広報活動

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2010年3月1日

独立行政法人 理化学研究所
独立行政法人 科学技術振興機構

ハンチントン病の新しい遺伝子治療に、モデルマウスで初めて成功

-異常タンパク質に基づく多くの神経変性疾患にも応用が可能-

ポイント

  • 病因である異常蓄積したタンパク質の分解を促進する融合ペプチドを作製
  • シャペロン介在性オートファジーというタンパク質分解系を活用
  • ハンチントンモデルマウスで、異常タンパク質を除去するシステムを確認

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST、北澤宏一理事長)は、神経変性疾患の1つで、認知症や不随意運動、行動異常などを引き起こす治療困難な神経病であるハンチントン病※1をはじめとした、ポリグルタミン病※2に対する新しい遺伝子治療に、モデルマウスを用いて成功しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)構造神経病理研究チームの貫名信行チームリーダー、ピーター・バウエル研究員、国立精神・神経センター永井義隆室長らによる成果です。

ハンチントン病に代表されるポリグルタミン病は、遺伝性の病気で、その症状には不随意運動や認知症(ハンチントン病)、歩行障害などの小脳症状(遺伝性脊髄小脳失調症)が認められます。これらの病気では、原因遺伝子の1部で、グルタミンというアミノ酸をコードする3つの塩基配列(C=シトシン、A=アデニン、G=グアニン)が異常に伸長しています。通常ではCAGの繰り返しが20回程度であるのに対し、ポリグルタミン病の場合は40回以上にも伸長し、このため、異常に伸びたグルタミン鎖を含む原因遺伝子産物が神経細胞に蓄積し、神経細胞死や機能異常を引き起こします。

研究グループは、ポリグルタミン病で蓄積する異常タンパク質の分解を促進する新たな遺伝子治療法を開発し、モデルマウス実験で、治療効果が確かなことを世界で初めて確認しました。その手法とは、異常タンパク質をシャペロン※3と結合させる機能を持つペプチドを細胞内に発現させ、シャペロン介在性オートファジー※4というタンパク質分解系を利用して分解するというものです。この方法は、原理的にほかの神経変性疾患にも応用可能で、遺伝子治療や薬物治療の新たな方向性を示しています。

本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の「精神・神経疾患の分子病態理解に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」研究領域(研究総括:国立精神・神経センター樋口輝彦総長)における研究課題「ポリグルタミン病の包括的治療法の開発(研究代表者:貫名信行)」によって得られ、米国の科学雑誌『Nature Biotechnology』に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月28日付け:日本時間3月1日)に掲載されます。

背景

遺伝性の病気であるハンチントン病や脊髄小脳失調症の多くは、その原因遺伝子に、正常では見られない変化を生じています。具体的には、この原因遺伝子を構成する塩基配列の一部に、グルタミンをコードする3つの塩基配列(C=シトシン、A=アデニン、G=グアニン)の繰り返しが、通常では20回程度であるのに対し、40回以上にも伸長しています。その結果、異常に伸びたグルタミン鎖(伸長ポリグルタミン)を含む原因遺伝子産物が神経細胞に異常に蓄積し、神経細胞死や機能異常を引き起こします。これらの疾患は、伸長ポリグルタミンが病気の発症に強くかかわっていることから、まとめてポリグルタミン病と呼ばれています。ハンチントン病は、国内で100万人中に6人程度が罹患しています(2006年末現在、厚生労働省のHPより)。

近年、ポリグルタミン病は、病態を再現するモデルマウスの解析から、神経細胞の核にポリグルタミンを含むタンパク質凝集体(核内封入体)が形成されていることが分かり、凝集体形成が発症に重要な役割を果たしていることが示唆されていました。このため、このような凝集体形成を抑えることが治療に重要であると考えられています。しかし、そのために有効な手法はまだ確立されておらず、異常遺伝子の発現や凝集を抑えるなどの試みがなされています。

