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2010年4月1日

独立行政法人 理化学研究所
財団法人 高輝度光科学研究センター

光化学反応の超高速初期過程を自由電子レーザーでリアルタイム追跡

-FELとフェムト秒レーザーの2つの超短パルス光で一瞬を見る-

ポイント

  • 超短パルス光を同期し、時間分解光電子イメージングで観測
  • 分子内の反応状態を映し出す高速な電子状態変化をリアルタイム測定
  • 「夢の光」XFELを利用する超高速現象研究の実現性と有用性を証明

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と財団法人高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長:JASRI)は、自由電子レーザー(FEL)※1とフェムト秒(fs:1フェムト秒は1,000兆分の1秒)レーザーを同期※2させ、有機分子の光化学反応の初期過程をリアルタイムで追跡することに成功しました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)鈴木化学反応研究室の廖雪兒(リュウ・シイ)アジアプログラムアソシエート、小城吉寛協力研究員、鈴木俊法主任研究員、理研とJASRIが組織するX線自由電子レーザー計画合同推進本部(藤嶋信夫本部長)の研究グループの研究成果です。

合同推進本部は、国家基幹技術に指定された「X線自由電子レーザー(XFEL)※3」の発振に向けた準備を進めています。XFELは、放射光(強力なX線)とレーザー(波のそろった高品質な光)の両方の特長を併せ持つ、「夢の光」と呼ばれるまったく新しい光です。この光は輝度が高く、かつ非常に時間幅の短いパルス光のため、原子・分子レベルで起こるさまざまな超高速現象の追跡が可能とされ、欧州、米国、日本が鎬(しのぎ)を削って開発研究を進めています。特に、XFELとフェムト秒レーザーを同期させることで、一方の光パルスを物質に照射して、その瞬間から超高速で起こる変化をもう一方の光パルス照射で分析する、といった実験が可能になると期待されています。

研究グループは、XFELの小型プロトタイプ(SCSS試験加速器)※4である真空紫外領域のFELと、紫外線領域のフェムト秒レーザーを同期させ、時間分解光電子イメージング※5という手法で、ピコ秒(ps:1ピコ秒は1兆分の1秒)オーダーで起こる有機分子の光化学反応の初期過程を追跡観測することに初めて成功しました。観測実験は、理研基幹研究所のグループが開発した光電子イメージング装置を、SCSSのビームラインに接続して行いました。芳香族の化学物質「ピラジン※6」に、まず紫外フェムト秒レーザーを吸収させた後に、遅延時間を設けてFELを照射し、分子から電子を放出させました。この放出電子の分布を測定することで、内部転換※7項間交差※7と呼ばれる光化学反応の超高速初期過程を起こす様子を、明瞭(めいりょう)に観察しました。

今回の実験は、理研が建設したFELを使った初めてのレーザー同期実験であり、波長可変紫外フェムト秒レーザーと真空紫外FELによる光化学反応研究では、世界初の例です。今後、XFELを用いた化学反応の研究への大きな一歩となると考えられます。

本研究成果は、米国物理学会の科学雑誌『Physical Review A』速報版に近く掲載されるに先立ち、オンライン版(3月31日付け:日本時間4月1日)に掲載されました。

背景

理研とJASRIが組織するX線自由電子レーザー計画合同推進本部は、国家基幹技術に指定された「X線自由電子レーザー(XFEL)」施設を建設中で、2010年度内のレーザー発振に向けて、着々と開発・研究プロジェクトを進行しています。XFELは、放射光(強力なX線)とレーザー(波のそろった高品質な光)の両方の特長を併せ持つ、「夢の光」と呼ばれるまったく新しい光です。この光を使った新しい研究を、化学、物理、生命、創薬など多岐の分野にわたって展開していく計画は、すでに一部がスタートしています。理研は、XFELの小型プロトタイプとしてSCSS試験加速器を完成させ、2006年に自由電子レーザー(FEL)発振を確認して以降、XFEL実機の開発研究を進めるとともに、理研内外の19のグループが、FELの特長(真空紫外域の波長、高輝度、超短時間パルス光)を生かした多様な利用研究を、2008年度から実施しています。FELが高輝度で、かつ超短パルス光(光の持続時間が1ピコ秒以下:1ピコ秒は1兆分の1秒)を発生する点を利用し、FELとフェムト秒レーザー(持続時間が数~数100フェムト秒のパルスレーザー:1フェムト秒は1,000兆分の1秒)を同期させた時間分解測定が実現すると、分子の超高速な挙動をリアルタイムで追跡することが可能となります。このような時間分解計測は、XFEL実機でも予定している重要な課題で、欧州のFEL施設でも真空紫外FELと近赤外フェムト秒レーザー(チタンサファイアレーザーの基本波:波長800nm、1nmは10-9m)の同期実験が行われ、主に原子中での非線形光学現象※8の研究などが報告されています。合同推進本部は、SCSSのFEL光と、近赤外線から紫外線領域にわたり、任意の波長を発振できるフェムト秒レーザーとの同期実験の準備を進めてきました。また、基幹研究所鈴木化学反応研究室は、分子内の電子を光で放出させて3次元分布を高分解能に測定する時間分解光電子イメージング法を独自に開発し、さまざまな光化学反応を追跡観測する準備を進めてきました。

