広報活動

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2009年7月27日

独立行政法人 理化学研究所

50兆分の1秒で起こる電子状態変化を、光電子イメージングでとらえる

-分子内化学反応のリアルタイム観測に新たな一歩-

ポイント

  • 世界最高の時間分解能で、ピラジン分子の光化学反応の超高速電子状態変化を初計測
  • 光パルス照射で発生する光電子の速度や角度分布から、反応途上の電子状態を解明
  • さまざまな光化学反応の電子状態変化をリアルタイムで観測可能に

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、光化学反応の途中で分子内の電子状態が高速変化する様子を、22フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)という世界最高の時間分解能※1でとらえることに成功しました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)鈴木化学反応研究室の堀尾琢哉基礎科学特別研究員(現京都大学助教)、藤貴夫専任研究員、鈴木喜一客員研究員、鈴木俊法主任研究員による研究成果です。

分子が紫外光を吸収すると、高エネルギーの電子状態となり、光化学反応が起こります。身近な例では、印刷物に光が当たってインクの色が退色するのもこの光化学反応の仕業です。また、視覚をつかさどるロドプシンというタンパク質内では、可視光を吸収するとレチナール分子※2の二重結合が回転し、目に入った光信号を検出する役割を果たしています。一方、DNAの塩基のように、生命の設計図として機能し、後世に遺伝情報を正しく伝える分子は、紫外光を吸収しても壊れず、安定に存在し続ける必要があります。そのため、これらの分子では吸収した光エネルギーを速やかに熱に変換し、廃棄する過程(内部転換)が常に働いています。内部転換を高速に起こすためには、高いエネルギーの電子ポテンシャルと低いエネルギーの電子ポテンシャルが交わり、分子が高い電子状態から低い電子状態に乗り換える反応が起こります。この乗り換えは、電子ポテンシャルが、漏斗の形状を作った時に最も効率が高いことが知られており、一般的に円錐交差と呼ばれます(図1:上下のポテンシャル曲面が円錐状に交わること)。この円錐交差を経た内部転換は、30フェムト秒以内に起こる超高速過程で、多原子分子の高速エネルギー変換に最も重要な反応過程となっています。

研究グループは、分子内の化学反応を観測するために、超高速内部転換を示す代表的な分子とされる、ピラジン(C4H4N2)という平面型の芳香族分子をターゲットに定めました。ピラジン分子はこれまで多くの理論研究が行われていましたが、実際にリアルタイムで化学反応を観測することは困難でした。研究グループは独自に開発した極短パルス光源と光電子画像観測装置を駆使し、反応途中のピラジン分子から時々刻々と電子を放出させ、その散乱分布を可視化しました。その結果、ピラジン分子の内部転換(電子状態の変化)に伴って、放出される電子(光電子)の放出角度分布が高速に変化する様子を世界で初めて捉え、内部転換の実験的観測に成功しました。同時に、この内部転換の検出には、分子内の電子が独立に運動した場合には起こらない、non-Koopmans型過程※3と呼ばれるイオン化過程の観測が、特に重要であることを発見しました。なお、この研究は独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」における研究課題「真空紫外・深紫外フィラメンテーション極短パルス光源による超高速光電子分光」(研究代表者 鈴木俊法)の一環として行われました。

本研究成果は、米国化学会誌『Journal of the American Chemical Society』に近く掲載されるに先立ち、オンライン版(7月10日付け:日本時間7月11日)に掲載されました。

背景

極短光パルス技術の発展により、フェムト秒という極めて時間幅の短いパルスを使って、光化学反応をリアルタイムで観測することが可能になりつつあります。しかし、これまでの方法では、第1の光パルスで反応を開始した後、反応途中の分子が第2の光パルスを吸収する際のスペクトル変化(吸収する色)を観測しているため、反応途中の分子の構造変化を追うことはできても、化学反応を駆動する電子運動の変化を明らかにすることはできませんでした。分子構造の変化や結合の解離は、高速の電子運動の変化によって原子核が動かされた結果として起こっているため、「反応途中の電子状態の変化」を追跡することが、化学反応の本質を導き出すと考えられます。これまでに基幹研究所鈴木化学反応研究室では、高速の電子状態の変化を観測するフェムト秒光電子イメージング法を世界に先駆けて開発し、光電子の3次元分布の測定を可能にしました。多くの分子の光吸収は紫外線領域にあり、反応を実時間で追跡するための極短光パルスの発生が困難でしたが、同研究室では多波長フィラメンテーション法※4を用いた新しい光源を開発し、22フェムト秒という世界最高の時間分解能での光電子イメージングを実現してきました。

