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2009年12月24日

独立行政法人 理化学研究所

遺伝子のコピー「重複遺伝子」が起こす形態にかかわる進化機構を解明

-ゲノム解析が分子レベルの変化と生物の形態変化をつなぐ-

ポイント

  • 遺伝子コピー後の重複遺伝子に起こる突然変異が形態進化の原因に
  • 突然変異した重複遺伝子が産生するタンパク質の変化が形態変化に寄与
  • 重複遺伝子による分子レベルの現象変化で、各遺伝子機能の同異性の推測が可能に

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、遺伝子のコピーとして知られる重複遺伝子※1に突然変異が生じ、機能を発揮する部位が変化したり、産生するタンパク質が変化したりすることが、生物の形態進化に大きく貢献していることを解明しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)機能開発研究グループの花田耕介研究員らによる研究成果です。

1859年、英国の生物学者のC.ダーウィンは「種の起源」を著し、生物は自然選択圧を受け、環境に適したさまざまな形態を持った個体が優先的に生存する、という生物進化の基本モデルを提唱しました。現在では、DNAなどの分子レベルの変化と生物の形態変化を関連付ける研究が重要になっています。生物の形態変化に関連する大きな要因として、遺伝子をコピーして新しい遺伝子を作り出す重複遺伝子が重要な要因とされていますが、重複遺伝子を構成する各遺伝子が、どういった変化を受けて形態変化に関与するか、その全体像は明らかにされていません。

研究グループは、遺伝子欠損株の情報が豊富にあるシロイヌナズナを用いて、形態形成にさまざまな効果を及ぼす492個の重複遺伝子に着目し、統計的な解析を行いました。その結果、形態変化に関与するような遺伝子機能を獲得するには、コピー後の重複遺伝子が突然変異を受けて、機能を発揮する植物体の中の部位(発現部位)を変化させたり、その遺伝子が産出するタンパク質を変化させたりすることが重要であると分かりました。これら2つの変化の相対的な寄与度を調べると、発現部位の変化だけで形態変化を引き起こす重複遺伝子が3~4割、産出するタンパク質の変化だけで形態変化を引き起こす重複遺伝子が6~7割と、タンパク質の変化の方が、形態変化を引き起こす際により重要であることが分かりました。

真核生物※2のゲノムには多くの重複遺伝子が存在します。重複遺伝子群の中には同じ機能を持つ遺伝子が数多く存在するため、1つの遺伝子を欠損しても重複遺伝子がその機能を補い、各遺伝子の役割を調べることが困難となっています。重複遺伝子と形態変化を解析する今回の成果を利用することで、重複遺伝子を構成する各遺伝子の機能的な同異を知ることが可能となり、これまで非常に困難とされてきた個々の遺伝子の機能解析へ大きく寄与すると期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Plos Genetics』オンライン版(12月23日付け:日本時間12月24日)に掲載されます。

背景

DNAやアミノ酸、タンパク質など、生体を構成する多くの分子レベルの変化は、自然選択に対して有利でも不利でもないものが大部分であり(中立説※3)、生物進化の過程の形態変化を分子レベルの変化で説明することは困難です。しかし、ゲノム配列が明らかになり、各遺伝子の機能の多くが明らかになりつつある現在では、分子レベルの変化と生物の形態変化を関連付ける研究が重要になっています。

生物個体が新しい機能を獲得し、形態を大きく変化させるメカニズムとして、遺伝子を含むDNA領域をコピーし、新たな遺伝子を生み出す「遺伝子重複」の重要性が提唱されています。コピー直後の重複遺伝子は、すべてその塩基配列が同じであるため、遺伝子の持つ機能も同じで、形態変化に関与するような新しい機能を獲得していません。形態を変化させるためには、重複遺伝子を構成する各遺伝子に突然変異が起きて、機能を発揮する部位(発現部位)を変化させたり、その遺伝子情報によって産出するタンパク質を変化させたりすることが必要になります(図1)。これらの変化量は、原則、コピーした時点からの時間に比例して増加しますが、もし、個体が形態変化により進化していく過程で、ある変化が重要であるならば、その変化は同一な機能を示さない重複遺伝子では、同一な機能を示す重複遺伝子間に比べて、相対的に早くなるはずです。こうした加速の様子が、モデル植物であるシロイヌナズナで観察できるか、観察できる場合には、どういった分子レベルの変化が重要であるかを調べ、生物の形態変化を伴う進化の原因を解明することを目指しました。