研究手法

研究グループは、SCSSの真空紫外FELビームラインに、基幹研究所から移設した光電子イメージング装置を接続しました(図1)。ビームラインと装置の中は真空です。この装置内にピラジン(C4H4N2)という、平面型の芳香族有機分子の蒸気を直径数mmの分子ビームとして導入しました。この分子ビームに「第1の光パルス」として紫外フェムト秒レーザー(波長324nm)を照射し、ピラジンを第1電子励起状態(S1状態)に励起しました。この瞬間から、S1状態の分子は光化学反応の初期過程の1つである項間交差を開始し、三重項励起状態(T1)に変化します。反応途上の分子中では、電子状態が高速で変化します。この様子を観察するために、「第1の光パルス」を照射してから数ピコ秒~数100ピコ秒の遅延時間を設け、「第2の光パルス」である真空紫外FEL(波長161nm)を照射し、ピラジン分子内の電子を真空中に放出させてピラジンをイオン化しました。放出された電子(光電子)を静電場によって加速し、特殊なスクリーンに投影してCCDカメラで撮影した像(光電子イメージ)は、光電子が真空中に飛び出す直前の電子状態の性質を反映しています。このため、遅延時間を少しずつ変化させて光電子イメージを観測することは、反応途上の分子内で電子状態が変化していく様子を調べることになります。遅延時間は、紫外フェムト秒レーザーとFELが発振するタイミングを、電気パルス信号で制御して変化させました。

研究成果

324nmの紫外フェムト秒レーザー照射の瞬間(ピラジンが光化学反応を開始した瞬間)から、それぞれ8、58、408ピコ秒後にFELを照射し、光電子を観測しました(図2)。反応開始直後(8ピコ秒後)には、分子がS1状態であることを示すリングが明瞭に見えましたが、時間の経過ともに薄くなり、408ピコ秒後には消失しています。この結果は、項間交差で電子状態がS1からT1へ変化していく様子が、ピコ秒オーダーのコマ送りで追跡観測できたことを表しています。研究グループは、「第1の光パルス」の波長を260nmに変更した実験も行いました。同じ分子であっても、吸収した紫外光の波長によって、その後に起こる過程は実にさまざまです。この波長では、多段階の複雑な電子状態変化が起こりますが、324nmの実験と同様に追跡観測に成功しました。反応開始直後の光電子イメージを解析して得たスペクトルは、反応途上の分子がどのような電子状態でどれだけ振動しているか、という情報まで含んでいます(図3)。過去の実験では「第2の光パルス」に波長198nmの紫外フェムト秒レーザーを採用しましたが、観察しているスペクトルが途切れていました。これは反応途上の分子すべてをイオン化する(電子を引きはがす)には、光のエネルギーが不十分だったことが原因です。このため、「第2の光パルス」を、より波長が短い(エネルギーが大きい)161nmのFELに変えたことで、スペクトル全体を測定することができました。

今後の期待

今回の研究では、紫外フェムト秒レーザーと、真空紫外FELという新しい光との組み合わせに加えて、光電子イメージングという最先端の手法で、ピコ秒オーダーで起こる光化学反応を追跡観測することに成功しました。波長可変な紫外フェムト秒レーザーは、さまざまな分子の光化学反応を開始させるために非常に適した光源で、真空紫外FELは、光のエネルギーが大きいため、反応途上のさまざまな分子を容易にイオン化することができます。そのため、この2つの光を同期させた時間分解光電子イメージング法は、小さな気相分子から、DNAを構成する核酸塩基など大きな生体系分子に至るまで、多様な光化学反応プロセスの解明につながる強力な手段となります。さらに、XFEL実機が発生するX線領域の光では、X線の散乱によって気体や液体中の化学反応のみならず、固体の物性を含むさまざまな物質の動的な変化を追跡できるようになります。今回の実験は、XFELとフェムト秒レーザーとを同期させた「夢の実験」の実現性と有用性を証明したものといえます。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 鈴木化学反応研究室
主任研究員 鈴木 俊法(すずき としのり)
Tel: 048-467-1433 / Fax: 048-467-1403
協力研究員 小城 吉寛(おぎ よしひろ)
Tel: 048-467-1433 / Fax: 048-467-1403

