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2009年1月13日

理化学研究所

30年来の常識を覆し、植物に新たなステロール生合成経路を発見

-動物と同じステロール生合成経路が植物にも存在-

ポイント

  • 新規経路のステロール生合成寄与率は通常は1%、植物の緊急事態に活性化か
  • 開発した評価法はすべての植物種に適用可能、さらなる解析に期待
  • 病傷害にかかわるステロイド化合物の人為的合成に道

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と公立大学法人横浜市立大学(本多常高理事長)は、植物のステロール※1生合成経路に、動物での生合成経路として知られるラノステロール※2を経由する経路があることを発見しました。これは理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)多様性代謝研究チーム(斉藤和季チームリーダー、千葉大学大学院薬学研究院教授)の村中俊哉客員主管研究員(横浜市立大学木原生物学研究所教授)、大山清リサーチアソシエイト、鈴木優志研究員、同センター先端NMRメタボミクスユニットの菊地淳ユニットリーダーらの共同研究による成果です。

ステロールは、生物に広く共通して存在し、細胞膜の構成成分や、ステロイドホルモンの前駆体として生命活動に必須な化合物ですが、動物と植物の間でその生合成経路が異なるとされていました。動物ではラノステロールという生合成中間体を経て動物ステロールが生合成されるのに対し、植物ではシクロアルテノール※3という生合成中間体を経て植物ステロールが生合成されます。この反応が、動物と植物でのステロール生合成の分岐点であると、教科書にも記載されています。しかし、研究チームは2006年、オキシドスクアレン閉環酵素(OSC)※4の一種であるシクロアルテノール合成酵素(CAS)遺伝子に加えて、ラノステロール合成酵素(LAS)遺伝子が植物にも存在することを明らかにしました。

研究チームは、LASが実際に植物で機能してラノステロールを合成し、ラノステロール経由で植物ステロールが生合成されているのかを解析しました。具体的には、シクロアルテノールとラノステロールの形成機構が異なることに注目し、重水素※5で標識したメバロン酸(MVL)※6の追跡実験を行いました。その結果、植物ステロールがシクロアルテノール経路に加えて、ラノステロール経路でも生合成されることを発見し、さらにこれらの経路の寄与率がそれぞれ99%、1%程度であることを明らかにしました。

植物におけるラノステロール経路の寄与は、通常の生育条件ではわずかですが、病気や傷害などの緊急事態には多く働くことが分かってきました。今後、2つの経路を植物がどのように使い分けているのかを明らかにすることで、有用なステロイド化合物の生産性の向上や病傷害に強い植物の育成に貢献できると期待されます。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences』1月12日の週にオンライン掲載されます。

背景

ステロールは、生物に広く共通に存在し、細胞膜の構成成分として、また動物、植物のステロイドホルモンの前駆体として生命活動に必須の化合物です。ステロールの生合成経路に関する研究の歴史は古く、1960年から1970年代に活発に行われました。ステロールは、動物や酵母、植物などに共通して存在しますが、動物と植物ではその生合成経路が異なります。メバロン酸経路で生合成されるオキシドスクアレン※7が、ステロール生合成中間体の合成酵素である「オキシドスクアレン閉環酵素(OSC)」の作用により、動物ではラノステロールを生成し、コレステロールなどの動物ステロールが生合成されますが、植物ではシクロアルテノールを生成してシトステロールなどの植物ステロールが生合成されます。これまでに、動物からはLAS遺伝子、植物からはCAS遺伝子という異なる種類のOSCがそれぞれ単離されています。そのため、この異なった閉環反応の段階が、動物と植物でのステロール生合成の分岐点であるというのが、生理学の教科書にも記載され、30年来の常識でした。

しかし2006年、研究チームや、日本大学や米国のライス大学の研究グループにより、植物には既知のCAS遺伝子に加えて、LAS遺伝子も存在することが明らかになりました。この事実は、植物にも動物や酵母と同様にラノステロールを経由する植物ステロール生合成経路が存在する可能性を示しました。そこで、研究チームは、生命活動に重要な役割を果たす化合物であるステロールが、植物でどのように作り出されているのか正確に理解するために、精緻な実験方法を確立し、解析しました。

