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2010年1月19日

独立行政法人 理化学研究所

乾燥耐性を誘起する植物ホルモン「アブシジン酸」の輸送因子を発見

-ストレス・ホルモンの能動的な輸送メカニズムの存在が明らかに-

ポイント

  • 植物ホルモン「アブシジン酸」を細胞の中から外へ運び出す輸送因子が存在
  • アブシジン酸輸送因子過剰発現変異体では、葉からの水分放出が40%抑えられる
  • ホルモン輸送を制御する新方法で、乾燥耐性などの有用形質を副作用無く付与

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、乾燥耐性能を付与することから、植物のストレス・ホルモンと呼ばれる「アブシジン酸(ABA)※1」の輸送因子(トランスポーター)※2の1つ「AtABCG25」を世界で初めて発見しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)機能開発研究グループの黒森崇研究員、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の森山芳則教授らによる共同研究の成果です。

植物は、乾燥状態になると気孔を閉じて水分の蒸散を防ぎますが、この気孔閉鎖の誘導は、植物ホルモンABAの働きによることが以前から知られていました。このABAに関しては、受容・シグナル伝達・遺伝子発現など、細胞「内」での事象についてはこれまで多くの研究が展開されてきました。しかし、細胞と細胞の「間」でのABAのやり取りや、生体内でのABAの移動の実態に関しては、ほとんど知見がありませんでした。

研究グループは、これまでに作製してきた実験モデル植物であるシロイヌナズナの優良な研究リソース※3を用いて、ABAの機能に関係する新しい変異体を選別して解析しました。その結果、ABA感受性が高まる変異体の原因遺伝子AtABCG25を同定し、この遺伝子がコードするタンパク質AtABCG25がABCトランスポーター※4と呼ばれる輸送因子ファミリーの1つで、細胞の内側から外側へABAを運び出す機能を持つトランスポーターであることを初めて突き止めました。植物は、一見受動的と考えられがちですが、外的環境の変化に対応して、能動的にABAを細胞外へ運び出す精巧なメカニズムを持っていたのです。さらに、AtABCG25を通常より多く発現させた変異体を作ったところ、この変異体では葉からの水分蒸散が40%程度抑えられていることを見いだしました。

これまで、ABAの合成を高めたり、ABAによって誘導される遺伝子を増やしたりしてストレス耐性を高める試みが行われてきました。今回の成果は、これらの方法とはまったく異なり、ABAの生体内での輸送や移行の制御により乾燥耐性植物の作出が可能であることを明らかにしたもので、有用植物育種の新しい手法を生み出すと期待できます。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA』オンライン版に1月18日の週に掲載されます。

背景

地球規模での温暖化や干ばつによって農地の悪化が進み、作物収量が減少するという環境問題が深刻化しています。環境問題の克服や改善、さらには食糧問題の解決に欠かすことができない緑化対策や穀物収量の増産には、植物や作物のストレス耐性能を少しでも上げることが必要です。

植物ホルモンの中でもよく研究されている「アブシジン酸(ABA)」は、植物が乾燥などの環境条件の悪化にさらされると、植物にストレス耐性能を付与するホルモンとして知られています。特に最近、ABAの細胞内受容体が同定され、この受容体が脱リン酸化酵素・リン酸化酵素を介してABAシグナルを伝えていくことが報告されました(Miyazono et al. Nature, 2009)。このように、ABAの細胞「内」のシグナル伝達機構に関しては明らかになりつつある一方で、細胞「間」におけるABAの情報伝達に関してはほとんど知見がありませんでした。

ABAの合成酵素に関するこれまでの研究から、ABA合成酵素は主に植物体内の維管束※5周囲で働き、ABAも主に維管束周囲で合成されていると考えられています。しかし実際には、ABAは細胞表皮に位置する気孔など、維管束周囲とは離れた細胞でも機能します。従って、ABAは何らかのメカニズムにより細胞間を移動し、機能していると推測されていましたが、具体的な細胞間移行や輸送に関するメカニズムはまったく不明でした。

