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2009年8月11日

独立行政法人 理化学研究所

細胞分裂の調節に必須の新しい「HPY2」遺伝子を発見

-SUMO修飾機構による細胞分裂を維持する役割担う-

ポイント

  • 新遺伝子「HPY2」がSUMOとほかのタンパク質の結合を仲介し、細胞分裂を調節
  • SUMOによる細胞分裂の調節を、多細胞生物の遺伝子レベルで世界初の解明
  • 農業作物の有用部を大きく、不用部を小さくさせるなどの品種改良への手がかり

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、多細胞生物の細胞分裂に必要な新しい遺伝子「HPY2HIGH PLOIDY2)」を発見し、この遺伝子が細胞分裂の活性を調節する重要な機能を持つことを初めて明らかにしました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)細胞機能研究ユニットの杉本慶子ユニットリーダー、石田喬志、藤原すみれ両基礎科学特別研究員らと、筑波大学、奈良先端科学技術大学院大学、英国ジョンイネスセンターとの共同研究による成果です。

動植物を問わず、すべての生物は細胞分裂をすることで、生命活動を維持しています。多細胞生物は体の一部に分裂組織を持ち、この部分の幹細胞が分裂し生体機能に必要となる細胞が供給されています。研究グループは、細胞分裂に異常を持つシロイヌナズナ植物体の研究を行い、この植物体ではHPY2遺伝子の機能が失われていることを突き止めました。さらに、この遺伝子が生命活動に必須な、細胞分裂の調節を行っていることを明らかにしました。HPY2の機能を失った植物体は、細胞分裂の過程で必要となるタンパク質群の蓄積量が非常に少なく、細胞分裂機構が正しく働いていないことを明らかにしました。

高等生物の細胞内では、SUMO(スモ)※1という分子量が11kDa※2程度の小型タンパク質が、細胞内のほかのタンパク質と結合し、タンパク質の機能を変化させることで、細胞内の多くの活動を調節しています(SUMO修飾機構)。本研究ではHPY2という新しい遺伝子によってコードされるタンパク質が、SUMOとほかのタンパク質の結合を仲介し、細胞分裂の機能を調節していることを突き止めました。これまでSUMO修飾機構が、生命活動のいろいろな局面で必要とされると考えられていましたが、実際に多細胞生物で細胞分裂を調節しているメカニズムを解明した研究は、これが初めてとなりました。

細胞分裂の活性がどのように調節されているかは、農作物の生産性調節機構を知るうえでも非常に重要な知識であり、この研究の成果が収量の高い作物へと品種改良するための道を開くものとなります。本研究成果は、米国の科学雑誌『The Plant Cell』(8月号)に近く掲載されます。

背景

ヒトやマウスなどの動物や、シロイヌナズナやイネといった植物を含むすべての多細胞生物は、生体内に分裂組織※3を持っています。分裂組織にある幹細胞が、細胞分裂によって新しい細胞を生産し、新たな器官や組織を作り、複雑で大きな体を作り上げるとともに、生命活動を維持していると考えられています。シロイヌナズナをはじめとする双子葉植物の場合、地上部の茎の頂点(茎頂)と根の先端近く(根端)にそれぞれの分裂組織が存在し、器官の生長や新しい器官の形成に必要となる新しい細胞を供給する源となっています。(図1)分裂組織を対象とした研究はこれまで精力的に行われ、細胞分裂に必要とされる遺伝子が多数報告されてきましたが、その全容を解明するには至らず、細胞分裂がどのように調節され、体の大きさが決定されているのかという過程には分からないことが多く残されています。

また、細胞内では、多数のタンパク質が協調して働き複雑な生命活動を営んでいることが知られ、タンパク質の機能を調節する遺伝子が重要な意味を持つとされています。その中でSUMOと呼ばれる小型のタンパク質は、ほかのタンパク質と結合することでそのタンパク質の機能を調節しています(SUMO修飾機構)(図2)。この調節機能により、外的環境のストレスへの対応や、異常が起きた際に細胞の修復を行います。しかし、SUMO修飾機構は非常に複雑で、特に多細胞生物の生体内での働きについてはほとんど分かっていませんでした。

シロイヌナズナを含む植物は、細胞分裂・増殖の活性が強く、複雑な構造を持つ多細胞生物の分裂機構の研究に適当であると考えられています。そこで、本研究ではフローサイトメトリー解析法※4によって細胞分裂活性が低下した突然変異体を選び、詳細な研究を行うことで、これまで謎とされてきた細胞分裂を調節する遺伝子の発見を試みました。