研究手法と成果

シクロアルテノールとラノステロールは構造が非常に似ていますが、2つの化合物の生合成機構(図1)を比較すれば明確な区別が可能です。メバロン酸の6位メチル基の水素を重水素で標識した化合物([6-13CD3]MVL)の追跡実験を行うと、メバロン酸の6位の炭素がステロールの19位に取り込まれる際に、シクロアルテノールを経由して生合成される経路では重水素が2つ保持されるのに対し、ラノステロールを経由して生合成される経路では重水素が3つ保持されます。したがって、保持される重水素の数を調べることで、2つの経路を明確に区別することができます(図2)。2つの経路で生合成されたステロールの19位メチル基は、13C-{1H}{2H}NMR法※8という特殊なNMR分析法では異なるシグナルとして検出できます。モデル植物であるシロイヌナズナを用いて[6-13CD3]MVLの追跡実験を行うと、従来知られていたシクロアルテノールを経由して生合成されたことを示すシグナル(図3B)とともに、約1%のラノステロールを経由したと考えられるシグナルが検出できました(図3E)。

さらに、このシグナルの有意性を確定するために、LAS遺伝子を過剰に発現させたシロイヌナズナと、LAS遺伝子をなくしたシロイヌナズナを用いて[6-13CD3]MVLの追跡実験を行いました。もし、ラノステロールを経由する生合成経路が存在するのであれば、LAS遺伝子を過剰に発現させた植物では生合成経路は強まり、LAS遺伝子をなくした植物においてはその経路は検出できなくなるはずです。予想通り、LAS遺伝子の過剰発現体では、生合成経路が3倍程度に強まり(図3F)、LAS遺伝子をなくした植物体では、この経路を検出できませんでした(図3D)。

これらの結果から、植物ステロールがシクロアルテノール経路に加えて、動物に特徴的だと考えられてきたラノステロール経路でも生合成されることが明らかになりました。さらに、これらの経路の寄与率がそれぞれ99%、1%程度であることが分かりました。これらの成果は、動物と植物でのステロール生合成に関する30年来の常識を覆す結果となり、これまでの植物生理学の教科書が書き換えられることになると考えられます。

今後の期待

研究で用いた手法は、ほかのすべての植物種に適用が可能な手法です。今後さまざまな植物を用いて[6-13CD3]MVLの追跡実験を行い、多くの植物でラノステロール経路が見つかれば、ラノステロール経路が植物一般に共通の経路として存在する可能性が示せます。また、植物に限らず、動物細胞や酵母を用いて追跡実験を行えば、植物からラノステロール経路が発見できたように、動物や酵母にシクロアルテノール経路が見いだせるかもしれません。

今回発見した植物での新規生合成経路は、通常の生育条件ではわずかに働き、病気や傷害などの緊急事態では多く働く、ということも明らかになってきました。今後、2つの経路を植物がどのように使い分けているのか明らかにすることで、有用なステロイド化合物の生産性の向上や、病傷害に強い植物の育成に役立つ可能性があります。特に、食用として一般にもなじみの深いナス科の植物には、ステロール生合成経路から代謝された、さまざまなステロイド化合物(図4)が含まれています。これらステロイド化合物の中には、ソラニンといった食中毒の原因になるものや、昆虫の忌避物質、病気に対して抵抗を示すトマチンといった化合物などが知られていますが、植物内でどのように制御され、生合成されているかは、明らかになっていません。

生合成経路を理解することは、工業的応用のためだけでなく、植物を理解する上で重要なことです。そのため、ナス科植物であるトマトを用いて、筑波大学遺伝子実験センターの江面浩教授と共同研究を開始しました。また、横浜市立大学木原生物学研究所には、同じくナス科のトウガラシについて多様な遺伝資源が整備されており、これらのリソースを有効活用して研究を発展させていきます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター
多様性代謝研究チーム 客員主管研究員
公立大学法人横浜市立大学 木原生物学研究所 教授
村中 俊哉(むらなか としや)
Tel : 045-820-2445 / Fax : 045-503-9492

