広報活動

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2009年1月19日

理化学研究所

植物の乾燥ストレス応答にかかわるメタボロームを網羅的に同定

- 環境ストレスに強い作物を創出する新手法として期待高まる -

ポイント

  • 乾燥ストレス下で変動する代謝物質を、最新の質量分析計を駆使して多数検出
  • 分子レベルの応答解析が、目に見えない代謝物質間のつながりを見いだす
  • 植物ホルモン「ABA」が、メタボロームの制御に重用な役割を果たす

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物の乾燥ストレス応答にかかわるメタボローム※1(代謝産物の総称)を同定し、その制御には、植物ホルモンの1種で、種子の休眠調節などの生理作用で知られているアブシジン酸(ABA)※2が、重要な働きを担うことを定量的に明らかにしました。理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)機能開発研究チームの浦野薫特別研究員とかずさDNA研究所(大石道夫所長)、国際農林水産業研究センター(飯山賢治理事長)など共同研究グループ※3による成果です。

現在、地球規模での人工増加、二酸化炭素濃度の上昇に伴う温暖化、砂漠化などの環境悪化は、世界的な食料や資源、エネルギーの供給に大きな問題をもたらしており、人類の持続的な発展を妨げる可能性が深刻になっています。乾燥ストレスは、外界からの影響の中でも、作物の生産性を低下させる最も重大なストレスです。乾燥地での作物生産性向上のために、植物の乾燥ストレスに対する応答機構の分子レベルでの解明が強く求められています。動物のように、環境の変化に応じて場所を移動することができない植物は、乾燥ストレスを受けるとその情報を細胞内に伝え、遺伝子・タンパク質・代謝物質などの分子を質的、量的に変化させて適応しています。さらに、その情報の伝達には、植物ホルモンのABAが重要な役割を果たすと考えられてきました。

近年、質量分析計を中心としたメタボローム解析技術が飛躍的に発展し、生体内に存在する多くの代謝物質を同定することが可能になりました。今回、シロイヌナズナABA合成関連遺伝子NCED3※4の欠損変異体を用い、最新のメタボローム解析技術を活用して、乾燥ストレス下で変動する代謝物質を網羅的に同定し、目には見えない代謝物質間のつながりを発見することに成功しました。そして、乾燥ストレス応答性のメタボロームの制御にもABAが重要な働きを担うことを明らかにしました。この成果は、干ばつが広がる乾燥地での作物生産力向上のための、耐性作物創出への応用が期待されます。本研究の一部は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「植物の物質生産プロセス制御基盤技術開発」プロジェクトの一環として行われました。

本研究成果は、英国の科学雑誌『The Plant Journal』に掲載されるに先立ち、オンライン版(2008年12月17日付け:日本時間12月18日)に掲載されました。

背景

2000年に、全ゲノム配列が解読されたモデル実験植物のシロイヌナズナは、ポストゲノムとして、ゲノムデータを活用したさまざまな網羅的解析が行われ、それらを統合した包括的な解析が求められています。その1つとして注目されているのがメタボローム解析です。成人病のメタボリック症候群でおなじみのように、メタボロームは、体内で合成されるすべての代謝物質の総体を表す用語として使われています。植物でも、細胞内で合成される代謝物質は、環境(生活)の変化で大きく変動し、それが植物の生存に大きく影響します。特に、移動の自由を持たない植物は、その生存戦略の1つとして、外界からのストレスを感じると、細胞内に有用な代謝物質を蓄積し、ストレスに適応して生き伸びる耐性機構を持っています。例えばアミノ酸のプロリンやオリゴ糖のラフィノースを人為的に多量に蓄積した植物は、乾燥ストレスに対して強くなることがよく知られています。

しかしながら、ゲノムサイズが小さいシロイヌナズナでさえも、その生体内には5,000種以上の代謝物質が存在すると考えられていますが、乾燥ストレスに対する耐性効果が報告されている代謝物質は十数個しかありません。

近年、質量分析計を中心としたメタボローム解析技術が飛躍的に発展し、生体内に存在する多くのメタボロームを同定することが可能になりました。これまでの研究から、植物の環境ストレス、特に乾燥ストレス応答には、植物ホルモンのABAが重要な働きを行うことが明らかになっていました。ABAを多く作る植物は、乾燥ストレスに対して強くなり、ABAを作れない植物は弱くなることから、研究グループは、ABAが制御するメタボロームの中には、乾燥ストレス耐性にかかわる代謝物質が多く含まれると考え、その同定を目指しました。

