広報活動

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2009年2月17日

理化学研究所

金属の立体構造をナノスケールで形成する光加工技術を確立

- 金属イオンの結晶化を制御し、ナノ金属を3次元的に自在に加工 -

ポイント

  • 金や銀のイオンをレーザーで還元し、局所的に金属化させて微細構造を形成
  • 界面活性剤で金属の結晶の大きさを制御して、ナノスケールの分解能を実現
  • 生体センサー、高効率太陽電池、医療利用など幅広い分野への応用に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、赤外レーザーの「2光子還元法」という手法と、「n-Decanoylsarcosine Sodium Salt(NDSS)※1」という界面活性剤を使って、ナノメートル(nm:10億分の1メートル)サイズの立体的な金属を自在に創り出す技術の開発に成功しました。理研基幹研究所田中メタマテリアル研究室の田中拓男准主任研究員と河田ナノフォトニクス研究室の武安伸幸協力研究員らの研究成果です。

金や銀といった貴金属を、ナノメートルサイズの微粒子にして光を照射すると、金属表面の自由電子が光の電場によって振動を起こし、「表面プラズモン※2」が起こります。さらに、このナノ微粒子を適切な形に加工し、それらを集めて3次元的な構造体を形成すると、その形状を反映して、光に対し特異な性質を持つようになります。こうした材料は「メタマテリアル」と呼ばれるとともに、表面プラズモンを利用した技術分野は「プラズモニクス」と呼ばれ、メタマテリアルもプラズモニクスも近年世界中で盛んに研究されている研究分野です。

このようなメタマテリアル/プラズモニクス分野での1つの課題は、金属の3次元的な微細構造を加工できないことでした。現在の微細加工技術では、光リソグラフィー※3や電子線リソグラフィー※3などが有名ですが、これらの手法は基本的に写真露光技術の応用であり、2次元である平面状のパターンを加工することはできても、3次元である立体的な構造を加工することはできません。今回、赤外光を使って、ナノメートルの精度で、金属を立体的に自由に形成できる新しい加工技術の開発に成功しました。これまでの微細加工技術における1つのブレークスルーとなります。

本研究成果は、2月18日から東京ビッグサイトで開催の『国際ナノテクノロジー総合展・技術会議』にて展示発表します。

背景

金や銀といった貴金属の輝きは、有史以来人々を魅了してきました。この美しい貴金属を、ナノメートルサイズの微粒子にして光をあてると、さらに新しい機能を発揮します。例えば、塊だと金色に輝く金も、ナノメートルサイズでは、まるで赤ワインのような輝きに色を変えます。金のナノサイズの微粒子が赤く色づくのは、赤色以外の光、とりわけ緑色の光をよく吸収するからです。このように、金が緑色の光を吸収するのは、金の表面の自由電子が、ちょうど緑の光の振動数に共鳴してよく振動するためです。このような自由電子の振動は、「表面プラズモン」と呼ばれています。表面プラズモンが金属表面に生成されると、金属の表面近傍には強い電磁場、つまり明るい光が生成されます。この明るい光は、新たな超高感度の化学センサーや、高効率の太陽電池などに応用できます。さらに、この金属の微粒子を、ナノメートルサイズの微細構造を持った立体構造に加工して、表面プラズモンを発生させると、加工した立体構造は、あたかも新規な光学特性を持つ物質のように振る舞います。研究グループは、このような表面プラズモンを利用して新しい光学特性を発現させた人工物質を、特に「プラズモニック・メタマテリアル」と呼び、この物質を使って、通常の物質では正の値しか取り得ない屈折率を負の値にしたり(2006年1月13日プレス発表)、物質の境界を越えて、光を自在に透過できる光学素子を作り出したり(2006年4月6日プレス発表)することに成功しています。現在、表面プラズモンを利用した光技術分野は「プラズモニクス」と呼ばれており、最近では、メタマテリアルと併せて世界中で活発に研究されるようになっています。

