広報活動

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2009年11月9日

独立行政法人 理化学研究所

運動の指令を生み出す大脳皮質の個々の神経細胞の役割を解明

-興奮性細胞と抑制性細胞のそれぞれの役割をキャッチ-

ポイント

  • 行動中の動物の神経細胞の電気活動を測定し、その種類や位置を特定する技術を開発
  • 大脳皮質のすべての層が、運動の準備・開始・実行の各過程に関与することを発見
  • 興奮性細胞はすべての運動過程(準備・開始・実行)に関与し、抑制性細胞は実行を担当

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、自己の意思で行動し報酬を得る、という随意運動をしているラットの大脳皮質※1を用いて、個々に機能する神経細胞の活動をそれぞれ記録し、その細胞の正確な位置や種類を識別することに世界で初めて成功しました。その結果、マウスが行う準備・開始・実行という一連の随意運動の中で、大脳皮質全層の興奮性細胞はすべての運動過程で関与する一方、その逆の機能を持つ抑制性細胞は、実行の過程だけで活動するという現象を捉え、脳が運動の指令を生み出す時の細胞の分担の様子を世界で初めて明らかにしました。理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)脳回路機能理論研究チーム(深井朋樹チームリーダー)の礒村宜和 副チームリーダーらによる成果です。

私たちが自発的に手を動かす時、大脳皮質の中の運動野※2と呼ぶ場所では、「どの方向に、どのタイミングで手を動かせ」という最適な運動の指令が作られると考えられています。運動野の神経回路は、興奮性の錐体細胞※3と逆の機能をする抑制性の介在細胞※4が複雑に組み合わさってできています。この神経回路の中で、運動の指令がどのように生み出されるかを知るためには、興奮性細胞と抑制性細胞の電気活動(発火活動※5)を判別した上で、混在している細胞を特定し、運動情報の流れをたどっていく必要があります。

研究チームは、発火活動した細胞の種類や位置を顕微鏡で詳しく観察する「傍細胞記録法※6」を用いて、随意運動中のラットの運動野の神経細胞が信号を伝達する様子を世界で初めて観察することに成功しました。その結果、層構造をなす運動野のほぼすべての層の神経細胞が、準備・開始・実行のすべての過程に関与しており、特定の層が特定の過程を受け持っているわけではないことを確認することができました。具体的には、大脳皮質の各層には興奮性細胞と抑制性細胞が同じように存在していますが、どの層の興奮性細胞も準備・開始・実行すべての過程で個別に強く活動していました。一方、抑制性細胞の半数を占める高頻度発火(FS)細胞※7は、どの層の細胞も実行の過程だけで強く活動していました。この結果は、抑制性細胞が興奮性細胞の活動を遮断するのではなく、両細胞がともに活性化し、運動指令形成の微妙な調整を行っている仕組みを支持しています。

この研究成果は、広範な情報処理に関与する大脳皮質神経回路の基本的な計算原理の理解につながるだけでなく、脳損傷後のリハビリテーションの改良やロボット工学、脳と機械をつなぐブレイン・マシン・インターフェースの開発などに役に立つと考えています。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Neuroscience』オンライン版(11月8日付け:日本時間11月9日)に掲載されます。

背景

知覚、思考、記憶など、脳の高次機能をつかさどっている大脳皮質の中の運動野と呼ばれる場所では、手足の運動や会話、飲食など、日常生活を支える随意運動の動きを構成する準備・開始・実行の各段階で、神経細胞が電気活動(発火活動)を誘起する現象が30年以上前から知られていました。しかし、従来の実験技術では、動物の行動中に発火活動した神経細胞が、大脳皮質のどの深さ(表面から深部へ向けて第1~6層に分けられる)に存在し、ほかの神経細胞にどのように作用(興奮または抑制)するのかを判別することは極めて困難でした。大脳皮質を構成する第1~6層の各層の神経細胞には、興奮性細胞と抑制性細胞が存在し、それぞれの層ごとに異なる複雑な結合パターンを持っています。そのため、両細胞が、どのように相互作用して運動の指令を作り出す働きをするかは、長い間、大きな謎でした。特に、それぞれの層が特定の過程の運動情報を処理するのか、あるいはすべての層が一体となって各過程の運動情報を処理しているのかは、まったく分かっていませんでした。

一般に、大脳皮質の各層には、興奮性細胞と抑制性細胞がそれぞれ錐体細胞と介在細胞と呼ばれる特徴的な形をして分布しています。そのため、動物の行動中に発火活動を測定した神経細胞に目印を付けることができると、その神経細胞の位置や形を顕微鏡で観察することで、どの層の興奮性細胞か抑制性細胞かを判定することが可能となります。これまで、神経細胞の発火活動を測定する技術として、主に細胞外記録法と細胞内記録法の2種類がありました。前者は、神経細胞に接近させた電極から間接的に発火活動を測定する方法で、動物が多少動いても安定して記録できますが、発火した細胞に目印を付けて細胞の種類を顕微鏡で判別することはできません。後者は、神経細胞の内部に電極を入れて発火活動を直接測定する方法で、電極から細胞内に色素を拡散させて顕微鏡でその形を観察することができますが、動物が少しでも動くと電極が細胞から簡単に外れてしまうため、動物に麻酔をかけて動かないようにする必要がありました。