研究手法と成果

研究グループは、かずさDNA研究所の柴田大輔博士の研究チームが構築した、メタボローム解析システム(GC-TOF/MS※5、CE/MS※6)を用い、シロイヌナズナにおける経時的な乾燥ストレス応答性のメタボローム解析を行いました。野生型シロイヌナズナの地上部から151個の代謝物質ピーク(既知の代謝物質が54個、未同定ピークが97個)を観測しました。この中で、乾燥ストレスに応答した代謝物質量の変動を解析した結果、野生型シロイヌナズナから82個(増加61個、減少21個)の乾燥ストレス応答性の代謝物質ピークを検出しました(図1)。

次に、乾燥ストレス下で鍵となる働きをしているABAが制御する代謝物質を検出するため、ABA合成律速遺伝子NCED3を欠損させ、ABA合成が低下しているnc3-2変異体を用いて乾燥ストレス下でメタボローム解析を行い、乾燥ストレス下の野生型の解析結果と比較しました。また、国際農林水産業研究センターの篠崎和子博士の研究チームと共同で、マイクロアレイ法※7を用いたトランスクリプトーム※8解析を行い、メタボロームとトランスクリプトームの統合解析を行いました。

野生株とnc3-2変異体の結果を比較すると、NCED3の欠損により変異体では、乾燥ストレス応答した蓄積が抑制される物質、逆に蓄積が増加する物質があることが分かりました。また、統合解析の結果、分枝アミノ酸、ポリアミン、プロリン、サッカロピン、GABA合成系は、転写レベルでABA依存的な制御を受け、逆に、ラフィノースオリゴ糖合成系は、転写レベルでABA非依存的な制御を受けることが分かりました(図2)。これらの結果から、これまで個別の報告だけであった乾燥ストレス応答性の代謝物質や合成関連遺伝子に関して、包括的により多くの経路を明らかにすることができました。また、これまでトランスクリプトーム解析を中心に行われてきた、ABA依存的・非依存的なシグナル経路の代謝段階を明らかにしました。

次に代謝物質間の相関係数(correlation coefficient)※9の変化を、経時的なデータ系列を用いて、解析しました。野生型では、乾燥ストレス応答性のアミノ酸類が強い相関関係を示し、同様に乾燥ストレスに応答して変動する単糖のフルクトース、グルコースやオリゴ糖のラフィノースは、異なったグループでネットワークを形成していました(図3(a))。一方nc3-2変異体では、ラフィノースとアミノ酸類の相関関係が強まり、野生型とは異なるネットワークを形成していました(図3(b))。nc3-2変異体では、アミノ酸類の蓄積量が低下するため、ABA非依存的な制御を受けるラフィノースと相関を高めることで、ストレスに対応しようとする代替えシステムが存在することを示唆できました。こうしたシステム生物学の手法を活用することで、個別の解析では分からなかった、目には見えない代謝物質間のつながりを示すことができました。

今後の期待

今回、植物の乾燥ストレス応答における多くの代謝物質のネットワークや代謝レベルでのシグナル伝達を明らかにすることができました。この情報を活用し、乾燥地での作物生産性を向上させるようなバイオテクノロジーへの応用が期待できます。今後は、代謝物質間だけでなく、遺伝子間の相関解析へと発展させ、メタボロームのデータを活用するために重要となる、より高度なメタボロームとトランスクリプトームの統合解析を行っていきます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター センター長
機能開発研究チーム チームリーダー
篠崎 一雄(しのざき かずお)
特別研究員 浦野 薫(うらの かおる)
Tel : 029-836-4359 / Fax : 029-836-9060

