要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、85℃という高温で生育し、進化の起源に近いと考えられる高度好熱菌サーマス・サーモフィラスHB8株※1を用いて、生命現象の根幹であるDNA修復機構※2の中で、一本鎖DNAを分解するタンパク質RecJの立体構造を明らかにし、一本鎖DNAに対する高い親和性の要因がRecJの構造によることを原子レベルで解明しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)放射光システム生物学研究グループの若松泰介連携研究員、倉光成紀グループディレクターらが「高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト※3」で行った研究成果です。
生命の遺伝情報はDNAに書き込まれており、これが書き換えられることは、進化の原動力となる一方で、細胞死やがん化の危険性を伴います。DNAは、細胞分裂のたびに複製していきますが、複製エラーを起こすことがあります。また、DNAは太陽光が含んでいる紫外線などの外的要因によっても絶えず損傷を受け、配列が書き換えられてしまう可能性があります。しかし、生物はこれらDNAの損傷を修復するDNA修復機構を備えており、その仕組みは、細菌でもヒトでも基本的に同じと考えられています。このDNA修復機構の中で、RecJなどの一本鎖DNA分解タンパク質が、DNAのエラー箇所を取り除くための重要な働きをしていることはすでに明らかになっています。しかし、その詳細な立体構造や、なぜ一本鎖DNAを特異的に分解するのかといった機構は明らかにされていませんでした。
研究グループは、サーマス・サーモフィラスHB8株のRecJの立体構造を解明するため、大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)※4を用いてX線結晶構造解析を行った結果、RecJが一本鎖DNAを包み込むようなO型の構造を形成していることや、核酸結合能を持つ典型的な構造を持っていることを突き止めました。この構造は、これまでの一本鎖DNA分解タンパク質では報告のないユニークな構造です。RecJの構造が明らかになったことにより、今後、RecJとよく似たアミノ酸配列を持つほかの一本鎖DNA分解タンパク質についても、詳細な働きが明らかになることが期待され、ヒトを含め多くの生物のDNA修復機構の解明に、大きく寄与するものと考えられます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Biological Chemistry』(3月26日号)に掲載されます。
背景
研究グループは、タンパク質をはじめとする生体分子の立体構造と生理・反応機能に基づき、1つの細胞すべての生命現象を、システム全体として理解しようと研究を展開しています。1999年には「高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト」を立ち上げ、モデル生物として、85℃という極限環境でも生育できる高度好熱菌サーマス・サーモフィラスHB8株を選びました。サーマス・サーモフィラスHB8株は、好熱菌の中でも(1)遺伝子数が約2,200個と少ない(ヒトは約23,000個、大腸菌は約4,500個)(2)厳しい環境で生きているためタンパク質が安定で、立体構造や機能を調べるのに都合がよい(3)遺伝子を操作する方法が確立されている、など多くの特徴を持っており、モデル生物に適していることが大きな理由です。
生命の遺伝情報はDNAに書き込まれており、これが複製エラーや紫外線などの外的要因で損傷し、書き換えられることは、進化の原動力となる一方で、細胞死や老化、がん化にもつながります。このため、生物はこの損傷を修復するためのさまざまなDNA修復機構を備えています。これらDNA修復を担うタンパク質は、細菌とヒトで異なりますが、その機構はほぼ共通しています。
研究グループはこれまで、この高度好熱菌を利用したDNA修復機構の解明に取り組んできました。高度好熱菌のDNA修復機構では、一本鎖DNA分解タンパク質がDNAのエラー箇所を排除するなど、非常に重要な役割を果たしていることが知られています。その中の1つに、細菌から多くの生物に共通して存在し、一本鎖DNAを分解する「RecJ」というタンパク質があり、DNA修復機構のうちミスマッチ修復機構※5(図1)や、塩基除去修復機構、相同組み換え修復機構で働くと考えられています。このRecJについては、1980年代中頃から主に大腸菌を用いた遺伝学的研究、生化学的研究は進んでいましたが、タンパク質の安定性が低く、結晶化が可能な良質なタンパク質を得ることが難しいため、立体構造は分かっていませんでした。このため、なぜ一本鎖DNAに対して高い親和性を持つ(結合する)のかも不明でした。