近年、カナダの研究グループが、安定した記録ができる細胞外記録の利点と、細胞の形が観察できる細胞内記録の利点を合わせた「傍細胞記録法」という新しい測定技術を提案しました。傍細胞記録法では、神経細胞にガラス管でできた電極を接触させて発火活動を安定して測定し、次に、その電極から細胞へ微弱な電流をゆっくりと流して荷電した色素(マーカー分子)を電極から細胞内に充填し、顕微鏡でその細胞の形を判別します(図1A)。最近は、傍細胞記録法を麻酔下や睡眠中の動物に使った研究成果の報告が徐々に増えてきています。しかし、この測定技術を活発に行動している動物に適用するには、まだ技術的に改良すべき点が多く成功していませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、自発的にレバーを前後に繰り返し操作するという随意運動を、ラットが効率的に学習できる装置を開発しました。この装置は、ラットが前足でレバーを押して、1秒以上待ってから自らのタイミングでレバーを引き戻すと、報酬に甘い水滴を提供します。ラットはこの随意運動を繰り返す運動課題を約2週間で学習しました。こうして学習したラットを使って、運動野内の前足の動きに関与する場所に傍細胞記録用の電極を挿入し、この運動に関連する神経細胞の発火活動を測定しました。次に、その細胞内へ電流を流して色素を付着し、どの皮質層に位置しているのか、錐体細胞なのか、介在細胞なのかを顕微鏡で同定しました(図1B)。同時に、細胞外記録法の1種であるマルチユニット記録用の電極も運動野に挿入して、運動に関連する複数の神経細胞の発火活動も測定しました。その結果、2つの発見がありました。1つは、運動野の浅い層(第2層と第3層)にも深い層(第5層と第6層)にも、準備・開始・実行の各過程に関与する神経細胞が見つかったことです。つまり、それぞれの層が特定の過程の運動情報を処理する機能を持つのではなく、すべての層が一体となって各過程の運動情報を処理していることが明らかになりました。特に、各層の興奮性(錐体)細胞は、運動の準備・開始・実行のすべての過程に関与することを発見し(図2)、これらの錐体細胞が運動情報を順次処理し伝達することにより、運動指令を作り出していることが予想できました。もう1つは、抑制性(介在)細胞の約半数を占める高頻度発火(FS)細胞のほとんどが、実行の過程だけで発火活動が増加することを発見したことです(図2)。このことは、神経回路内での介在細胞の役割は、錐体細胞が発する運動指令の通過を抑制し遮断する(ゲーティング)という、長い間信じられていたような働きではなく、むしろ錐体細胞とともに活性化し、協調して運動指令の形成を調整するという仕組みを強く支持する結果となります。

さらに、傍細胞記録と併用したマルチユニット記録の解析から、準備・開始・実行それぞれの過程に異なって関与する細胞が、数ミリ秒という瞬間に同期して発火するという興味深い現象も観測しました。この同期的な発火活動の果たす役割はまだ不明ですが、神経回路上を運動情報が伝達する様子を反映しているのかもしれません。

このように、活発に自発的な行動をしている動物に傍細胞記録法を適用することに世界で初めて成功するとともに、運動野の神経回路は、興奮性の錐体細胞や抑制性の介在細胞がそれぞれの役割を遂行して運動指令を作り出している現象を発見しました。

今後の期待

今回の研究により、運動野の興奮性細胞と抑制性細胞がどのように運動指令を作り出しているのか、という仕組みを理解するための大きな手がかりをつかむことができました。生きた動物を用いて、個々の神経細胞の発火活動を観察可能にした新しい測定技術は、運動機能の研究だけではなく、視覚や聴覚などの感覚機能、記憶や学習、判断、思考などの高次脳機能の研究にも幅広く応用することができると考えています。さらに、遺伝子導入により特定の神経細胞の活動を自在に制御できるラットやマウス、高度な学習課題を習得できる霊長類に応用することも可能です。大脳皮質の神経回路は、視覚、聴覚、運動などの情報の様式に依存しない、一定の構造を持つことが知られていますが、このような研究手法を多方面で積極的に活用することによって、汎用的な計算ニーズに応える大脳皮質の神経回路に共通する、基本的な計算原理を解明できることが期待できます。また、この研究で得た運動発現の知識は、脳損傷後のリハビリテーション法の改良や人間の動作に近づけるロボット工学、脳と機械をつなぐブレイン・マシン・インターフェースの開発などにも役に立つと考えています。

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 脳回路機能理論研究チーム

チームリーダー 深井 朋樹(ふかい ともき)
副チームリーダー 礒村 宜和(いそむら よしかず)
Tel: 048-462-1111 内7463 / Fax: 048-467-6899

