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2009年2月16日

理化学研究所

軟骨・骨形成などに関与する因子「FGF9」の新たな関節形成制御機構を発見

-FGF9の二量体化が、FGF9の組織内局在をコントロール-

ポイント

  • FGF9の二量体化が、ヘパリンとの親和性を高め、組織内拡散を制限
  • FGF9の二量体化が、正常な肘・膝関節形成に必須と判明
  • 組織内浸透に優れたFGF医薬品の開発へ期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生体の成育などに欠かせない線維芽細胞成長因子の1種「FGF9※1」の単量体と二量体の機能の違いを解明し、二量体化が、正常な肘・膝関節形成に必須であることを明らかにしました。理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫器官形成研究グループの古関明彦グループディレクター、原田理代研修生らを中心とする研究グループ※2の研究成果です。

FGF9は、軟骨・骨形成などに関与するタンパク質で、溶液中において単量体と二量体の平衡状態にあることは報告されていましたが、それらの機能の違いや、二量体化の意義は不明でした。研究グループは、骨格に異常があり、歩行が困難な突然変異マウス(Eksマウス)を詳細に調べたところ、FGF9タンパク質のアミノ酸配列が1つ置換された結果、肘・膝関節癒合(ゆごう)を発症することを見いだしました。さらに、発症機序を調べたところ、このタンパク質(Eks変異型FGF9タンパク質:FGF9Eks)は、単量体と二量体の平衡が単量体側へ傾き、FGF9単量体は、二量体に比べてヘパリン※3との親和性が弱く、そのため、細胞表面や細胞間隙に存在するヘパラン硫酸プロテオグリカン※4との結合を逃れ、組織内での拡散が増大し、本来存在してはいけない肘・膝関節予定部位にまで到達して、異所的にFGF9シグナル伝達が起こり、関節癒合が起こることを明らかにしました。この研究により、FGF9の二量体化は、ヘパラン硫酸プロテオグリカンとの結合を介して、組織内での適正なFGF9シグナル伝達部位を規定し、正常な肘・膝関節発生を導くことが明らかとなりました。

FGFには、22種のファミリータンパク質が存在し、一部の正常型FGFは、既に褥創(じょくそう:床ずれ)、骨疾患、閉塞性動脈硬化症などの治療薬として使用や検討がされています。また、単量体のヘパリン親和性が二量体に比べ弱い性質を利用して、単量体の存在比を高めた変異型FGFタンパク質は、正常型FGFに比べて組織内浸透性の優れた治療薬として実用化できる可能性があることが分かりました。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月15日付け:日本時間2月16日)に掲載されます。

背景

2002年、研究グループは、骨格に異常があり、歩行が困難な突然変異マウス(Elbow-knee-synostosis mouse;Eksマウス)を見つけました。軟骨と骨を調べてみると、Eksマウスでは、本来肘・膝関節の軟骨になるべき部分が骨になっていることが分かりました(図1)。また、その原因遺伝子の候補としてFgf9を絞り込みました。今回、研究グループは、原因遺伝子Fgf9と肘・膝関節癒合の関係に着目し、発症機序の解明に取り組みました。

研究手法と成果

(1)Eksマウスの肘・膝関節癒合原因遺伝子の同定

EksマウスからRNAを抽出し、それを鋳型に作成したFgf9遺伝子の配列を調べました。その結果、Eksマウスでは、Fgf9遺伝子の塩基配列が1つ置換され、FGF9タンパク質のアミノ酸が1つ、別のアミノ酸に置換されていることを突き止めました。

このタンパク質をEks変異型FGF9タンパク質(FGF9Eks)と名付け、FGF9Eksがどのような機序で肘・膝関節癒合を発症させるのか、発症機序の解明に取り組みました。FGF9が、軟骨細胞などの産生細胞から分泌され、正常に機能し、標的細胞の増殖や分化を誘導するためには、細胞表面や細胞間隙に存在するヘパラン硫酸※5などの糖鎖に対する親和力の違いを利用して、FGF9分子が組織内の適正な場所に分布するとともに、分布したFGF9分子が、FGF受容体を介してシグナルを伝達することが必要であると考えられています。そこで、FGF9Eksを精製して生化学的解析を行い、次の4つのFGF9Eksの特徴を明らかにしました。