研究手法

研究グループは、ピラジン分子を真空内に導入し-270℃という極低温の気体を発生させるとともに、直径数mmの細いビームとしました。その分子ビームに対して、波長260nm(1nmは10億分の1m)で、パルス幅が14フェムト秒の第1の光パルスを照射し、ピラジン分子を第二エネルギー状態(π-π*状態)に励起しました。その直後、高いエネルギー状態のピラジン分子は、漏斗型のポテンシャル面を滑り降り、第一エネルギー状態(n-π*状態)へと変化します。この時、低下した分の電子エネルギーは振動エネルギーに変換されます。この様子を観測するために、第1の光パルスを照射してから0~300フェムト秒の遅延時間を設け、波長200nm、パルス幅が17フェムト秒の第2の光パルスを反応途中のピラジン分子に照射し、ピラジン分子内の電子を真空中に放出させました。放出した電子(光電子)の運動エネルギーと放出角度は、真空中に飛び出す直前の電子状態の性格や性質を反映しています。この放出したすべての光電子を静電場によって加速し、特殊なスクリーンに投影する手法を使って、時々刻々と変化する光電子の散乱画像を撮影し、運動エネルギー分布と放出角度分布から電子状態の高速な変化を可視化しました。

研究成果

研究グループは、π-π*状態からn-π*状態へと内部転換する寿命を、23±4 フェムト秒と正確に決定しました。観測した光電子散乱画像を、光電子の運動エネルギーEと時間tに対して解析したところ、Eが約0.9 eV(エレクトロンボルト)の光電子放出角度分布は、光の電場に対して垂直になったり平行になったり、時間とともに急激に変化することが明らかになりました(図2、今回の場合は橙色から緑色に変化)。一方、電子のエネルギー分布自体は、時間に対する変化は非常に小さいことが分かりました。この結果は、ピラジン分子がπ-π*状態から、n-π*状態へ高速に変化することを初めてとらえただけでなく、このような電子状態変化の観測において放出角度分布の観測が重要であることを明快に示したものです。

また、0.9 eVの光電子運動エネルギーを放出する過程は、電子が分子内で独立に運動すると考えるモデルでは説明できない過程であり、電子運動の相関の影響を明確に示す過程 (non-Koopmans型過程)であることを発見しました。このことから、ピラジン分子の高速内部転換の観測には、non-Koopmans型のイオン化過程が本質的に重要であることが明らかとなりました。

今後の期待

本研究では、独自開発した光電子イメージング法および極短パルス光源を用いて、多原子分子の内部転換をリアルタイムにとらえることに成功しました。円錐交差を経由した内部転換過程は、ほぼすべての高速光化学反応やエネルギー移動反応で見られる普遍的なものです。この世界最先端の研究手法を用いれば、種々の光化学反応における電子状態変化を、リアルタイムで観測することが可能となります。さらには理論計算(量子化学計算)との詳細な比較により、光化学反応の全容解明、さらには反応制御へ向けた応用研究への道を切り開くものと期待できます。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 鈴木化学反応研究室
主任研究員 鈴木 俊法(すずき としのり)
Tel: 048-467-1411 / Fax: 048-467-1403

専任研究員 藤 貴夫(ふじ たかお)
Tel: 048-467-1434 / Fax: 048-467-1403

京都大学大学院理学研究科 化学専攻 物理化学研究室
助教 堀尾 琢哉 (ほりお たくや)
Tel: 075-753-3972 / Fax: 075-753-3974

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 時間分解能
    反応を開始させる第1の光パルスと、反応を検出する第2の光パルスの持続時間(フラッシュがたかれる時間)によって決まる有限の時間幅のこと。この値が小さければ小さいほど、化学反応をより細かく観察できる。
  2. レチナール分子
    光受容体であるロドプシンタンパク質の発色団(可視光を吸収する部位)。

  3. non-Koopmans型過程
    Koopmans型過程は、独立粒子モデルで説明できる光による1電子励起過程。一方、π-π*状態から、n軌道の電子が一つ抜けて、光電子とイオンとなる状態への遷移における 「π*→光電子」および「n→π」のように、2電子励起過程のものを、non-Koopmans型と呼ぶ(下図参照)。

  4. 多波長フィラメンテーション法
    基幹研究所鈴木化学反応研究室が開発した新しい波長変換法。フィラメンテーションとは、レーザー光が集光された状態で、レイリー長よりはるかに長い距離を伝搬する現象のこと。この現象を波長変換に応用することで、効率の良い波長変換が起こり、さまざまな波長の超短光パルスを同時に発生させることができる。

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3原子分子(A-B-C)の2つのポテンシャル曲面と円錐交差

図1 3原子分子(A-B-C)の2つのポテンシャル曲面と円錐交差

第1の光パルス(反応開始)と第2の光パルス(反応検出)の遅延時間(横軸)と、 光電子の運動エネルギー(縦軸)に対する、光電子異方性パラメータβ2の2次元マップ

図2 第1の光パルス(反応開始)と第2の光パルス(反応検出)の遅延時間(横軸)と、光電子の運動エネルギー(縦軸)に対する、光電子異方性パラメータβ2の2次元マップ

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