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2009年11月19日

独立行政法人 理化学研究所

難病の潰瘍性大腸炎の発症に関連する3つの遺伝子を発見

―遺伝的な要因を背景にした、粘膜免疫応答の調整異常が発症原因と突き止める―

ポイント

  • 日本人の潰瘍性大腸炎をゲノムワイドに解析、遺伝的素因の実態を初めて解明
  • 発見した3つの遺伝子の発症リスクは、それぞれ1.3~1.6倍
  • 潰瘍性大腸炎の発症に、腸管免疫の個人差が関与する可能性が明らかに

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、潰瘍性大腸炎の発症に関連する3つの遺伝子(FCGR2A、13q12領域、SLC26A3)を発見しました。理研ゲノム医科学研究センター(中村祐輔センター長)多型解析技術開発チーム(久保充明チームリーダー)と、九州大学大学院病態機能内科学(飯田三雄教授)、東北大学大学院消化器病態学分野(下瀬川徹教授)、札幌医科大学医学部内科学第一講座(篠村恭久教授)との共同研究による成果です。

潰瘍性大腸炎は、大腸に潰瘍やびらんができる原因不明のびまん性非特異的炎症性腸疾患の1つで、1975年に厚生労働省指定特定疾患(難病)に認定されています。2008年の国内患者数は、約10.4万人で、近年増加傾向にあります。これまでの研究から、潰瘍性大腸炎では、遺伝的素因を背景として、食餌や腸内細菌由来の抗原に対する粘膜免疫応答の調節異常が、発症に大きくかかわっていると考えられていました。

今回、研究グループは、日本人の潰瘍性大腸炎患者1,384例と一般集団3,057例のサンプルを用いてゲノムワイド解析※1を行い、FCGR2A遺伝子、13q12領域、SLC26A3遺伝子の3つの遺伝子領域が、潰瘍性大腸炎の発症と関連することを発見しました。これらの遺伝子のリスク多型を持つ人では、FCGR2A遺伝子で1.6倍、13q12領域で1.35倍、SLC26A3遺伝子で1.3倍と、潰瘍性大腸炎発症のリスクが高くなっていることが分かりました。特に、FCGR2A遺伝子では、131番目のアミノ酸をアルギニンからヒスチジンに変える一塩基多型(SNP)※2との間に強い関連が見られ、このアミノ酸置換により免疫グロブリンIgGへの結合が強くなるため、FCGR2A遺伝子のヒスチジン型の人では、腸管免疫細胞の活動性が亢進し、大腸の炎症が起こりやすくなると考えられました。

これらの結果は、潰瘍性大腸炎の発症に、個人の持っている免疫能の違いが関与していることを示しています。大腸粘膜におけるこれらの遺伝子の機能や、潰瘍性大腸炎の発症機序の解明が進むことで、潰瘍性大腸炎の新規治療法の開発につながることが期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(11月15日付け:日本時間11月16日)に掲載されました。

背景

潰瘍性大腸炎は、大腸に限局した病変をきたす疾患で、主に粘膜を侵し、しばしばびらんや潰瘍を形成する原因不明のびまん性非特異的炎症性腸疾患です。治療には、薬物療法(5-アミノサリチル酸製剤、副腎皮質ステロイド剤、免疫抑制剤)や手術療法、血球成分吸着除去療法などの寛解導入療法※3を行いますが、多くの症例で再発を繰り返します。また、長期化すると大腸がんの発生率が高いことが知られています。1975年に厚生労働省が指定特定疾患(難病)に認定した疾患で、2008年の国内の患者数は10.4万人です。患者数は、最近10年間でほぼ倍増しており、増加傾向にありますが、詳細な原因は分かっていません。同じ炎症性腸疾患のクローン病※4とともに、遺伝性素因を背景として、食餌や腸内細菌叢由来抗原などに対する腸管粘膜の免疫調節機構の異常が発症と深くかかわっていることが推測されています。

研究成果と手法

非特異的炎症性腸疾患であるクローン病と潰瘍性大腸炎は、ともに家族内発症が多いことから遺伝的素因の関与が強く示唆されていました。クローン病では、家系を用いた連鎖解析や最近のゲノムワイド解析によって30個以上のクローン病関連遺伝子が報告されています。しかし、潰瘍性大腸炎ではあまり研究が進んでおらず、これまでに欧米人の潰瘍性大腸炎について2つの報告が見られるだけでした。また、欧米人で見つかったクローン病の関連遺伝子は、日本人のクローン病患者では関連が認められず、炎症性腸疾患の遺伝的素因には明らかな人種差が存在することも知られていました。

研究グループは、日本人における潰瘍性大腸炎の関連遺伝子を見つけるため、九州大学が収集した潰瘍性大腸炎患者749名と一般対照群2,031名を対象に、ゲノム医科学研究センターの高速大量タイピングシステム※5を用いて、2007年12月より2段階スクリーニング法によるゲノムワイド解析を実施しました。解析を進めたところ、以前より関連が示唆されていた6番染色体のHLA領域※6に欧米人よりも強い関連のある領域が見つかるとともに、それ以外にも複数の候補領域が見つかりました。これらの候補領域について、東北大学が収集した潰瘍性大腸炎患者259名、一般対照群650名、および札幌医科大学が収集した患者376名、一般対照群376名を用いて、関連の再現性を検討したところ、1番染色体上のFCGR2A遺伝子※7内のSNP(rs1801274)、7番染色体上のSLC26A3遺伝子近傍のSNP(rs2108225)、13番染色体の13q12領域のSNP(rs17085007)の3カ所の領域が潰瘍性大腸炎と強く関連していることが分かりました。それぞれのSNPにおける潰瘍性大腸炎発症のリスク(オッズ比)は、FCGR2A遺伝子で1.59倍、SLC26A3遺伝子で1.32倍、13q12領域で1.35倍となっていました。

