広報活動

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2010年4月6日

独立行政法人 理化学研究所

長期安定性を誇るブレインマシンインターフェイス(BMI)技術を確立

-運動機能や認知感覚機能を代償するBMI技術の実用化に向けて一歩前進-

ポイント

  • 半年以上の長期安定使用が可能な低侵襲慢性留置型ECoG電極を開発
  • 脳の情報を確実にとらえ、意志を読み取るデコーディング性能は世界最高水準を達成
  • BMI技術のヒト臨床応用への道を拓き、脳の意図を着実に伝える道具の実現に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、従来の手法より低侵襲で長期間使用可能な慢性留置型ECoG電極※1を開発し、サルを使った実験で、数カ月間に渡って安定したデコーディング性能※2を維持する、世界最高水準のブレインマシンインターフェイス(BMI)技術を確立することに成功しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)適応知性研究チームの藤井直敬チームリーダーとジーナス・チャオ(Zenas Chao)研究員らの研究成果です。

BMI技術は、外部の機器と脳を接続する技術のことで、脳の意図を読み取り(デコーディング)、考えただけでさまざまなデバイスの操作を可能にするコミュニケーション技術です。この技術を用いることで、事故や病気によって失われた運動機能や、認知感覚機能などを再建し、代償することが可能だと期待されています。しかし、これまで世界中でさまざまな手法を用いてBMI研究が行われてきましたが、短期的に高い性能を確保することはできても、それを長期間維持することが大変困難でした。この長期安定性の欠如が、これまでのBMI研究の最大の壁となっていました。

研究チームは、すでにヒトの臨床でも使われている従来のECoG電極を独自に改良し、それを約6カ月~12カ月にわたる長期間、日本サルの脳内に慢性的に留置して長期性能を検討しました。その結果、この慢性留置型ECoG電極は、現在の世界トップレベルの短期的なデコーディング性能に遜色無い、高いデコーディング性能を示すとともに、長時間経過後も安定した性能を維持できることが分かりました。これにより、従来の方法と比較して、より低侵襲で、より高い安定性を持つ、世界最高水準のBMI技術が誕生したことになります。

今回の成果は、これまでのBMI技術開発の最大の課題であった長期安定性の問題を解決するまったく新しい手法で、BMI技術のヒトへの臨床応用の道を拓く極めて画期的なものです。

本研究成果は、オンライン科学雑誌『Frontiers in Neuroengineering』に3月31日に掲載されました。成果の一部は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムにより実施された「ブレイン・マシン・インターフェースの開発」で得られました。

背景

ブレインマシンインターフェイス(BMI)は、脳と外部の機器を結ぶために必須のコミュニケーション技術です。この技術開発は、すでに50年近い歴史を持っていますが、長期安定性に大きな問題があり、これまでは小規模な臨床治験レベルが限度でした。

従来BMI研究に使われていた脳活動記録用の電極は、剣山状の高密度電極(図1左剣山状電極※3)がほとんどでした。従来型BMIは、この剣山状電極を脳内部(実質)に刺入し、神経細胞活動の情報を記録することで、脳の表現する行動の意志を抽出します。しかし、電極そのものが異物であるため、異物を排除しようとする脳内の免疫反応が発生します。そのため、時間が経過するに従って電極の性能が低下し、脳内留置の数カ月後にはほとんどの電極が使用不可能になっていました。つまり、従来の剣山状電極は、脳実質に刺入するために脳へ与えるダメージが大きい(侵襲性が高い)上に、長期安定性の確保が難しいという2つの問題を抱えていました。特に、長期安定性にかかわる問題を克服するために、これまでさまざまな素材の電極が検討されてきましたが、素材を工夫しても長期安定性の問題を解決できないことが徐々に分かってきました。

研究手法

研究チームは、従来型BMI技術が抱える長期安定性の欠如と高い侵襲性という2つの問題を解決するために、ECoG電極と呼ばれる電極を改良し、その性能を評価することにしました。ECoG電極は、通常ヒトのてんかん患者の外科的治療を行う際に、診断補助手段として用いられています。このため、2週間程度の診断期間に限って使われるだけで、長期間脳内留置した場合の性能についてはまったく知られていませんでした。また、研究チームと類似のECoG電極を用いたBMI研究は、これまでにも行われていましたが、そのデコーディング性能は剣山状電極と比べるとはるかに低く、ECoG電極を用いることは、あまり実用的ではないと考えられていました。しかし、ECoG電極は、脳の表面に留置するだけなので、脳実質に直接的なダメージを与えることが少なく、剣山状電極と比較して比較的侵襲性が低いという利点がありました。

そこで研究チームは、独自に開発した長期留置目的のECoG電極(図1右)を、2頭の日本サルの硬膜下にインプラントし(埋め込み)、半年からほぼ1年に渡って、そのデコーディング性能と長期安定性を検討しました。新たな慢性留置型ECoG電極では、これまで皮膚表面に置いていたリファレンス電極とグランド電極を頭蓋内に留置します。この措置で、神経活動の記録時に発生するノイズが大幅に低減でき、日時を問わず安定した神経活動記録ができるようになりました。また、ヒト用のECoG電極は、外部装置に接続するコネクタが短期使用を目的に作られていたため脆弱で不安定でした。そこで、今回はコネクタ部分を長期間使用可能な防水式のコネクタに置き換え、それを頭部にしっかりと固定しました。これらの改良により、ほとんどメインテナンスを必要としない、プラグ&プレイの記録システムが実現しました。