このような、自然界には存在しない、特異な光学特性を決める要因は、物質(元素)そのものではなく形(構造)です。つまり、メタマテリアルやプラズモニクス分野において、今最も強く求められている技術が、金属をナノメートルのスケールで自在に3次元的に加工できる技術です。しかし、現在の微細加工技術では、平面状の加工しかできません。例えば、コンピュータの中で頭脳の役割を担い、最先端加工技術が結集したエレクトロニクス素子の代表であるCPU(中央演算装置)は、光リソグラフィーという手法で加工されています。この手法は、数十ナノメートルという高い分解能で、金属の配線を加工することが可能です。しかし、光リソグラフィー技術は、写真技術を基礎とした縮小露光転写技術なので、平面状の2次元パターンを作ることしかできません。

研究手法と成果

今回研究グループは、ナノメートルサイズの分解能で、立体的な金属構造を自在に作製可能にする、まったく新しい加工技術を開発しました。この技術では、レーザーを使って直接金属構造を生成します。このレーザーを、金属イオンが満ちている空間中で走査させて、まるで鉛筆で絵を描くように、自在に金属の3次元構造体を生成する、というものです。

今回の成功には、「2光子還元法」と呼ばれるレーザーを用いた金属の生成技術、材料の配合比やレーザー照射条件の最適化、界面活性剤の添加、という3つの開発要素が必要でした。

  1. 2光子還元法
    2光子還元法とは、金属イオンを光で還元して金属化させる技術で、その基本は、レーザーを照射しながら金属を生成する技術です。これは研究グループが独自に発明した方法で、金属構造のもととなる素材は、金属のイオンを含んだ水溶液や樹脂を用います。金属である金や銀のイオンは、紫外線の波長域に吸収を持つので、紫外光を照射すると、金属イオン(今回の場合は金のイオンや銀のイオン)が紫外光から光エネルギー※4を得て還元され、金属化します。2光子還元法では、レーザーに紫外光ではなく、振動数が紫外光の約半分という、エネルギーの小さな赤外光を使用します。この場合、金属のイオンに赤外光を照射しても、そのままではエネルギーが足りず、イオンは金属化しません。しかし、極めて大量の(光子密度が高い)赤外光をイオンに照射すると、イオンが2つの光子を同時に吸収して、ちょうど2倍の、紫外光のエネルギーに相当する光吸収が起こります(図1)。これを2光子吸収と呼びます。そこで、光子密度が高い状態を得るために、赤外光のレーザーを、100フェムト秒(fs:10のマイナス15乗秒)という極短時間で発振できるフェムト秒レーザー※5を使い、さらに、このレーザー光を、レンズを用いて空間中の1点に集光させて、時間的かつ空間的に光子を圧縮しました。その結果、ある一瞬のある一点(集光点)で、2光子吸収を起こして金属イオンを金属化できるような、極めて光子密度が高い光の場を作り出すことができました。 この場合、集光点の前後のレーザー光が広がった領域では、光子密度が低いため2光子吸収は起こらず、イオンは金属化しません。つまり、レーザー光は、物質中を突き抜けて伝搬するだけです(図2)。この特徴を利用し、まるで鉛筆で絵を描くように、レーザースポットの軌跡上に微細な金属の構造を生成することに成功しました。この技術が、従来困難であった、金属の立体的な微細構造を作り出す鍵となります。