研究手法と成果

研究グループは、これまでに作製してきたシロイヌナズナの変異体シリーズを用いて、さまざまな表現型解析(フェノーム解析※6)を行ってきました。それらの解析の1つとして行った方法が、マイクロタイタープレート※7を用いた変異体の選別です。具体的には、約2,000遺伝子の遺伝子破壊型シロイヌナズナ変異体に4種類の濃度のABAを添加して、その表現型をスキャナーで取り込み、その画像を解析することで成育状態を判定し、ABAへの感受性が高まる新しい変異体を選別しました(図1)。この変異体を解析した結果、原因遺伝子AtABCG25を同定し、さらに、この遺伝子がコードするタンパク質AtABCG25はABCトランスポーターと呼ばれる輸送因子ファミリーの1つであることを見いだしました。

ABCトランスポーターは、大腸菌からヒトに至るすべての生物に存在する遺伝子ファミリーですが、植物では動物よりもファミリーに属する遺伝子数が約3倍も多く、100遺伝子以上にのぼるため、植物で重要な働きを担っていることが予想されていました。また、このトランスポーターは、液胞膜やミトコンドリア膜など生体内のいろいろな膜に存在することが報告されています。研究グループは、今回得たAtABCG25が植物細胞のどの膜に存在するかを見いだすため、AtABCG25に蛍光タンパク質を融合させて、タマネギ細胞やナズナ植物へ導入して調べたところ、細胞を取り囲む細胞膜に局在することが分かりました(図2)

また、遺伝子AtABCG25の植物体内での発現個所を調べると、葉や根の維管束周囲に位置していました(図3)。興味深いことに、この場所はABA合成酵素が働いてABAが合成されている場所と似ていることが分かりました。

さらに、この細胞膜に局在するAtABCG25がABAの輸送に直接的にかかわる因子かどうか生化学的なデータを得るために、ベシクル・アッセイ法※8を用いて解析しました。その結果、通常のABCトランスポーターの性質と同様に、AtABCG25は、アデノシン三リン酸(ATP)が存在する場合に、ATPのエネルギーを利用してABAを細胞内から細胞外へ輸送することを突き止めました(図4)。こうして、維管束周囲で遺伝子AtABCG25が発現しAtABCG25を産生、AtABCG25は細胞膜に局在して、同じ維管束周囲で合成されたABAを細胞内から細胞外へ、そして最終的には気孔へと輸送するメカニズムを提唱することができました。

次に、このAtABCG25を通常より多く発現するシロイヌナズナの変異体を作製したところ、この植物体では気孔が閉まりやすく、水分蒸散が40%程度抑制されることが分かりました(図5)。さらに、これまで報告されている遺伝子過剰発現型のストレス耐性能獲得植物体では、成長の過程で植物体の大きさが小さくなることがありましたが、今回作製したAtABCG25過剰発現変異体では、こうした生育阻害が起こらないことも分かりました。

今後の期待

今回得た知見は、多細胞生物である植物におけるストレス・ホルモンの役割やその細胞間の伝達に関する包括的な理解に重要な情報を与えます。さらに、この伝達のメカニズムを理解し、ホルモンの輸送を制御することによって、副作用が無く、乾燥地や悪条件下に適応できるストレス耐性能を備えた植物の育種を可能にすることが期待できます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター センター長
機能開発研究グループ グループディレクター
篠崎 一雄(しのざき かずお)
Tel: 045-503-9579 / Fax: 045-503-9580