研究手法

未知の機能を持つ遺伝子を解明する一般的な方法として、対象とする遺伝子の機能が失われた変異体を作り、どのような異常が出てくるのかを観察し、遺伝子本来の働きを推定する突然変異体解析※5という方法が取られます。研究では、HPY2という遺伝子の機能が失われたシロイヌナズナを生育させ、形態の変化を観察しました。その結果、茎頂や根端の分裂組織で、細胞分裂活性が低下していることを発見しました。これに加えて、細胞分裂を行う際に重要な役割を果たす、サイクリン依存性キナーゼ(CDKs)※6サイクリンBタンパク質(CYCBs)※6の量を、ウェスタンブロッティング法※7GUSレポーターアッセイ※8を活用して観察し、その量が低下していることを確認しました。(図3)これは、HPY2遺伝子が細胞分裂の活性調節に重要であることを示唆しています。

また、HPY2遺伝子のDNA配列情報をもとにその機能を推測した結果、SUMO修飾機構によって、細胞内にあるタンパク質の機能を調節している可能性があることが分かりました。そこで、SUMO修飾機構に必要となるタンパク質群を人工的に作製して、試験管内で混ぜ合わせ、HPY2がSUMO修飾を仲介する機能を持つかどうかを検証しました。その結果、実際にHPY2がこの機能に関与していることが明らかとなりました。さらに、生体内でHPY2がSUMO修飾機能に関与していることをウェスタンブロッティング法で検証し、細胞分裂の調節にHPY2によるSUMO修飾機構が必要であることを初めて突き止めました。

また、HPY2遺伝子に蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子をつなげた人工遺伝子を作製して、植物のどこで働いているのかを顕微鏡で観察※9しました。その結果、予想通り根端の分裂組織で働いていることが分かりました。さらに、根端の分裂組織で中心的な役割を果たしているPLT遺伝子※10の活性に同調して、HPY2遺伝子が機能する部位の変化を観察しました。従って、HPY2が機能しないとPLTも十分に機能を発揮できず、HPY2PLTとが協調して働くことで分裂組織が維持されていることを突き止めました。

研究成果

細胞分裂は、生命活動における非常に重要なイベントの1つと考えられ、古くから精力的に研究が行われています。本研究では、細胞分裂を調節しているHPY2という新たな遺伝子を発見し、その機能を明らかにすることができました。また、HPY2はヒトや酵母など非常に幅広い生物種において、SUMO修飾機構により細胞内のほかのタンパク質の機能を調節すると考えられていましたが、実際に多細胞生物の生体内で細胞分裂の調節にかかわっていることを初めて明らかにしました。

今後の期待

HPY2という遺伝子をより深く研究することで、多くの生物にとって必須である、複雑で精巧な細胞分裂のメカニズムの理解が進むことが期待されます。また、SUMO修飾機構は、細胞内の調節に重要であると考えられていましたが、具体的な役割はほとんど分かっていませんでした。今回、SUMOがどのような形で細胞分裂にかかわっているのかを調べ、SUMOと細胞分裂の両方の謎が明らかになることが予想できました。これは、新たな研究への端緒を開いた重要な基礎研究の成果といえます。

また、細胞分裂機能は、生命活動に必須であるだけでなく、最終的な植物体の大きさを規定するためにも非常に重要な要素と考えられています。今後は、直接的に細胞分裂機構を理解することで、農業作物の有用部位を肥大化させたり、不用部位を矮小化させるといった品種改良の手がかりを得ることができると考えています。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 細胞機能研究ユニット
ユニットリーダー 杉本 慶子(すぎもと けいこ)
基礎科学特別研究員 石田 喬志(いしだ たかし)
Tel: 045-503-9575 / Fax: 045-503-9591