研究グループはこれまで、伸長ポリグルタミンがさまざまな構造を取ることを示しており、この点に着目して、この異常タンパク質を特異的に分解する方法の開発を目指しました。

研究手法と成果

研究グループは、伸長ポリグルタミンが神経細胞内で発現する際に、タンパク質の折り畳みを助けるシャペロンHsc70※3と結合する部位を伸長ポリグルタミンに追加すると、直接、不要タンパク質を分解するライソゾーム※5(リソソームともいう)に運ばれ、その中のタンパク質分解酵素で分解されることを確認しました。このようなシャペロンによって、ライソゾームに直接運ばれ分解される系は、シャペロン介在性オートファジーと呼ばれています。そこで、国立精神・神経センター永井義隆室長らが開発した伸長ポリグルタミンに特異的に結合し、凝集を抑制するペプチドであるQBP1ペプチドに、シャペロンHsc70と結合するペプチド(HSC70bm)をつないだ融合ペプチドを作製しHQと名付けました。これを細胞内で発現させると、HQと伸長ポリグルタミン、シャペロンHsc70の3つの分子の複合体を形成して、ライソゾームに運ばれ、シャペロン介在性オートファジーによって分解されるのではないかと考えました(図1)。培養細胞を用いて実験を行ったところ、予想通り、このHQの発現によって、伸長ポリグルタミンはライソゾーム内で分解されました。つまり、細胞内で伸長ポリグルタミンを直接ライソゾームに運ぶバイパス経路を形成できたことを示しています(図2)

次に、ハンチントンモデルマウスでも、この異常タンパク質を除去するシステムが働くかどうかについて調べました。具体的には、HQを発現するアデノ随伴ウィルス(AAV)を、ハンチントン病で最も障害を引き起こしやすい部位である線条体※6に導入して、伸長ポリグルタミンに結合し凝集を抑えるQBP1(Q)だけの場合や、コントロールのタンパク質(R)を発現した場合と比較検討しました。AAVによってHQを発現させた結果、Qに比べてHQでより強く、伸長ポリグルタミンの発現量、凝集体が減少し、核内封入体も減少しました。ロタロッドテスト※7の結果や, 寿命(図3)でも、凝集体減少効果に応じた改善を認めました。

このように、細胞レベル、個体レベルの実験結果から①HQを発現することにより、シャペロン介在性オートファジーを利用して異常タンパク質の分解を促進すること②凝集抑制性に働くQBP1のみの効果よりHQの効果が増強することから、凝集抑制性だけでなく、分解を促進することが重要であること、を確認することができました。

今後の期待

今回の研究結果から、原理的には異常タンパク質に特異的に結合するペプチドや化合物と、シャペロンHsc70に特異的に結合するペプチドや化合物を融合した分子を利用することで、標的分子をシャペロン介在性オートファジーで分解する経路をつくることが可能になると期待できます。そのため、異常タンパク質の細胞内蓄積を特徴とするアルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患への応用も期待できます(図4)

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 構造神経病理研究チーム
チームリーダー 貫名 信行(ぬきな のぶゆき)
Tel: 048-467-9702 / Fax: 048-462-4796

お問い合わせ先

脳科学研究推進部
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

(JSTの事業に関すること)
独立行政法人科学技術振興機構
イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
河村 昌哉(かわむら まさや)
Tel: 03-3512-3531 / Fax: 03-3222-2066