(2)FGF9Eksの生化学的特性

  • 1.正常型FGF9溶液とFGF9Eks溶液を、超高速遠心で単量体と二量体に分離し、それぞれ定量化しました(図2)。その結果、FGF9Eksは、二量体形成阻害が起きていることが分かりました。
  • 2.ヘパリンを固定したチップ上に、正常型FGF9溶液とFGF9Eks溶液を流し、結合速度と解離速度を測定しました。その結果、FGF9Eksは、正常型FGF9に比べ、ヘパリンに対する親和性が低下していました。
  • 3.正常型FGFとFGF9Eksの単量体と二量体について、それぞれのヘパリン親和性を、分子動態シミュレーションと結合自由エネルギー計算を用いて推定しました。その結果、FGF9Eksのヘパリン親和性低下は、二量体形成阻害に起因することが明らかとなりました。
  • 4.FGF受容体発現細胞に正常型FGF9とFGF9Eksを添加し、細胞増殖を測定しました。その結果、FGF9Eksは、FGF受容体を介したシグナル活性化能をある程度保持していることが明らかとなりました。

以上の結果から、「FGF9Eksは、FGF受容体を介したシグナル活性化能がある程度保持されているが、二量体形成が阻害されるためにヘパリンに対する親和性が低下している」というFGF9Eksの生化学的特性が判明しました。

次に、この生化学的特性が、どのように関節癒合とかかわるのかを生理学的に調べました。Eksマウスの肘・膝関節癒合は、恒常的にFGF受容体が活性化しているFGF受容体変異マウスの表現型と類似しています。そこで研究グループは、FGF9Eksが、関節予定部位でFGF受容体を活性化することにより関節癒合が発症するのではないかと予想し、EksマウスおよびFGF9Eksの生理学的な解析を行い、次の4つの知見を得ました。

(3)EksマウスとFGF9Eksの生理学的特性

  • 1.正常マウスとEksマウスについて、関節予定部位のFgf9遺伝子とFgf受容体遺伝子の発現を測定しました。その結果、正常マウス、Eksマウス共に、Fgf9遺伝子は、肘・膝関節予定部位の外側で発現し、Fgf受容体遺伝子は関節予定部位で発現していることが分かりました。
  • 2.ニワトリ肢芽(これから足となる部分)で正常型Fgf9遺伝子とFgf9Eks遺伝子を発現させ、関節形態を観察しました。その結果、正常型FGF9もFGF9Eksも、共に関節予定部位に存在すると、関節癒合を誘導することが判明しました。
  • 3.正常マウスとEksマウスの関節予定部位について、FGFシグナル伝達が起こると発現が上昇するEtv5遺伝子の発現を測定しました(図3)。その結果、正常マウスでは、肘・膝関節予定部位でFGFシグナル伝達はほとんど起こっていないのに対し、Eksマウスでは、肘・膝関節予定部位で異所的にFGFシグナル伝達が起こっていることを発見しました。
  • 4.正常型FGF9溶液およびFGF9Eks溶液を染み込ませたビーズをマウス前肢芽(これから手となる部分)に移植し、FGF9抗体を用いてFGF9の組織内での拡散を測定しました(図4)。その結果、FGF9Eksは正常型FGF9に比べ、マウス前肢芽組織で拡散部位が増大していることを確認しました。

以上の解析結果から、Eksマウスの肘・膝関節癒合発症機序について、「Eksマウスで産生されるFGF9Eksは、産生細胞から分泌された後、二量体形成が阻害されてヘパラン硫酸親和性が低い単量体の割合が増大するために、細胞表面や細胞間隙に存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンとの結合を逃れ、本来存在してはいけない肘・膝関節予定部位に拡散し、そこでFGF9シグナル伝達が引き起こされる結果、関節が癒合する」という結論を得ることができました(図5)。つまり、FGF9は、二量体化を介して組織内局在をコントロールしているという、新たなFGF9シグナル調節機構が明らかとなり、これまで謎であったFGF9二量体化の生理的意義を初めて解明することができました。

今後の期待

今回の成果により、FGF9の二量体化は、ヘパラン硫酸プロテオグリカンとの結合を介して組織内での適正なFGF9シグナル伝達部位を規定し、正常な関節発生を導いていることが明らかとなりました。関節がどのように形成されてくるのか、関節疾患がどのような機序で発症するのかは、まだ不明な点が多く残されていますが、今回の研究が、関節疾患の原因究明や新たな治療法の開発につながると期待できます。また、FGFは22種のファミリー分子が存在し、一部の正常型FGFは、既に骨疾患、褥創、閉塞性動脈硬化症などの治療薬として使用や検討がされています。また、変異型FGF9は、ヘパリン親和性が弱い性質を利用して、組織内浸透に優れた医薬品として実用化されることが期待されます。さらに、今回の研究により、ほかのFGFメンバーでも単量体と二量体の存在比をコントロールすることで、組織内浸透性を向上させることができるという可能性が見えてきました。