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.SUMO(スモ)
    Small Ubiquitin-like modifierの略で、細胞内のほかのタンパク質と結合することでそのタンパク質の機能を変化させる機能を持つ、小型の特殊なタンパク質。結合までにはいくつもの酵素の補助を必要とし、 HPY2は、SUMOと各種タンパク質との結合を仲介するE3酵素として、SUMO修飾機構の一端を担う。
  • 2.kDa(キロダルトン)
    分子や原子の質量を表す単位。炭素の同位元素12C(炭素)原子の1個の質量を12Daとする。一般には、1molあたりのタンパク質の相対質量である分子量の単位として便宜的に使用している。
  • 3.分裂組織
    多細胞生物の生体内には、すでに機能を持ち組織内の細胞がほとんど更新されない組織と、将来に向けて新しい細胞を生産する組織とが存在する。分裂組織は、いわゆる幹細胞と呼ばれる細胞分裂する能力を持つ細胞によって構成されており、新たな器官を作り出すための細胞の供給源となる。
  • 4.フローサイトメトリー解析
    細胞内のDNAやタンパク質を、染色試薬などで色付けしてその粒子を計測し、量や大きさなどを計測する手法。本研究では、細胞内DNAをDAPIという蛍光試薬で染色して量を測り、細胞分裂をしている細胞と分裂活性を失った細胞とを見分けるために使用した。
  • 5.突然変異体解析
    ある一部の遺伝子の機能が失われた生物を研究することで、失われた遺伝子が本来どのような機能を持っていたのかを推定する方法。機能を失わせる手法や対象となる生物種は多岐にわたるが、本研究ではモデル植物であるシロイヌナズナを用いている。 HPY2遺伝子の機能が欠損した突然変異体では、細胞分裂を効率良く行うことができなくなってしまったため、 HPY2遺伝子は細胞分裂を調節するために機能していたと推測できる。
  • 6.サイクリン依存性キナーゼ(CDKs)、サイクリンBタンパク質(CYCBs)
    ともに細胞分裂を行うための重要なタンパク質であり、植物だけでなく動物や酵母など多くの真核生物で機能している。細胞分裂の過程においてタンパク質の量が変動し、分裂している最中の細胞では蓄積するが、分裂を終了した細胞ではほとんど存在していないため、細胞分裂活性を測るために観察することが多い。
  • 7.ウェスタンブロッティング法
    組織内のタンパク質の量を計測するために用いられる実験方法。特定のタンパク質に対する抗体を用いて細胞から取り出したタンパク質と反応させ、抗体と反応するタンパク質があるかないか、あるならどの程度含まれているかを調べるために用いられる。
  • 8.GUSレポーターアッセイ
    観察したい遺伝子とマーカー酵素であるGUS(β-グルクロニダーゼ)の遺伝子を遺伝子組換え技術により結合して植物体に導入し、対象遺伝子が生体内のどこの部位にどれだけ存在しているかを検証する方法。本研究ではサイクリン依存性キナーゼやサイクリンB遺伝子が、根端分裂組織にどれだけ蓄積しているかを観察した。
  • 9.蛍光タンパクと顕微鏡を用いた遺伝子機能解析
    オワンクラゲから発見された蛍光タンパク質であるGFPの遺伝子を研究対象の遺伝子につなぎ、GFPの蛍光を顕微鏡で観察することで、遺伝子がどこで機能しているかを推定する方法。本研究では HPY2遺伝子にGFPの遺伝子を融合させた人工遺伝子をシロイヌナズナに導入し、主に根端分裂組織で機能していることを明らかにした。
  • 10.PLT遺伝子
    植物の根端分裂組織を支える重要な一群の遺伝子であり、 PLT遺伝子の活性が高い時には分裂組織が大きくなり、逆に PLT遺伝子の活性が下がると分裂組織が縮小する。しかし、細胞分裂のような複雑なメカニズムを作動させるためには、 PLTのほかにいくつもの遺伝子が協調して働いていると考えられている。
植物の分裂組織の図

図1 植物の分裂組織

双子葉植物では分裂組織が主に茎の頂点(茎頂分裂組織)と根の先端(根端分裂組織)に形成、新たな器官を作るための細胞を作り出している。

SUMOによる細胞内タンパク質の調節機構の図

図2 SUMOによる細胞内タンパク質の調節機構

細胞内でSUMO修飾されたタンパク質は、その性質を大きく変えて細胞内の機能に変化をもたらす。HPY2は、この反応の最終段階で、どのようなタンパク質にSUMOをつなげるかを決定する役目を持つと考えられる。

HPY2遺伝子が細胞分裂を調節している様子の図

図3 HPY2遺伝子が細胞分裂を調節している様子

(左)発芽後10日目の幼植物体。hpy2変異体では、根や葉が生長しないため非常に小さくしか育たない。

(右)サイクリンBタンパク質の存在部位を染色することによって細胞分裂の活性を観察した顕微鏡写真。hpy2変異体では細胞分裂が起こる組織が小さく、活性が低いことを明らかにした。

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