮像装置の検証を行っています。

生物試料の複数分子同時ガンマ線撮像実験

ここでGREIによる、マウスの複数分子同時ガンマ線イメージングの結果を紹介しましょう。図3は、正常のICRマウス ♂ 8週齢 にアドステロール-131I 注射液(E = 364.5 keV, 半減期=8日)、85SrCl2 (E = 514 keV, 半減期=65日)および65ZnCl2 (E = 1115.5 keV, 半減期 = 244日)を同時投与し、麻酔下で12時間連続のイメージングした結果と可視像を重層した写真であり、複数分子同時イメージングの世界初の成功例です(6)。この図から、Znが肝臓に主に集積し、アドステロールが副腎、その代謝物の131I が甲状腺付近に、Srが骨に集積していることがわかります。

マウス上の複数核種画像

図3 マウス写真と複数核種カラー表示2D画像の重層

今後の課題

これまでに示したように、GREIはほぼ期待通りの結果が得られましたが、より実用的な撮像を行うには、さらに空間解像度を向上させ、計測時間も短縮することが望まれます。これらの性能は、検出器中でのガンマ線の相互作用点の位置をより高精度で計測することと、検出効率を向上させることで改善されますが、それはガンマ線のトラッキング技術によって実現可能です。現在のGREIでは、検出器の厚さ方向については既に約1 mmの精度を実現していますが、XY方向の精度は電極分割の大きさで決められています。計算機シミュレーションの結果、信号波形の解析によってXY方向の位置についても精度良く測定すれば、現在約4 mmの画像の空間解像度が約1 mmまで改善可能です。また、現在のGREIでは、後段の検出器に入射した散乱ガンマ線が1回の相互作用で光電吸収された事象を選択的に収集していますが、トラッキング法が実装されれば複数回の相互作用が起こった事象も利用可能になり、検出効率を最大20倍程度向上させることが可能になります。これらの性能が改善され実用レベルの撮像が可能になれば、広い核種の選択肢を持ったより汎用的な複数分子同時イメージング装置となるでしょう。この装置が完成し、ミネラル研究はいうまでもなく、核医学や創薬の研究にも応用可能な装置に発展していくことが予測されます。

Si/CdTeコンプトンカメラとマイクロピクセルチャンバー(μPIC)コンプトンカメラの開発

宇宙研究開発機構の高橋教授らは、GREI同様にコンプトンカメラ方式を採用した高いエネルギー分解能をもつSi検出器とCdTe検出器を組み合わせたSi/CdTeコンプトンカメラを開発しています(7)。このSi/CdTeコンプトンカメラは宇宙ガンマ線の観測を目的としSiやCdTe半導体撮像素子を、数十層にわたって積層した半導体多層コンプトンカメラとして開発されてきました。彼らは80~662 keVまでのガンマ線の撮像に成功しており、低エネルギーガンマ線を放出するSPECT核種も利用可能です。昨今、高橋教授らのグループと私たちは、このSi/CdTeコンプトンカメラによる小動物を用いた複数分子同時イメージングに着手し、実画像の取得に成功しました。今後の共同研究の推進によって、臨床や基礎医学研究でも利用できるコンパクトなSi/CdTeコンプトンカメラが完成されるでしょう。このSi/CdTeコンプトンカメラは、非常にコンパクトであり、センチネルリンパ腫などの術中モニタリングにも使用できるサイズであり、併せて高い検出効率を有しています。著者らの開発するGREIを病院設置型とすれば、Si/CdTeコンプトンカメラはポータブルタイプの低価格複数分子同時イメージング装置と位置づけることができます。一方、京都大学理学部の谷森教授らのグループは、原理をコンプトンカメラ方式としたガス増幅粒子検出器(μPIC)を開発しています(8)。彼らも宇宙ガンマ線の観測用の装置として開発してきたものですが、昨今、医療用のμPICの開発にも積極的に取り組んでいます。この装置は30 cm × 30 cmの検出部面積を持つもので、小動物の生体内ダイナミクス撮像に成功しています。この装置は、ガス増幅粒子を利用しているため、低価格化が図れることと大型化が容易なことが大きな利点ですが、高分解能の画像取得にはまだ問題点が残っています。しかし、GREIやSi/CdTeコンプトンカメラと同様に複数分子同時イメージングが可能であり、前述の2機種と相補的な複数分子同時イメージング装置となっていくことが予測され、わが国が複数分子同時イメージングの実現に極めて積極的、かつ先駆的であることが、これらの研究からも明らかです。

参考文献

  1. 特集「分子イメージング -現状と展望-」, 日本臨床, 65(2), (株)日本臨床社, (2007) 東京.
  2. 渡辺恭良, 鈴木正昭, 尾上浩隆, 土居久志, 和田康弘, 片岡洋祐, 榎本秀一, 分子イメージング研究による創薬・疾患診断の革新, 最新医学, 63(1), 116-138, (2008).
  3. Enomoto, S., The Multitracer Technique: Manufacturing and Application on the Bio-trace Elemental Research, Biomed. Res. Trace Elements, 12 (1), 71-84, (2001)
  4. Motomura, S., Takeici, H., Hirunuma, R., Haba, H., Igarashi, K., Enomoto, S., Gono, Y., Yano, Y., Gamma-ray Compton imaging of multitracer in bio-samples by strip germanium telescope. Nuclear Science Symposium Conference Record, 2004 IEEE, 4, 2152-2154, (2004).
  5. Motomura, S., Enomoto, S., Haba, H., Igarashi, K., Gono, Y., Yano, Y., Gamma-ray Compton imaging of multitracer in biological samples using strip germanium telescope, IEEE Trans. Nucl. Sci., 54, 710-717, (2007).
  6. Motomura, S., Kanayama, Y., Haba, H., Watanabe, Y., Enomoto, S., Multiple molecular simultaneous imaging in a live mouse using semiconductor Compton camera, J. Anal. At. Spectrom., 23, 1089-1092, (2008).
  7. Watanabe, S., Takeda, S., Ishikawa, S. N., Odaka, H., Ushio, M., Tanaka, T., Nakazawa, K., Takahashi, T., Tajima, H., Fukazawa, Y., Kuroda, Y., Onishi, M., Development of Semiconductor Imaging Detectors for a Si/CdTe Compton Camera, Nucl. Inst. Meth. A, 579, 871-877, (2007).
  8. Kabuki, S., Hattori, K., Kohara, R., Kunieda, E., Kubo, A., Kubo, H., Miuchi, K., Nakahara, T., Nagayoshi, T., Nishimura, H., Okada, Y., Orito, R., Sekiya, H., Shirahata, T., Takada, A., Ueno, K., Development of Electron Tracking Compton Camera using micro pixel gas chamber for medical imaging, Nucl. Inst. Meth. A, 580, 1031-1035, (2007).

* なお、このページは、糸川嘉則 監修「ミネラルの科学と最新応用技術」の第6編第2章「ミネラルのイメージング技術」(榎本秀一ら著)、シーエムシー出版(2008年)の抜粋を編集、改変したものです。2008.07.01WEB掲載開始

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