広報活動

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2009年7月14日

独立行政法人 理化学研究所

電極表面上に固定したカーボンナノチューブに量子ドットの一次元配列を発見

-カーボンナノチューブを電極に直接固定する乾式接触法で作製 -

ポイント

  • 量子ドットがカーボンナノチューブに6.42nm周期で配列
  • 電極原子とカーボンナノチューブ原子との相互作用で量子ドットを実現
  • カーボンナノチューブを用いた“機能性量子デバイス”の開発に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、銀の電極表面上に固定した1本の単層カーボンナノチューブ(SWCNT)に、量子ドットが6.42nm(1nmは10億分の1m)の間隔で規則正しく一次元配列することを発見し、その形成メカニズムを解明しました。これは理研基幹研究所(玉尾皓平所長)川合表面化学研究室のシン・ヒョンジュン(Hyung-Joon Shin)客員研究員、シルバン・クレア(Sylvain Clair)日本学術振興会外国人特別研究員、金有洙専任研究員、川合真紀主任研究員らによる研究成果です。

SWCNTは、炭素原子だけの単層からできた直径数nmの超微細な筒状の物質で、その独特な一次元構造や特異的な電子構造から、将来の高性能エレクトロニクス素子※1への応用が期待されています。そのため、SWCNTを用いた単分子素子の開発を目指して、し烈な競争が世界各国で繰り広げられています。中でもSWCNTが発揮する量子効果により個々の電子を制御する機能は、単一電子で作動するトランジスタなどのエレクトロニクス素子を実現できると注目されています。この高機能・高性能エレクトロニクス素子を実現するためには、SWCNTに量子ドット※2を規則正しく配列する技術が欠かせません。

研究チームは、1本のSWCNTを銀の電極表面に直接吹き付ける「乾式接触法」で固定(接合)すると、銀原子の配列と炭素原子の配列の周期の違いを反映して、SWCNTに6.42nmの間隔で量子ドットが規則正しく、波状に現れることを発見しました。同時に、この波状の形状に起因して、銀の電極表面とSWCNTとの間の電子のやり取りが、原子レベルで規則性を持って変化することを、原子レベルの空間分解能を有する走査型トンネル顕微鏡(STM)※3を用いて明らかにしました。本研究により、SWCNTのようなnmサイズの一次元物質を用いて、単分子スイッチや単分子トランジスタなどの単分子素子を実現する新たな原理を提案することになります。

本研成究果は、英国の科学雑誌『NATURE NANOTECHNOLOGY』オンライン版(7月13日付け:日本時間7月14日)に掲載されます。

背景

氾濫する情報を的確に処理し、豊かで便利な現代社会は、半導体デバイスなどのエレクトロニクス素子の開発によって支えられてきました。近年、ますます高速で、大量の情報処理が求められ、既存のリソグラフィー技術では達成できないほどの微細加工技術が必要とされています。そこで、微細な材料そのものを、直接エレクトロニクス素子として機能させる試みが盛んになっています。その中の1つ、SWCNTは、グラファイト状の炭素原子面を丸めた円筒状構造を持ち、その直径はnmオーダーのサイズと極めて微小な物質です。そのため、微細加工技術の限界に達しつつあるシリコン系を材料としたエレクトロニクス素子に代わる微細素子として、最近注目を浴びています。SWCNTを用いたエレクトロニクス素子の実現を可能とするためには、SWCNTを金属の電極表面に接合し、接合部分の電気伝導特性を、原子レベルの空間分解能で理解することが欠かせません。

SWCNTを電極表面に接合する従来の方法は、SWCNT粉末を溶媒に分散させ、電極材料である金の表面へ付着させる、というものでした。しかし、①溶媒分子が表面に残り、電極表面の電子状態を変えてしまう、②電極表面には、金の単結晶のさまざまな面のうち、化学的に不活性な面しか使えない、③溶液中ではSWCNT同士が絡み合い、単一のSWCNTを得ることが極めて難しい、などさまざまな問題点があり、SWCNTの電子状態を原子レベルで調べることはできていませんでした。さらに、究極のエレクトロニクス素子とも呼ばれる単一電子トランジスタ(SET)※4をSWCNTで実現するためには、微細な量子ドットをSWCNT上に規則正しく形成することが必要とされていましたが、これも実現していませんでした。

研究手法と成果

(1)清浄化した銀単結晶表面に直接SWCNTを固定

研究チームは、溶媒を使わず、SWCNT粉末を電極表面に直接吹き付ける「乾式接触法」という方法を、金属の単結晶表面に初めて適用しました。具体的には、10-8 Torr(1Torrは760分の1気圧)という超高真空の極めてクリーンな環境下で、銀の単結晶電極表面に1本のSWCNTを蒸着して固定化することに成功しました。これにより、原子レベルで清浄な試料作製が可能な上、電極表面には化学的に不活性な単結晶の面を使わなくてはならない、という制限がなくなり、さまざまな電極材料の任意の表面上にSWCNTを直接接合し、電子状態などの物性を原子レベルで評価することができるようになりました。