SCSS試験加速器に関すること
独立行政法人理化学研究所
X線自由電子レーザー計画合同推進本部 利用グループ
SCSS試験加速器利用チーム
チームリーダー 永園 充(ながその みつる)
Tel: 0791-58-2869 / Fax: 0791-58-2862

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.自由電子レーザー(FEL)
    電子(自由電子)を光速近くまで加速し、周期的に並べた磁石で蛇行させると、電子は蛇行するたびに放射光を発生し、光と相互作用する。その光は徐々に位相(光の波の山と山、谷と谷)がそろい、増幅され、自由電子レーザーとして発振する。
  • 2.レーザーの同期
    基準となる一定の周波数のパルス信号を複数のレーザー装置に送ることで、光パルス発振のタイミングを合わせること。
  • 3.X線自由電子レーザー(XFEL)
    波長がX線領域の自由電子レーザー。日本の科学技術を牽引する世界最高性能の研究・技術開発として、『国家基幹技術』に定められ、2006年度から施設の建設が始まり、2010年度の完成を目指している。米国(レーザー発振に成功)や欧州(ドイツ)においても同様の計画が進行中であり、日米欧の間で激しい競争が続いている。
  • 4.SCSS試験加速器
    XFELのプロトタイプ機。SCSSはSPring-8 Compact SASE Sourceの略で、SASE(Self Amplified Spontaneous Emission)とは反射鏡を使わずに光を増幅してレーザー発振を得る方法のこと。詳細は2006年6月22日付けプレスリリース「X線自由電子レーザー(XFEL)試験加速器からレーザー光の発振に成功」を参照。
  • 5.時間分解光電子イメージング
    第1のレーザー光パルスにより反応を誘起したり、分子運動を制御した後、第2のレーザー光パルスでその分子をイオン化し、電子(光電子)を放出させる。この、光電子の立体的な分布(速度と角度の情報)を画像として記録(イメージング)する方法。
  • 6.ピラジン
    分子式C4H4N2で表される、平面型の六員環構造を持つ芳香族化合物。光化学の分野では、紫外線吸収によって、内部転換や項間交差( ※7参照)という分子内反応を起こす典型的な分子とされている。
  • 7.内部転換、項間交差
    励起した分子の電子エネルギーが振動エネルギーに変換され、異なる電子状態へ変化する過程で、電子のスピン(自転)が変化しない場合を「内部転換」、ある1つの電子のスピンが反転する場合を「項間交差」という。
  • 8.非線形光学現象
    レーザーのように強い光が物質に入射したとき、物質の光への応答が、光の波の振幅に比例しない光学現象。複数の光子を同時に吸収する多光子吸収や、光の波長が物質中で変化する周波数変換過程などさまざまな現象がある。
真空紫外FELと紫外フェムト秒レーザーとを同期させた、時間分解光電子イメージング実験の装置模式図と、SCSS試験加速機の写真の画像

図1 真空紫外FELと紫外フェムト秒レーザーとを同期させた、時間分解光電子イメージング実験の装置模式図と、SCSS試験加速機の写真

反応途上の分子の電子状態をとらえた光電子イメージの図

図2 反応途上の分子の電子状態をとらえた光電子イメージ

324nmの紫外フェムト秒レーザーを「第1の光パルス」、161nmのFELを「第2の光パルス」として用いた実験結果。3つの異なる遅延時間(第1の光パルスによる反応開始からの経過時間)で測定した光電子イメージを並べて示した。分子がS1状態であることを示すリングが、時間の経過とともに徐々に消失していく様子が分かる。

光電子イメージを解析して得た光電子スペクトルの図

図3 光電子イメージを解析して得た光電子スペクトル

260nmの紫外フェムト秒レーザーを「第1の光パルス」、161nmのFELを「第2の光パルス」として用いた実験結果。2009年発表の研究では、198nmの紫外フェムト秒レーザーを「第2の光パルス」に用いており、スペクトルは11eV付近で途切れてしまっている。今回の研究では、161nmのFEL光を「第2の光パルス」に用い、スペクトル構造の全容を明らかにした。

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