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

公立大学法人横浜市立大学 研究推進センター
Tel : 045-787-2063 / Fax : 045-787-2025

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ステロール
    6,6,6,5員環からなる炭素骨格部分と3位水酸基、ならびに5員環部分に側鎖を有する炭素数27~30の化合物の総称。生物が持つ主なステロールは種によってさまざまであり、動物ではコレステロール、酵母ではエルゴステロール、植物ではシトステロールである。
  • 2.ラノステロール
    オキシドスクアレンが環化して生成する化合物の1つで、ステロールの生合成中間体。
  • 3.シクロアルテノール
    オキシドスクアレンが環化して生成する化合物の1つで、ステロールの生合成中間体。シクロプロパン環を有するのが特徴。
  • 4.オキシドスクアレン閉環酵素 (OSC)
    鎖状化合物であるオキシドスクアレンを基質として、1段階の反応で多様な炭素骨格を一挙に構築する複雑な反応を触媒する酵素。植物から見いだされたOSCの1つであるラノステロール合成酵素(LAS)は、動物や酵母のLASと比較するとアミノ酸配列はあまり似ていない。そのため、植物のシクロアルテノール合成酵素(CAS)遺伝子と動物・酵母の LAS遺伝子は共通の祖先からそれぞれ分岐して、植物はあらためて CAS遺伝子を進化させ LAS遺伝子を獲得したと考えられている。
  • 5.重水素
    水素の同位元素の1つで、水素の原子核が陽子1つなのに対し、重水素は陽子1つと中性子1つから構成されている。自然界には水素の7,000分の1程度存在する。生体内で水素と同じ挙動を示すので、人工的に水素を重水素で置換した化合物を生体内に導入すると、化合物の挙動を追跡することが可能となる。
  • 6.メバロン酸(MVL)
    生物界に広く存在するイソプレノイド化合物群の共通の生合成中間体。ステロールはイソプレノイド化合物に分類される。この化合物を基本単位とするイソプレノイド生合成経路は、メバロン酸経路と総称されている。
  • 7.オキシドスクアレン
    スクアレンが酸化されて生成する炭素数30からなる鎖状化合物で、さまざまな環状トリテルペン化合物の共通の生合成中間体。この鎖状化合物の環化様式により、さまざまな骨格の環状トリテルペンが生合成される。
  • 8.13C-{1H}{2H}NMR法
    化学構造に応じて、磁場中での共鳴吸収が異なることを利用した分析法であるNMR測定法のうち、13Cのシグナルを検出する方法の1つ。13Cが水素や重水素と結合することでシグナルが多重化し、スペクトルが複雑化するのを防ぐ測定方法。
動物と植物のステロール生合成経路の違いの図

図1 動物と植物のステロール生合成経路の違い

今まで、植物ではシクロアルテノールを経由してのみ植物ステロールが、動物や酵母ではラノステロールを経由してのみ動物ステロールや酵母ステロールが生合成される、と考えられてきた。

[6-13CD3]MVLの追跡実験の図

図2 [6-13CD3]MVLの追跡実験

外部から投与した[6-13CD3]MVLが植物内で代謝される様子。プロトステリルカチオンから水色の矢印の通り重水素が脱離するとシクロアルテノールが、赤の矢印の通り水素が脱離するとラノステロールが生成する。投与した後の植物から植物ステロールを精製し、青円・赤円で示した部分の重水素の数を調べると、シクロアルテノールとラノステロールのいずれを経由して生合成されたのかを明らかにすることができる。

[6-13CD3]MVLの投与後、植物から精製したシトステロールの13C-{1H}{2H}NMRスペクトルの図

図3 [6-13CD3]MVLの投与後、植物から精製したシトステロールの13C-{1H}{2H}NMRスペクトル

ラノステロール合成酵素遺伝子をなくしたシロイヌナズナ(A)、野生型のシロイヌナズナ(B)、 ラノステロール合成酵素遺伝子を過剰に発現させたシロイヌナズナ(C)に対し、[6-13CD3]MVLを投与し、得られたシトステロールの13C-{1H}{2H}NMRスペクトル。(D、E、FはそれぞれA、B、Cの縦軸を拡大したスペクトル。)
水色で示したシグナルは、シトステロール標品の19位のシグナルと比較して0.59 ppm高磁場側に移動している。これは19位に重水素が2つ結合していることを示し、大部分のシトステロールがシクロアルテノールを経由して生合成されていることがわかる。(E)のスペクトルを見ると、赤矢印で示した部分に小さなピークが観測され、これはシトステロール標品の19位のシグナルと比較して0.88 ppm高磁場側に移動しており、19位に重水素が3つ結合していることを示す。このピークが、ラノステロール合成酵素遺伝子を過剰に発現させたシロイヌナズナ(F)では3倍程度に大きくなり、ラノステロール合成酵素遺伝子をなくしたシロイヌナズナ(D)では検出されない。

ナス科植物に含まれるステロイド化合物の図

図4 ナス科植物に含まれるステロイド化合物

ナス科植物には、共通してステロールの側鎖部分が酸化や窒素化されて環を形成した、6環性のステロイド配糖体が含まれている。

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