実験中は、慢性留置型ECoG電極を用いた脳神経活動記録と同時に、サルの行動をモーションキャプチャ※4技術によって詳細に記録しました(図2)。その後、脳神経活動を基にサルの行動を予測する計算モデル(デコーダー※5)を作製し、そのデコーダーが神経活動から予測する「手」の3次元位置と、実際にモーションキャプチャが記録した「手」の位置を比較し、デコーダーの予測性能を検討しました。

研究成果

研究チームは、まず、サルの手の動きを慢性留置型ECoG電極で予測するためのデコーダーを作製し、その性能を検討しました。デコーダーが神経活動から予測するサルの手の動きの軌跡と、実際の手の動きを比較すると、その予測性能は極めて高く、剣山状電極を用いた従来型のデコーダーの性能とほぼ遜色ないことが分かりました。ECoG電極を用いて、このような高いデコーディング性能を示した報告は、これまで無く、剣山状電極に比べて低侵襲である慢性留置型ECoG電極が、BMI技術の1つとして有用であることが明らかになりました。

次に、そのデコーディング性能が時間経過に伴ってどのように変化するかを検証しました。通常、剣山状電極を用いた従来型デコーダーは、同じ一日のうちでも、時間が経過するに従ってデコーディング性能が低下します。そのため、デコーダーを毎日更新して最新のモデルを用いなければまったく使用できませんでした。しかし、新たに研究チームが開発した慢性留置型ECoG電極を用いたデコーダーは、時間が経過してもまったく性能が低下することなく、デコーダーの作製から数カ月経過した後でも、十分な予測性能を発揮できることを見いだしました(図3)。これは、デコーダーのメインテナンスにかかるコストが、従来と比べて大きく低下することを意味し、BMIの日常的な使用を考えた場合に大きな利点といえます。

今回の成果は、これまでのBMI研究の最大の壁であった長期安定性の問題を解決し、今後のBMI開発を加速する重要な知見となります。

今後の期待

これまでの侵襲型BMI技術は、その高い予測性能を発揮しながら、長期安定性の欠如と高い侵襲性という問題を抱えてきました。しかし、研究チームが開発した慢性留置型ECoG電極とデコーダーを使う技術で、その問題を解決できる兆しが見えて来ました。この技術をブレークスルーとし、今後は臨床分野との共同研究をさらに進展させることで、BMI技術を本当に必要とする人々の失われたコミュニケーション機能の再建が現実的なものとなると期待されます。

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 適応知性研究チーム
Laboratory Head 藤井 直敬
Tel: 048-467-9623 / Fax: 048-467-5264

お問い合わせ先

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. 慢性留置型ECoG電極
    ECoG電極は、大脳皮質表面に留置されるシートタイプの低侵襲型電極で、脳内の多点から神経活動を同時に記録することが可能である。記録可能な神経活動は、各電極周辺の神経細胞活動を足し合わせた情報(フィールドポテンシャル)で、脳局所の神経細胞集団の活動を反映しているといわれている。ECoG電極は元々てんかん発作の病巣部位を特定するために使われており、長期留置を目的として設計されていない。今回開発した慢性留置型ECoG電極は、長期間脳内に留置するために新しく設計し直したもので、今後のBMI技術の基盤技術として有用であることを示した。
  2. デコーディング性能
    脳内部の複数の部位から同時に記録される神経活動を基に、運動情報や、行動の意志などの情報を予測するデコーダーの予測性能のこと。計算モデルの予測値と実際の計測値が近ければ近いほど、性能が高い。
  3. 剣山状電極
    従来BMI研究では、神経活動を記録するために、脳の内部に沢山の針状の電極を高密度に配置した剣山状の電極を刺していた。この方法は、神経細胞1つ1つの活動を記録することが可能である一方、脳内部の狭い場所の神経活動しか記録できず、多様な情報を記録することが難しかった。また、脳に直接刺して使用するため、脳へのダメージが大きく、長期安定性が低いという問題点があった。
  4. モーションキャプチャ
    身体に装着した反射性マーカーの3次元位置情報を計測する技術。この技術を用いることで身体運動の制限をすることなく、正確な運動情報を記録することができる。
  5. デコーダー
    慢性留置型ECoG電極から記録される神経活動情報を基に、その情報の中から特定の運動情報に関係するものを抽出し、実際に行う運動を予測する計算モデル。デコーダーは、入力と出力を持つ一種の学習プログラムで、入力に神経活動情報を与えると、その情報を基にして計算を行い、運動情報を予測的に出力する。

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従来使ってきた剣山状電極(左)と今回開発した慢性留置型ECoG電極(右)

図1 従来使ってきた剣山状電極(左)と今回開発した慢性留置型ECoG電極(右)

慢性留置型ECoG電極を用いた脳神経活動記録とサルのモーションキャプチャ記録

図2 慢性留置型ECoG電極を用いた脳神経活動記録とサルのモーションキャプチャ記録

A) 2頭のサルの大脳皮質表面に慢性留置型ECoG電極をインプラントした。

B) 神経活動記録中のサルは、腕を動かして目の前に提示される報酬を手に入れる運動課題を行っている。サルの行動はモーションキャプチャを用いて記録し、動かしている腕の手首位置を、デコーダーの予測位置と比較した。

デコーディング性能の長期安定性

図3 デコーディング性能の長期安定性

手首の3次元位置(X、Y、Z)情報をデコードするデコーダーの予測性能が、デコーダー制作からどれくらいの期間安定した性能を保つかを調べた。横軸は日にち、縦軸が予測性能(r)とその安定度(log(pv))を表す。左の2つ(青と緑)がMonkey Aから、右の1つがMonkey Kから記録した性能変化。いずれの場合も、予測性能は低下していない。

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