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. メタボローム
    ゲノム(genome)の-omeはラテン語で全体や総体という意味を表す。ゲノム(genome)が細胞内の全遺伝子(gene+ome)を指すように、メタボローム(metabolome)は細胞内で合成された全代謝物質(metabolite+ome)の総体を指す。しかし、植物における総代謝物質は20万種から100万種と考えられている。当然のことながら、現状技術ではすべての代謝物質を網羅することは不可能であるため、現状技術で検出可能な全代謝物質という意味で使われている。
  2. アブシジン酸(ABA)
    アブシジン酸(abscisic acid, ABA)は植物ホルモンの1つで、種子における休眠の調節や貯蔵物質合成誘導、乾燥ストレス下の葉における気孔の閉鎖やストレス応答性遺伝子の発現誘導などの生理作用が報告されている。
  3. 共同研究グループ
    かずさDNA研究所(柴田大輔博士、鈴木秀幸博士ほか)、東京大学大学院農業生命科学研究科(篠崎和子教授)、国際農林水産業研究センター(篠崎和子教授兼任、圓山恭之進博士)、理化学研究所バイオリソースセンター実験植物研究室(小林正智室長)との日本国内の共同研究による。
  4. NCED(ネオザンチン開裂酵素:)3
    NCED3遺伝子は、シロイヌナズナに存在するネオザンチン開裂酵素(9-cis-epoxycarotenoid dioxygenase)をコードする5個の遺伝子群の中の1つ。カロテノイドの酸化・開裂反応を行い、ABAの生合成に関与する。シロイヌナズナでは、NCED遺伝子群が生理的状況に応じてABA量を調節していると考えられている。乾燥ストレス下でのABA合成にはNCED3が律速遺伝子として機能している。
  5. GC-TOF/MS
    ガスクロマトグラフィー(GC)と飛行時間型質量分析計(TOF/MS)が一体化した分析装置。GCではサンプルを成分に分離するためのガス化と分離を行い、電子イオン化法によりイオン化された成分が、TOF/MSにより質量電荷比(m/z)に応じて検出される。
  6. CE/MS
    キャピラリー電気泳動(CE)と質量分析計(MS)が一体化した分析装置。イオン性代謝産物を測定するのに適した手法である。CEで化合物の電気泳動移動度の違いで分離を行い、MSにより検出される。
  7. マイクロアレイ(Microarray)
    細胞内の遺伝子発現量を測定するために、多数のDNA断片をプラスチックやガラスなどの基板上に高密度に配置した分析器具。今回、Agilent社製の「Arabidopsis 2 Oligo Microarray」を用いた。このアレイには約21,500遺伝子のDNA断片が配置されている。
  8. トランスクリプトーム
    遺伝子からの転写物(transcript)の総体(transcript+ome)。
  9. 相関係数(correlation coefficient)
    2つの確率変数の間の相関(類似性の度合い)を示す統計学的指標である。原則、単位はなく、-1から 1の間の実数値をとり、1に近いときは2つの確率変数には正の相関があるといい、-1に近ければ負の相関があるという。0に近いときはもとの確率変数の相関は弱い。

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野生型シロイヌナズナにおける乾燥ストレス応答性代謝物質(82個)

図1 野生型シロイヌナズナにおける乾燥ストレス応答性代謝物質(82個)

初期、中期、後期はそれぞれ乾燥ストレス2.5時間、5と10時間、15時間を表している。図中には既知物質のみを記述した。

乾燥ストレス下の野生型およびnc3-2変異体における メタボロームとトランスクリプトームの統合解析

図2 乾燥ストレス下の野生型およびnc3-2変異体におけるメタボロームとトランスクリプトームの統合解析

(a)はnc3-2変異体で蓄積が抑制される代謝物質を示し、(b)は蓄積が増加される代謝物質を示している。(c)~(h)までは、乾燥ストレス応答性の代謝物質合成経路と合成関連遺伝子の発現結果を示している。青字は乾燥ストレス下での各合成経路の律速酵素を表している。赤い矢印はABA依存的な制御を受けるステップを表している。(g)のラフィノースオリゴ糖合成系のみ、ABAに非依存的な制御を受けている。

野生型(a)とnc3-2変異体(b)の代謝物質相関関係

図3 野生型(a)とnc3-2変異体(b)の代謝物質相関関係

それぞれの記号は代謝物質を表し、赤は乾燥ストレスに応答して増加した代謝物質、黄色は変動がない代謝物質、青は減少した代謝物質を表している。相関係数0.8以上の代謝物質ペアが線で結ばれている。野生型では乾燥ストレス応答性のアミノ酸類が、強い相関関係を示している。単糖のフルクトース(Fru)とグルコース(Glc)、オリゴ糖のラフィノース(Raf)は異なったグループでネットワークを形成している。一方nc3-2変異体では、ラフィノース(Raf)とアミノ酸類の相関関係が強まり、野生型とは異なるネットワークを形成している。

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