機能開発研究グループ 研究員
黒森 崇(くろもり たかし)
Tel: 045-503-9625 / Fax: 045-503-9586

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.アブシジン酸(ABA)
    植物の生長機能を調節するセスキテルペンの1種。abscisic acidの略で、よく調べられている植物ホルモンの1つである。ABAの生理活性は主に、種子の成熟や休眠、気孔の閉鎖と乾燥耐性の獲得、老化の際の落葉などに関与している。ストレス耐性に関しては、乾燥だけでなく、さまざまな環境ストレスにより誘導されて植物を守る働きをするためストレス・ホルモンとも呼ばれている。
  • 2.輸送因子(トランスポーター)
    生体膜に存在し、膜を通過して物質輸送を行う膜タンパク質である。膜輸送体とも呼ばれる。
  • 3.研究リソース
    さまざまな研究や開発のために用いられる実験材料のことで、ライフサイエンス研究の基盤となる生物遺伝資源は特にバイオリソースと呼ばれている。代表的なものにゲノムDNAやcDNA、変異体系統などがある。
  • 4.ABCトランスポーター
    ABCはATP-binding cassetteの略であり、ATPのエネルギーを用いて能動的に物質を輸送する。大腸菌からヒトに至るまですべての生物に存在することが分かっている。特に植物ではその数が多く(ナズナやイネでは100遺伝子以上)、生理的に重要な役割をしていると考えられている。
  • 5.維管束
    シダ植物および種子植物の根・茎・葉などの各器官を貫いて分化した束状の組織。管束ともいう。道管や篩管などを含む組織の集まりであり、植物の体内で水分や生体内物質の移動の主要な通路となる。
  • 6.フェノーム解析
    表現型(Phenotype)の網羅的な解析。さまざまな遺伝子の変異体に関してどのような表現型になるか調べることによって、変異の入った各遺伝子の働きを予測する。ゲノム上のすべての遺伝子の機能を探ることを目的としている。
  • 7.マイクロタイタープレート
    英語ではMicrotiter plateと書かれる。実験器具の1つで、規則的に並んだ多くのくぼみ(ウェル)のついたプラスティック製の板(プレート)で、各ウェルに1つの試料を入れることで一度に大量の試料が検査できる (図1左上の写真参照).
  • 8.ベシクル・アッセイ法
    膜小胞分析法のこと。ベシクル・トランスポート・アッセイ(膜小胞輸送分析法)ともいう。目的の膜タンパク質を大量に発現させた細胞から膜小胞(ベシクル)を抽出して基質の輸送測定に使う。得た膜画分の一部が反転膜の構造になるため、生体内では基質を細胞内から細胞外へと輸送する因子の活性を、膜小胞への基質の取り込みという形で測定できる (図4A参照)
シロイヌナズナの変異体シリーズからの変異体選別の図

図1 シロイヌナズナの変異体シリーズからの変異体選別

シロイヌナズナの変異体シリーズを用いた表現型解析(フェノーム解析)の1つとして、マイクロタイタープレートを用いた多検体対応の迅速検定試験を行った。スキャン画像から生育状態を判定して、ABAに対する感受性の高い変異体を選別した。

蛍光タンパク質との融合による細胞内局在の図

図2 蛍光タンパク質との融合による細胞内局在

A:蛍光タンパク質をAtABCG25と融合して、タマネギ細胞に導入した際の観察写真。黄色の蛍光シグナルがAtABCG25の存在場所を示している。1つの細胞を取り囲むようにシグナルを観察した。

B:シロイヌナズナへ導入して根を観察した写真。同様に1つ1つの細胞を囲むようにシグナルを観察した。

植物体における発現場所の解析の図

図3 植物体における発現場所の解析

A:シロイヌナズナ2週齢の植物体。青く染色されている部分が遺伝子の発現場所を示す。

B:根の拡大写真。根の中心部分(維管束周囲)を染色している。

C:葉の断面写真。維管束周囲を染色している。

ベシクル・アッセイによるABA輸送活性の測定の図

図4 ベシクル・アッセイによるABA輸送活性の測定

A:ベシクル・アッセイの模式図。目的のタンパク質AtABCG25を発現させた膜小胞(ベクシル)を抽出して、輸送エネルギーとなるATPを加えてラベルされた基質(ABA)の取り込みを測定した。

B:抗体を用いて膜小胞(ベシクル)が作製していることを確認した。

C:経時的な取り込み量の測定。ATP依存的に基質輸送を観察した。

過剰発現植物体の表現型解析の図

図5 過剰発現植物体の表現型解析

A:通常の植物(Cont)よりも発現量が高くなっている植物(OE)の選抜。

B:葉の重さからの水分蒸散量を測定。過剰発現植物体では蒸散量が低下している。

C:4週齢の植物体の写真(上)。サーモグラフィーによる観察(下)によって過剰発現植物体では葉温が高く、蒸散量が低下していることが分かる。

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