発表者

理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
免疫器官形成研究グループ グループディレクター
古関 明彦(こせき はるひこ)
Tel : 045-503-9689 / Fax : 045-503-9688

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.FGF9(Fibroblast Growth Factor-9)
    FGFとは繊維芽細胞成長因子で22種のファミリータンパク質が存在する。そのうちFGF9は、208個のアミノ酸からなるタンパク質で、溶液中において単量体と二量体の平衡状態を形成している。産生細胞から分泌された後、標的細胞にあるFGF受容体に結合すると、FGFシグナル伝達が起こる。胎生期から成人まで多くの組織で幅広く発現し、FGF9欠損マウスの解析から、骨、肺、心臓、精巣などでの機能が報告されている。
  • 2.今回の研究グループ
    理研免疫・アレルギー科学総合研究センター免疫器官形成研究グループ(平岡秀一、古関庸子)、千葉大学大学院医学研究院整形外科(村上宏宇、大河昭彦)、理研ゲノム科学総合研究センターシステム情報生物学研究グループ(沖本憲明、二木紀行、泰地 真弘人)、理研ゲノム科学総合研究センタータンパク質基盤研究チーム(赤坂領吾、白水美香子、横山茂之)、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科(中原貴、井関祥子)、名古屋大学大学院理学研究科(白石洋一、黒岩厚)、Department of Developmental Biology, Washington University School of Medicine (Dr. David M. Ornitz)の研究者との共同研究による。
  • 3.へパリン
    イズロン酸とグルコサミンの二糖繰り返し構造で、高度に硫酸化されている。硫酸基がマイナスに帯電しているため、種々の生理活性物質と相互作用する。ヘパリンは機能的にヘパラン硫酸とよく似ている。
  • 4.ヘパラン硫酸プロテオグリカン
    タンパク質にヘパラン硫酸が結合した分子で、細胞表面や細胞と細胞の間を埋める細胞外マトリクスの主要成分。FGFをはじめとする多種多様な細胞外シグナル分子と結合し、それらの分子の空間配置や受容体結合を調節している。
  • 5.ヘパラン硫酸
    硫酸化多糖で、ヘパラン硫酸プロテオグリカンの糖鎖成分として生合成される。いくつもの成長因子やタンパク質と相互作用を示す。
Eksマウスの表現型の画像

図1 Eksマウスの表現型

出生直後のマウスの骨格標本。水色は軟骨、紫色は骨を示す。Eksマウスは、肘・膝関節の本来軟骨になるべき部分が骨になっている(矢印)。

FGF9Eksは正常型FGF9に比べ二量体を形成しにくいの図

図2 FGF9Eksは正常型FGF9に比べ二量体を形成しにくい

超遠心速度法で分子分布を解析したところ、正常型FGF9は二量体を示したが、FGF9Eksは二量体より単量体の割合が多かった。

Eksマウスでは肘関節予定部位で異所的なFGFシグナル伝達が起こっているの図

図3 Eksマウスでは肘関節予定部位で異所的なFGFシグナル伝達が起こっている

胎生11.5日の正常マウスとEksマウスの前肢芽について、FGFシグナル伝達により発現が上昇するEtv5遺伝子の発現を測定。正常マウスにおける肘関節予定部位は、軟骨原基に発現しているCol2a1の切れ目の部分(矢印)。正常マウスでは、関節予定部位でEtv5遺伝子はほとんど発現していないが(矢印)、Eksマウスでは、関節予定部位でEtv5遺伝子が異所的に発現している(矢印)。

FGF9Eksは正常型FGF9に比べ、マウス肢芽組織で拡散が増大するの図

図4 FGF9Eksは正常型FGF9に比べ、マウス肢芽組織で拡散が増大する

胎生10.5日のFgf9欠損マウス前肢芽に、正常型FGF9溶液およびFGF9Eks溶液を染み込ませたビーズを移植後、FGF9抗体を用いて染色し(写真赤色)、組織内での拡散を調べた。FGF9Eksは正常型FGF9に比べ、マウス肢芽組織で拡散部位が増大している。

Eksマウスの肘・膝関節癒合発症機序の図

図5 Eksマウスの肘・膝関節癒合発症機序

Eksマウスで産生されるFGF9 Eksは、筋原細胞から分泌された後、二量体形成が阻害されてヘパラン硫酸親和性が低い単量体の割合が増大するために、細胞表面や細胞間隙に存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンとの結合を逃れ、本来存在してはいけない肘・膝関節予定部位に拡散し、そこで異所的にFGF9シグナル伝達が引き起こされる結果、関節形成が抑制される。

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