  2. 形成条件の最適化
    金属イオンを2光子還元法で金属化するとき、単にフェムト秒レーザーをイオンに照射しただけでは、バラバラな金属イオンがそれぞれナノ微粒子を形成し、単なる金属微粒子の分散体ができるだけです。つまり、連続した1つの金属構造にはなりません。そこで研究グループは、金属イオンの濃度やレーザーの照射条件を、目的の形、環境ごとに最適化し、金属微粒子同士が互いに接続した1つの連続体として還元されるように調整しました。その結果、ガラス基板上にさまざまな形の銀の立体構造を作ることに成功し、電子顕微鏡で観察することができました(図3(a)、(b)、(c))。このように自立している金属の立体構造は、従来の光リソグラフィーの手法では作れません。さらに、光が透過する、例えばアクリル樹脂といった透明な材料に金属イオンを分散させて、その内部に金の金属構造を作ることもできました(図3(d))。しかし、これらの構造体は、どれも加工分解能がマイクロメートル(μm:100万分の1メートル)サイズであり、作製した金属構造の表面はゴツゴツしていました。
  3. 界面活性剤の添加
    研究グループは、加工分解能をマイクロメートルからナノメートルサイズに向上させるため、還元されて析出する金属そのものを制御する手法の確立に成功しました。イオンが還元されて金属が生まれる時に、金属は結晶化します。レーザー照射で最初の金属の核ができると、後は連鎖反応的に、一瞬で金属の結晶が大きく成長していきます。結晶は、時には1マイクロメートル程度の大きさにまで成長することがあり、ナノメートルサイズの高い加工分解能を実現することができません(図4)。そこで研究グループは、加工材料中に界面活性剤を添加して、問題となる金属結晶の成長を制御する方法を検討しました。試行錯誤した結果、n-Decanoylsarcosine Sodium Salt(NDSS)という界面活性剤が有効であることを見いだしました。界面活性剤は、金属イオンと結合して沈殿を生じるものが多いのですが、NDSSは、金属イオンとは反応せず、生成した金属微粒子とだけ選択的に結合する、という2光子還元法に効果的な特性を持っています。このNDSSを材料に添加すると、レーザー照射により金属の核ができた瞬間に、NDSSが金属表面を覆います(図5)。このNDSSが邪魔になって、新たな金属原子が核表面に付着できなくなり、結晶は大きく成長できません。その結果、個々の金属微粒子のサイズが、約10ナノメートル程度に極微小化し、生成した金属の構造は、100ナノメートル程度にまで細線化できました。実際に、波長800ナノメートルの近赤外レーザー光を使用して、その回折限界※6を超えた、120ナノメートルの線幅の銀の細線を作製することができました(図6)。界面活性剤を添加した場合とそうでない場合の実験結果を同じスケールで比較すると、加工分解能が約10倍と、劇的に改善されていることが分かります(図7)。また、ガラス基板上に線幅約180ナノメートルの銀線を垂直に立てたり(図8)、銀のピラミッド構造を作製したり(図9)することにも成功しました。こうして、世界で初めて、ナノメートルサイズの3次元の金属構造を自在に形成する技術を確立し、微細加工技術におけるブレークスルーをもたらしました。