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715
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独立行政法人科学技術振興機構 広報ポータル部
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. ハンチントン病
    ハンチントン病は主に中年以降に発症する常染色体優性遺伝の遺伝性慢性進行性の疾患である。その臨床症状は主に不随意運動であり、知能障害、精神症状を伴う。1983年にハンチントン病遺伝子が第4染色体短腕(4p16.3)に存在することが示され、1993年にその原因遺伝子(ハンチンチン遺伝子)が同定された。この原因遺伝子のエクソン1に存在するCAGリピートの伸長によって引き起こされる
  2. ポリグルタミン病
    CAGの繰り返し配列(リピート)が翻訳領域に存在すると、CAGがグルタミンに翻訳されるためグルタミン鎖(ポリグルタミン)が遺伝子産物に含まれる。この遺伝子産物の伸長したポリグルタミンの毒性によって発症すると考えられる。ハンチントン病、球脊髄性筋萎縮症、遺伝性の脊髄小脳失調症(SCA1,2,3,6,7,17)、DRPLAが現在知られているポリグルタミン病である。
  3. シャペロン、シャペロンHsc70
    タンパク質は正常に働くためには正しく折り畳まれる(フォールディング)必要がある。これを助ける一群のタンパク質がシャペロンと呼ばれ、熱ショックなどで誘導される。Hsc70はその1つで、シャペロン介在性オートファジーにおける標的タンパク質の輸送にかかわる。
  4. シャペロン介在性オートファジー
    細胞質のタンパク質がシャペロンHsc70によって認識され、直接ライソゾームに運ばれ、その内部に取り込まれて分解される系。
  5. ライソゾーム(リソソーム)
    細胞内の小器官で、膜に包まれた構造体で内部にタンパク質分解酵素を持つ。リソソームとも呼ばれる。
  6. 線条体
    大脳基底核の主要構成要素の1つで、被殻と尾状核から成る。運動機能、学習や記憶などさまざまな機能に関与する。ハンチントン病では主に神経細胞が脱落、変性する最も障害を引き起こしやすい部位で、線条体の障害により不随意運動を生ずる。
  7. ロタロッドテスト
    マウスの運動機能を見るテスト。回転棒に乗っていられる時間を測定する。いろいろな運動機能障害で時間が短くなる。

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異常伸長ポリグルタミンをシャペロン介在性オートファジーで分解する経路

図1 異常伸長ポリグルタミンをシャペロン介在性オートファジーで分解する経路

シャペロン介在性オートファジーを利用し、異常伸長ポリグルタミンを分解する経路を考えた。この経路では、異常伸長ポリグルタミンと特異的に結合するQBP1ペプチドとシャペロンHsc70に結合するペプチド(HSC70bm)を融合した融合ペプチドHQを発現すると、伸長ポリグルタミンとHsc70が複合体を形成して直接ライソゾームに運ばれ、Lamp2aの穴を通ってライソゾームの中に入り、分解される。

細胞内で伸長ポリグルタミンを直接ライソゾームに運ぶバイパスが形成できた様子

図2 細胞内で伸長ポリグルタミンを直接ライソゾームに運ぶバイパスが形成できた様子

細胞内でHQ、対照としてS、 HS、QBP1(Q)などのペプチドを、150リピートポリグルタミン(緑)を発現した細胞(左)に発現させて、ライソゾームのマーカー(lysotracker:赤)で染めると(中)、HQが発現した細胞では伸長ポリグルタミンがライソゾームに移動することが分かった(右)。

HQを発現したハンチントン病モデルマウスの寿命

図3 HQを発現したハンチントン病モデルマウスの寿命

HQをハンチントン病モデルマウスR6/2の線条体に発現すると寿命(50%生存期間)は140日となり、対照(R/R)の108日やQBP1 (Q)を発現したマウス123日に比べて最も延命された。また、ほかの実験的治療と比べても、HQの発現が最大レベルの効果を上げた。

異常タンパク質の細胞内蓄積を特徴とする神経変性疾患への応用

図4 異常タンパク質の細胞内蓄積を特徴とする神経変性疾患への応用

アルツハイマー病におけるタウやパーキンソン病のαシヌクレイン、筋萎縮性側索硬化症のTDP43などに特異的に結合するペプチドや化合物と、シャペロンHsc70に特異的に結合するペプチドや化合物を組み合わせることにより、細胞内異常タンパク質蓄積を抑える。その結果、病気の発症を抑えることが可能になるものと期待される。

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