お問い合わせ先

脳研究推進部企画課 納富 さより(のうどみ さより)
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 大脳皮質
    大脳の表面に広がる神経細胞の灰白質(かいはくしつ)の層。大脳は左右の大脳半球からなり、それぞれの灰白質は神経線維が走る白質(はくしつ)を覆い、さらに白質はその内側の大脳基底核と呼ばれる領域を覆っている。知覚、思考、記憶など脳の高次機能をつかさどっている。
  2. 運動野
    骨格を動かす骨格筋を支配する脊髄の運動細胞へ随意運動の指令を送る大脳皮質の領域。運動野には身体の反対側の手や足、胴体部分の体幹などの動きを担当する部位が並んでおり、そこを微弱電流で刺激すると対応する身体部分の骨格筋が収縮し、損傷すると対応する身体部分に麻痺(まひ)が生じる。大脳皮質は基本的に6層構造をとるが、運動野は第4層を欠き(げっ歯類の前肢部は例外)、第3層と第5層がよく発達する。運動野の第5層にある錐体細胞は脊髄の運動細胞へ直接または間接的に運動指令を送る。
  3. 錐体細胞
    錐体細胞は大脳皮質の第2、3、5、6層に豊富に存在し、細胞体からは1本の先端樹状突起が表層に向かって伸びて枝を広げ、多数の基底樹状突起が細胞体周辺に展開する。錐体細胞は樹状突起や細胞体のシナプスにおいて興奮性入力や抑制性入力を受け取り、自らは軸索終末部のシナプスにグルタミン酸を放出して次の神経細胞を興奮させ、活動電位(発火)を誘発する働きを持つ。
  4. 介在細胞
    大脳皮質の各層に存在し、大脳皮質の神経細胞の約20%を占める細胞。樹状突起や軸索の分布の違いから多様な種類に分類される。そのほとんどは軸索終末部のシナプスにギャバ(GABA)を放出し、次の神経細胞の発火活動を抑制する働きを持つ。錐体細胞と異なり、介在細胞の軸索は遠い脳領域までは伸びず、大脳皮質の局所回路内に限定される。
  5. 発火活動
    神経細胞の細胞膜は、静止状態ではマイナスに荷電しているが、一定以上の興奮性入力を受けると瞬時にプラス側へ変化した後にマイナス側へ戻る性質を持つ。この急激な膜電位の変化(1~2ミリ秒)が活動電位で、その活動の様子を発火活動と呼ぶ。活動電位はシナプス入力の情報が統合されて細胞体や軸索起始部で発生し(発火)、1か0のデジタル信号として軸索を伝導して、次の神経細胞へ機能的な情報を伝える。従って、興奮性細胞や抑制性細胞の発火活動は、次の神経細胞の活動をそれぞれ興奮あるいは抑制する出力情報であるといえる。
  6. 傍細胞記録法
    単一の神経細胞の発火活動をガラス電極で記録した後に、荷電したマーカー分子を細胞内へ電気浸透的に付加して、その細胞の形態を詳細に観察する技術。1996年にカナダのラヴァル(Laval)大学のD.ピノー(Didier Pinault)博士によって初めて報告された。マーカー分子にはバイオサイチンやニューロビオチンという低分子量のビオチン化合物を用いて、脳組織切片を作製後、細胞内のマーカー分子の局在を蛍光や酵素反応により可視化して顕微鏡下で観察する。動物の体動や心拍・呼吸などによる脳の機械的変動にかかわらず、比較的安定して記録できる利点がある。
  7. 高頻度発火(FS)細胞
    大脳皮質の介在細胞の半数近くは、興奮性入力を受けると時間幅の短い活動電位を高頻度で発生させる応答を示す。このような生理学的特徴を有する介在細胞グループを、高頻度発火(ファスト・スパイキング:fast-spiking (FS))細胞と呼び、解剖学的には錐体細胞の細胞体や、軸索起始部に抑制性シナプスを形成するバスケット細胞やシャンデリア細胞という介在細胞が多数を占める。また、高頻度発火細胞にはカルシウム結合タンパク質のパルブアルブミンを特異的に発現するものが多い。

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傍細胞記録法の原理(A)と錐体細胞の発火活動の記録例(B)

図1 傍細胞記録法の原理(A)と錐体細胞の発火活動の記録例(B)

(A) 傍細胞記録法の原理
ガラス電極により単一の神経細胞の発火活動を測定し(左)、電流とともに細胞内にマーカー分子を付加して可視化する(右)。

(B) 傍細胞記録法の記録例
ラットがレバーを引く直前に増加する発火活動(左)と、その後、この発火した細胞を可視化した第5層の錐体細胞(右)。

随意運動の発現を担う運動野の錐体細胞と介在細胞の役割

図2 随意運動の発現を担う運動野の錐体細胞と介在細胞の役割

全ての層の錐体細胞は、運動の準備・開始・実行などの各過程における運動情報の処理に関与している。一方、介在(FS)細胞はもっぱら運動の実行に関与している。

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