そこで、研究グループは、タンパク質が安定で結晶化効率も高いサーマス・サーモフィラスHB8株を活用し、RecJの一本鎖DNAに対する高い親和性の要因について、X線結晶構造解析を用いて明らかにすることを目指しました。
研究手法
良質な結晶を得るためには、タンパク質の安定性だけでなく、高純度の精製が可能であることが最低条件となります。研究グループは、精製時間の短縮や精製途中のタンパク質溶液への保存剤の添加など、精製方法の改良を進めることで、精製度を高めることに成功し、さらに、幅広い結晶化条件のスクリーニングと最適化により、解析可能な結晶を得るに至りました。この結晶について、高分解能でイメージングを行うため、SPring-8の理研ビームラインBL26B2を用いてX線結晶構造解析を行いました。
研究成果
SPring-8の高輝度な放射光によって、2.15Å(オングストローム)※6という高分解能のX線解析データを得ることができました。これらのデータを解析し、RecJ単体の構造だけではなく、触媒活性発現(DNAを分解すること)に必須なマグネシウムイオンやマンガンイオンとの、複合体構造を明らかにすることに成功しました。この解析から、RecJが一本鎖DNAを分解するのに適した、特別な構造をしていることが明らかになりました。
(1)RecJは4つのドメインからなるO型の構造をしている
X線結晶構造解析により、RecJは2つのドメインからなる触媒活性発現に必須なコアドメイン(ドメインIとII)と、そのほかに2つのドメイン(ドメインIIIとIV)を持ち、これら4つのドメインが環状につながってO型の構造を形成していることが分かりました(図2)。また、ドメインIとIIの間にある触媒活性部位の大きさは約11Åで、一本鎖DNA(直径約10Å)を分解するのに適した構造をしていることを明らかにしました。
(2)RecJは典型的なDNA結合構造を含んでいる
RecJは一本鎖DNA分解タンパク質ですが、そのドメインIIIには、DNA結合タンパク質に典型的な構造として知られる、オリゴヌクレオチド/オリゴ糖結合フォールド※7を持っていました(図3)。さらに、この部分を機能しないように変化させたRecJとの働きを比較するため、ゲルシフトアッセイ※8と呼ばれる生化学的解析を行いました。解析の結果、ドメインIIIが実際に一本鎖DNAと結合することが分かり、この領域が一本鎖DNAとの高い親和性に寄与することを証明しました。一本鎖DNA分解タンパク質に、オリゴヌクレオチド/オリゴ糖結合フォールド構造が含まれるということは、これまでに予想すらされていませんでした。DNA解析でRecJのアミノ酸配列はすでに知られていましたが、この構造が含まれることは推測できておらず、今回の構造解析で初めて明らかとなりました。
(3)一本鎖DNAとの新たな結合モデルを提案
これまでの知見と今回の研究成果を基に、RecJと一本鎖DNAとの結合モデルを構築しました(図4)。RecJは、コアドメインとオリゴヌクレオチド/オリゴ糖結合フォールドのDNA結合構造が一本鎖DNAを包み込むようなO型の構造をしているため、一本鎖DNAと結合する時は、これまでに知られていた一本鎖DNA分解タンパク質には見られない、ユニークな構造であることが予測されます。
今後の期待
RecJの立体構造を原子レベルで明らかにしたことで、一本鎖DNA分解タンパク質が、なぜDNAに対して高い親和性を示すのか、その理由はDNAを包み込むようなO型構造や、オリゴヌクレオチド/オリゴ糖結合フォールド構造の存在によることが明らかとなりました。多くの生物には、RecJとよく似たアミノ酸配列を持つ一本鎖DNA分解タンパク質が存在しますが、ほとんどがその構造や機能は不明です。今回の成果は、今後、それらの一本鎖DNA分解タンパク質の機能や構造を考える上で非常に役立つ知見となり、DNA修復機構の解明に大きく寄与することになります。DNA修復機構の仕組みは、細菌からヒトまで共通であると考えられることから、このような高度好熱菌を用いたDNA修復機構の解明は、将来的には、がんやDNA損傷を原因とする疾病の解明、治療につながることが期待されます。