(2)SWCNT上に周期的に配列した量子ドットの発見

乾式接触法で固定した1本のSWCNT(図1a)の真ん中部分を、長さ方向に沿って高さを測定したところ(図1b)、山と谷が6.42nmの間隔で周期的に配列していることが分かりました。さらに原子レベルの空間分解能を有するSTMを用いて電気伝導特性を調べたところ、伝導帯※5価電子帯※5の間隔(バンドギャップ)が一定に維持されるとともに、伝導帯と価電子帯の両方が、高さの周期と同調して波模様を形成することを観察しました(図1c)。これは、約40年前に江崎玲於奈博士が予測した通り、一次元物質のバンド構造は周期的に制御することが可能であることを意味します。江崎博士のモデルによると、SWCNTのような一次元物質に、局所的に電子が集まる構造(量子ドット)を作ることができると(図2)、今回観測したような波模様のバンド構造が得られる、と提案しています。今回、SWCNTに、6.42nmの間隔で周期的に配列した量子ドットを、世界で初めて発見しました。

(3)SWCNT上における量子ドットの周期的配列のメカニズムの解明

銀の電極と結合させた1周期分の長さのSWCNTをSTMで観察すると、SWCNTの直径は6.08Å(オングストローム:1Åは100億分の1m)で、SWCNTと電極表面の銀原子の配列(図3(a)の右上の挿入図)の角度は16度で固定していることが分かりました。さらに、SWCNTの底面の炭素原子が電極表面に対してどのような配列をしているのかを示す模式図(図3(b))と見比べると、SWCNTの波模様の形状の周期性は、電極表面の銀原子の配列とSWCNTの炭素原子の格子配列の周期がお互いに異なり、格子の整合性が6.42nm間隔で一致することに起因することが明らかとなりました。これは、SWCNTと電極表面との電子的相互作用の違いが、原子レベルの空間分解能を持って局所的に存在し、その結果量子ドットが周期的に形成されたことを意味します。この一次元的に形成される量子ドットの間隔は、SWCNTの対称性や、電極表面の原子との相対的な角度を変えることにより、制御することができます。

今後の期待

今回の研究結果は、SWCNTと電極表面との局所的相互作用により、量子ドットを規則正しく形成できることを明らかにしました。すでに研究チームは、絶縁体上にSWCNTを直接固定することにも成功しています。今回の成果とあわせると、エレクトロニクス素子を開発する上で欠かせない、主要な要素技術を確立したことになります。今後、SWCNTを用いた単一電子トランジスタや量子コンピュータなど、量子効果に基づいた次世代超微細エレクトロニクス素子の開発に向け、新たな指針を与えることが期待されます。

原論文情報

発表者

理化学研究所
基幹研究所 川合表面化学研究室
専任研究員 金 有洙(きむ ゆうす)
Tel: 048-467-4073 / Fax: 048-462-4663

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. エレクトロニクス素子
    電子(エレクトロン)が持っている電荷を操作するための素子。例えば、各種トランジスタやダイオードなどのエレクトロニクス素子は、この電荷の蓄積、放電、さらに電子を流したり止めたりすることにより、その動作が設計されている。
  2. 量子ドット
    一般的に、10nm程度の大きさを持つ電子の入れ物で、電子が持っている電荷を操作するための素子。量子ドットに閉じこまれた電子は、ドットのサイズによりそのエネルギー状態も変化する。その特異な電気的性質により、単電子トランジスタ、量子テレポーテーション、量子ドットレーザそして量子コンピュータへの応用が期待されている。
  3. 走査型トンネル顕微鏡 (STM)
    先端を尖がらせた針(探針)を、サンプルの表面をなぞるように走査して、その表面の状態を観察する顕微鏡。金属探針とサンプル間に流れるトンネル電流を検出し、その電流値を探針とサンプル間の距離に変換させ画像化する仕組み。
  4. 単一電子トランジスタ (SET)
    量子の世界に特有なトンネル効果などの現象を利用し、電子を1つ1つ制御してさまざまな演算を行うトランジスタ。SETを実現するには、量子ドットが大きな役割を果たすと考えられている。理論的には、今よりはるかに高性能で低消費電力なコンピュータが実現するとされる。
  5. 伝導帯、価電子帯
    バンドギャップを定義する絶縁体や半導体において、電子によって満たされた一番高いエネルギーバンドを価電子帯と呼び、バンドギャップの直上にある、空のバンドを伝導帯と呼ぶ。

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電極上に固定化したSWCNTの様子

図1  電極上に固定化したSWCNTの様子

(a) 「乾式接触法」により超高真空下で、清浄な銀の電極表面に固定したSWCNT。表面上にSWCNT以外の不純物は存在しないことが分かる。

(b) SWCNTの中心部分を長さ方向に沿って測定した高さの情報。山と谷との高さの差は約9 pm(1pmは1兆分の1m)、山と山との間隔は6.42nm。

(c) (a)の黒い線に沿って測定した走査トンネルスペクトル。(b)で示されている高さの変調と同調したバンドギャップの変化が観測できた。

SWCNTのような1次元物質に局所的に電子が集まる構造(量子ドット)

図2 SWCNTのような1次元物質に局所的に電子が集まる構造(量子ドット)

量子ドットの規則的な形成によりバンドギャップが一定に保たれながら変調する様子を示す模式図。

SWCNTの周期的な構造の様子

図3 SWCNTの周期的な構造の様子

(a) 1周期分の長さのSWCNTの原子レベルの高解像度STM像。

(b) SWCNTの炭素原子(黒丸)が基板表面の銀原子(白丸)と接触している様子を調べるために、SWCNTを展開した模式図。基板表面と相互作用を持つSWCNTの炭素リング部分(黄色)のうち、基板に一番近い炭素リング(赤丸)に着目すると、6.42nmの周期が説明できる。

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