特に、FCGR2A遺伝子上のSNP(rs1801274)は、遺伝子産物であるFcγRIIaタンパク質の131番目のアミノ酸をアルギニンからヒスチジンに置換するSNPでした。このアミノ酸置換によって、FcγRIIaの免疫グロブリンIgGへの結合が強まることがすでに知られており、FCGR2A遺伝子のヒスチジン型を持つ人では、FcγRIIaを介した免疫反応やサイトカイン産生が亢進するために腸管粘膜の免疫調節異常が引き起こされる可能性が考えられました。また、SLC26A3遺伝子の遺伝子産物は、大腸粘膜に存在する膜タンパク質で、塩素イオン(Cl-イオン)を再吸収し、炭酸水素イオン(HCO3-)を排出するトランスポーターとして知られています。潰瘍性大腸炎患者ではSLC26A3タンパク質の発現が低下しており、SLC26A3遺伝子の変異により先天性の下痢を引き起こすことが報告されています。今回の解析結果で、SLC26A3遺伝子の発現を調節する領域(プロモーター領域を含む)と潰瘍性大腸炎に強い関連が見られることから、この領域にSLC26A3遺伝子の発現を減少させるSNPが存在し、潰瘍性大腸炎の発症に寄与することが推測できました。

今後の期待

今回の発見により、潰瘍性大腸炎の発症にはHLA遺伝子やFCGR2A遺伝子による免疫能の個人差が大きくかかわっていることが分かりました。HLA遺伝子やFCGR2A遺伝子が、腸管粘膜での免疫調節機構で、どのような役割を担っているのか、また、複数の潰瘍性大腸炎関連遺伝子がどのように組み合わさって機能しているのかを調べることで、炎症性腸疾患の病態解明が進むと考えられます。さらに、これらの研究により腸管粘膜での免疫調節機構が明らかにすることができると、潰瘍性大腸炎に対する新たな治療法の開発につながることが期待できます。

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 多型解析技術開発チーム
チームリーダー 久保 充明(くぼ みちあき)
Tel: 045-503-9607 / Fax: 045-503-9606

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho[at]riken.jp
※[at]は@に置き換えてください。

補足説明

  • 1.ゲノムワイド解析
    遺伝子多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者(ケース)とその疾患にかかっていない被験者(コントロール)の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ゲノムワイド解析では、ヒトゲノム全体を網羅するような50~100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患と関連する領域・遺伝子を同定する。
  • 2.一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)
    ヒトゲノムは約30億塩基対からなるとされているが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがある。この塩基配列の違いのうち、集団内で1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、最も数が多いのは一塩基の違いであるSNPである。多型による塩基配列の違いが遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。
  • 3.寛解導入療法
    病気の症状が軽減・消失し、安定した状態である完全寛解を導くための治療法のこと。
  • 4.クローン病
    潰瘍性大腸炎と同じ非特異的炎症性腸疾患の1つ。1932年にニューヨークのマウントサイナイ病院の内科医クローン医師らによって限局性回腸炎として初めて報告された。クローン病は潰瘍性大腸炎と異なり、口腔から肛門に至るまでの消化管のどの部位にも炎症や潰瘍(粘膜が欠損すること)が生じる。また、潰瘍性大腸炎は連続性の病変であるが、クローン病は非連続性の病変であること(病変と病変の間に正常部分が存在すること)が特徴。症状は、潰瘍性大腸炎と同様、腹痛や下痢、血便、体重減少。潰瘍性大腸炎とともに厚生労働省の特定疾患に指定されている。
  • 5.高速大量タイピングシステム
    遺伝子型の決定(ジェノタイピング)を高速、かつ大量に行うシステム。現在、ゲノム医科学研究センターでは、イルミナ社のインフィニウム法と理研が独自に開発したマルチプレックスPCRを併用したインベーダー法の2つのタイピングシステムを用いてゲノムワイド解析を行っている。
  • 6.HLA領域
    ヒトの6番染色体短腕(6p21)上に存在し、その領域にはHLA遺伝子群を含む多数の遺伝子が存在する。HLA遺伝子群は、自己と非自己の認識、免疫応答の誘導に関与するヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen)をコードしている。MHC(major histocompatibility complex;主要組織適合性複合体)領域とも呼ばれる。
  • 7.FCGR2A遺伝子
    IgGが機能を発揮する上で重要なFcレセプターの1つ。 FCGR2A遺伝子産物であるFcγRIIaは主にマクロファージ・樹状細胞に発現しており、IgGと結合することにより抗原提示やサイトカイン産生に関与している。今回の研究により、潰瘍性大腸炎では、 FCGR2A遺伝子の131番目のアミノ酸がアルギニンからヒスチジンに置換されることによりリスクが上昇することが明らかとなった。一方、自己免疫疾患の1つである全身性エリテマトーデス(SLE)では、同じ131番目のアミノ酸がアルギニン型の方がSLEの腎障害(ループス腎炎)を起こしやすいことが報告されている。この逆の関連は、ヒトの免疫調節機構とそれに関連する疾患を理解する上で重要な知見と考えられる。

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