研究手法と成果

研究グループは、シロイヌナズナの重複した2つの各遺伝子を欠損した時に生じる形態変化の情報を集めました。具体的には、これまで研究グループが蓄積した網羅的な遺伝子欠損株の表現型解析の結果や文献情報を利用しました。その結果、重複遺伝子の情報を合計492対集め、重複した遺伝子の一方だけ欠損すると、それぞれまったく別の形態変化を示す(形態分離性が大きい)重複遺伝子163対、重複した遺伝子の一方だけ欠損すると、いずれも形態変化がほぼ同じである(形態分離性が少ない)重複遺伝子235対、重複した遺伝子の両方を同時に欠損したときには形態変化を示すが、どちらか一方の遺伝子を欠損した時には形態変化を示さない(形態分離性が無い)重複遺伝子94対に分類しました(図2)

次に、分類した各重複遺伝子対について分子レベルの変化率を調べました。具体的には、全遺伝子の発現解析(mRNA転写パターン解析)を、組織や発生時期の違いなど634種類の異なる条件で行い、発現部位の変化率とタンパク質の変化率を求めました。その結果、形態分離性が大きくなるにつれて、発現部位の変化率と産生するタンパク質の変化率の両方が高くなることを見いだしました(図3)。つまり、生物が進化する過程で、形態変化に関与するような遺伝子機能を獲得するためには、コピー後の重複遺伝子を構成する各遺伝子が突然変異を受けて、発現部位を変える場合か、産生するタンパク質を変化させることが重要であることを示しています。

さらに詳細に解析すると、形態変化を引き起こした個体の6~7割がタンパク質の変化だけに起因し、3~4割が発現部位の変化だけに起因したものであることが分かりました。従って、タンパク質の変化の方が、形態進化を引き起こす際により頻度が高いことも明らかになりました。

今後の期待

真核生物のゲノムには数多くの重複遺伝子が存在しますが、重複遺伝子を構成する各遺伝子の中には、同じ機能を示す遺伝子が多数存在します。そのため、1つの遺伝子を欠損してもほかの遺伝子が機能を補い、各遺伝子の機能的役割を調べることが困難です。今回の成果を利用することで、各遺伝子が機能的に同じであるか異なるかを事前に調べることが可能になり、各遺伝子の機能解析に大きく寄与することが期待できます。さらに、現在の機能がいつ発現したかなど進化の過程を追跡することも可能になります。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 機能開発研究グループ
研究員 花田 耕介(はなだ こうすけ)
Tel: 045-503-9578 / Fax: 045-503-9580

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.重複遺伝子
    ある遺伝子または遺伝子群をコピーしてできた遺伝子または遺伝子群の総称。1つの遺伝子が何回もコピーされ、複数の同じ遺伝子から構成される場合もある。
  • 2.真核生物
    生物の分類の1つであり、真核細胞からなる生物を指す。真核細胞の最も際立った特徴は、細菌などと異なり、身体を構成する細胞内に細胞核を持ち、細胞のそれ以外の部分からは膜で区切られていることである。核の中には遺伝情報を保持しているDNAが収められている。
  • 3.中立説
    自然選択において中立であり、生物個体の環境への適応度に影響を及ぼさない変異が、ある集団で固定する現象。
遺伝子のコピー後に起こる重複遺伝子の機能分化の図

図1 遺伝子のコピー後に起こる重複遺伝子の機能分化

遺伝子を含むDNAのある領域が重複することで重複遺伝子ができる。重複遺伝子には、同一個体に、同じ遺伝子が2つ存在する。コピー直後の重複遺伝子を構成する各遺伝子はどちらも同じ機能を有するが、時間の経過とともに、各遺伝子が突然変異を受けて、発現部位や産出するタンパク質が変化する。

重複遺伝子を欠損させた形態変化による形態分離性の図

図2 重複遺伝子を欠損させた形態変化による形態分離性

形態分離性が大きい場合:例えば、A遺伝子を欠損すると植物体の表面の突起物が少なくなり、A’遺伝子を欠損すると種が黄色になるなど、まったく異なる異常な表現型を示す
形態分離性が少ない場:例えば、A遺伝子を欠損させてもA’遺伝子を欠損させて同一または類似した異常な表現型を示す
形態分離性が無い場合:例えば、AまたはA’遺伝子のどちらを欠損しても、もう一方の遺伝子が同じ機能であるため、異常な表現型を起こさない。しかし、AおよびA’を同時に欠損すると、異常な表現型を示す。

形態分離性の違いによる発現部位の変化率とタンパク質の変化率の図

図3 形態分離性の違いによる発現部位の変化率とタンパク質の変化率

形態分離性が大きくなる(No→Low→High)につれて、発現部位の変化率とタンパク質の変化率が上昇する。

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