今後の期待

ナノメートルサイズで、立体的な金属構造を形成できる技術は、プラズモニクスやメタマテリアル分野の研究に飛躍的な進歩をもたらします。今後、表面プラズモンが作り出す強い光の場は、新たな超高感度の化学・生体センサーや高効率太陽電池、高輝度発光デバイス、ナノメートル光回路などを可能にすると大きく期待されています。また、この立体的な金属の加工技術は、配線不良が原因で従来は捨ててしまっている半導体デバイスの配線修復や、3次元配線技術への応用はもちろん、加工材料を金、銀以外の、例えば生体に適合する材料へ展開できると、心臓血管の狭窄部を支える微細なステントの加工など、極めて幅広い技術に利用できると注目されています。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 田中メタマテリアル研究室
准主任研究員 田中 拓男(たなかたくお)
Tel : 048-467-9341 / Fax : 048-467-9441

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. n-Decanoylsarcosine Sodium Salt(NDSS)
    界面活性剤の1つ。界面活性剤とは、1つの分子内に親水基と疎水基の両方を持つ分子の総称である。n-Decanoylsarcosine Sodium Saltの分子構造は、CH3(CH28-CO-N(CH3)-CH2-COONa。1つの分子の中にカルボキシル基と、アミノ基とカルボキシル基が脱水重合した所謂ペプチド結合が存在する。これらの官能基が金属と選択的に結合し、金属結晶の成長の制御に機能していると考えている。
  2. 表面プラズモン
    金属表面の自由電子の集団的な縦波振動のことで、金属表面を波として伝搬する。表面プラズモンは、電荷をもった電子の振動なので電場(光)を伴っているが、この電場が局所的に著しく増強されたり、伝搬する表面プラズモンの波長が、光の波長より短くなるといった特徴がある。
  3. 光リソグラフィー、電子線リソグラフィー
    被加工材料(一般には平面上の基板)に、光や電子線に感受性を持つマスキング剤(一般にレジストと呼ばれる)を塗布し、このマスキング剤を光や電子線で感光しパターニングする。その後、このレジスト膜をマスクとして、下の基板に微細なパターンを構築する技術。
  4. 光エネルギー
    光エネルギーは、光の強さではなくその振動数で決まる。赤色の光は、振動数が低くてエネルギーは小さく、紫色の光は振動数が高くて大きなエネルギーを持つ。紫外光にあたると日焼けするが、赤外線の光をいくら浴びても日焼けしないのは、2つの光のエネルギーの違いが原因。
  5. フェムト秒レーザー
    1フェムト秒は、10のマイナス15乗秒。今回用いたレーザーは、約100フェムト秒のパルス幅を持つレーザー。1秒間に地球を7周半(3億メートル)する光でも、100フェムト秒の間には、わずか30マイクロメートルしか進まない。30マイクロメートルは人の髪の毛の直径の約半分。フェムト秒レーザーとは、フェムト秒オーダーのほんの一瞬だけ輝くレーザーで、その短い時間の中に光子が集中しているので、瞬間の光子密度は極めて強くなる。
  6. 回折限界
    光をレンズで集光した時に、これ以上小さく絞り込むことができない、という最小のサイズ。光は波の性質を持つため、集光点はレンズで絞っても理想的な点にはならず、必ず有限の大きさに広がる。そのサイズはおおよそ光の波長程度で、波長800ナノメートルの光なら、800ナノメートルより小さい光の集光点は作れない。

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光吸収(1光子吸収と2光子吸収)

図1 光吸収(1光子吸収と2光子吸収)

金属イオンは飛び飛びのエネルギー状態を持っており、エネルギーを与えると低いエネルギーの状態から高いエネルギーの状態へ移る。光でエネルギーを与えるには、これら2つの状態のエネルギー差に対応する振動数の光を照射しなければならない。
(a) 紫外光は十分なエネルギーを持っているので、イオンは光のエネルギーを吸収し、その後金属に還元される。
(b) 赤外光はエネルギーが小さいため、金属イオンを十分に励起することができず、イオンは金属化しない
(c) 赤外光であっても、極めて大量の(光子密度が高い)光をイオンに照射すると、光子2つ分のエネルギーをイオンが同時に吸収して、光が持つエネルギーの2倍のエネルギー差の光吸収を起こすことがある。

2光子還元法

図2 2光子還元法

金属イオンはレーザーの集光点だけで金属化し、形成される金属構造のもととなる。

2光子還元法で作製した金属構造

図3 2光子還元法で作製した金属構造

(a) 基板上に自立したコの字型のアーチ部の電子顕微鏡写真
(b) 基板上に自立したグラス状構造物の電子顕微鏡写真
(c) 基板上に自立した銀ロッドの電子顕微鏡写真
(d) アクリル樹脂の中に作った金の構造の光学顕微鏡写真
金属表面がゴツゴツしている。

マイクロメートルサイズに成長した金属結晶

図4 マイクロメートルサイズに成長した金属結晶

銀イオンから2光子還元法で作った銀線の電子顕微鏡写真。ゴツゴツした岩のような構造で、大きく成長した金属の結晶が観察できる。これでは銀線の幅を1マイクロメートルより細くすることはできない。

界面活性剤NDSSの結晶成長抑制効果

図5 界面活性剤NDSSの結晶成長抑制効果

120ナノメートル銀ラインの電子顕微鏡写真

図6 120ナノメートル銀ラインの電子顕微鏡写真

従来法との比較

図7 従来法との比較

界面活性剤で金属の結晶成長を抑制すると、飛躍的に加工分解能が向上する。

ガラス基板上に自立する銀ナノロッド

図8 ガラス基板上に自立する銀ナノロッド

2光子還元法で作製した3次元ナノ金属構造

図9 2光子還元法で作製した3次元ナノ金属構造

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