広報活動

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2010年4月23日

独立行政法人 理化学研究所

鉄系高温超伝導体の超伝導機構解明に決定的な手がかり

-電子のさざなみを観測する新開発の手法で、超伝導を担うクーパー対の構造を決定-

ポイント

  • 走査型トンネル顕微鏡/分光で、超伝導状態の「電子のさざなみ」を可視化
  • 「電子のさざなみ」の特徴から、鉄系超伝導体のクーパー対はs±波構造と解明
  • 鉄系超伝導体の超伝導発現には、磁性が関与していることを強く示唆

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、鉄系高温超伝導体の超伝導発現機構解明のために、決定的な手掛かりとなるクーパー対※1の構造を実験的に初めて決定しました。解明したクーパー対の構造は、従来の超伝導体や銅酸化物高温超伝導体のものとは異なるs±※2と呼ばれる構造でした。クーパー対がこの構造を持つことは、超伝導発現に磁性が関与していることを強く示唆します。理研基幹研究所(玉尾皓平所長)髙木磁性研究室の花栗哲郎専任研究員、新髙誠司基幹研究所研究員、髙木英典グループディレクター、電気通信大学の黒木和彦教授による研究成果です。

日本で2008年に発見された鉄系超伝導体は、絶対温度※3で55 Kに達する高い超伝導転移温度※4を有することから世界の注目を集め、この超伝導現象の発現機構の解明を目指した研究が盛んに行われていますが、いまだに謎に包まれている状況が続いています。超伝導を実現するためには、電子が2個ずつ対になるクーパー対を形成する必要がありますが、この対形成にかかわる電子間引力の起源が分かれば、超伝導発現機構が解明できることになります。電子間引力の特徴は、クーパー対の構造に反映されるため、超伝導発現機構を解明するためにはクーパー対の構造を決定することが必要不可欠です。しかし、鉄系高温超伝導体には性質の異なる2種類の電子集団が存在し、これらが超伝導に関与して複雑な電子状態をとるため、これまでの手法ではクーパー対の構造を決定することができませんでした。

一般に、超伝導体の中に不純物などの欠陥が存在すると、電子は波の性質を持つため散乱され、互いに干渉して「電子のさざなみ※5」を生じます。この時、必ず対となる相手の電子の影響を受けるので、「電子のさざなみ」はクーパー対の構造に関する情報を含んでいます。今回、理研で開発した、強磁場下でも極めて高精度な観察が可能な走査型トンネル顕微鏡/分光(STM/STS)※6を用いて、鉄系超伝導体FeSe0.4Te0.6の「電子のさざなみ」が、磁場によってどのように変化するかを調べ、クーパー対が2種類の電子集団を持つ物質に特徴的なs±波と呼ばれる構造を持つことを明らかにしました。今後、新しい超伝導体の設計へとつながることが期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』(4月23日号)に掲載されます。

背景

ある種の金属の電気抵抗が完全に消失する超伝導現象は、MRI(核磁気共鳴画像)などに利用されているほか、エネルギー損失の無い送電などへの応用も期待されています。しかし、超伝導現象が発現するためには、絶対零度に近い極低温まで材料を冷却する必要があるため、普及の妨げになっています。超伝導現象は、1957年に米国のJ. バーディーン、L. N. クーパー、J. R. シュリーファー(頭文字をとってBCSと呼ばれている)の3人の理論物理学者によって解明され、電子が2個ずつ対として結びついたクーパー対が超伝導発現に本質的に重要であることが分かっています。クーパー対を形成するためには、負電荷を持つ電子を対にする「のり」として働く電子間引力が必要で、BCSはこの引力の起源を固体の結晶格子の振動にあると考えました。実際、ほとんどの超伝導体では、格子振動を媒介として超伝導現象が発現しています。しかし残念ながら、この機構では理論的に高い超伝導転移温度が期待できず、40 K程度が上限であろうと考えられ、この温度がBCSの壁と呼ばれています(図1黒)

1986年にスイスのJ. G. ベドノルツとK. A. ミューラーが発見した銅酸化物高温超伝導体※7は、この壁を打ち破り世界に衝撃を与えました。現在、銅酸化物系の超伝導体の転移温度は、135 Kに達しています(図1青)。こうした高い転移温度を実現する「のり」の起源を格子振動で説明することは困難で、従来とは異なる機構、中でも磁性がクーパー対形成に関与する機構が存在すると考えられています。さらに、2008年に東京工業大学細野秀雄教授の研究グループが、鉄系超伝導体と呼ばれる画期的な物質群を発見しました(図1赤)。鉄系超伝導体は、最高55 Kの転移温度を有し、現在のところ、銅酸化物以外でBCSの壁を越える唯一の高温超伝導物質群です。この鉄系超伝導体は、現在、基礎と応用の両面から世界中で盛んに研究されていますが、「のり」の起源、つまりクーパー対形成機構についてはいまだに解明されていません。

クーパー対形成機構の特徴は、クーパー対の構造に反映されます。クーパー対の構造は、「のり」の強さが電子の持つ運動量の大きさと方向によってどのように変わるかで決まります。また、クーパー対は位相※8と呼ばれる量子力学的な属性を持っており、位相も運動量に依存します。結果的に、クーパー対の構造は、電子の運動量の関数として、「のり」の強さと位相が織り成す抽象的な一種の「形」によって表現されます(図2)。位相は角度で表され、0°から360°までの値をとることができますが、格子振動が媒介する従来の超伝導体のクーパー対の位相は一定で、運動量の大きさにも方向にも依存しません(s波、図2左)。一方、磁性が媒介する非従来型の超伝導体では、電子の運動量に依存してクーパー対の位相が反転する複雑な構造を持ちます(図2中、右)。 このため、超伝導発現機構を解明する上で、電子の運動量とクーパー対の位相を決定することが極めて重要ということになります。

研究手法

研究グループは、電子の持つ波としての性質に着目しました。量子力学によると、電子は波として振る舞い、その運動量は波長の逆数に比例します。従って、電子の波を観測することができると、その波長から電子の運動量を求めることができます。固体の中で電子の波は動いているので、直接観測することは困難ですが、結晶格子に何らかの欠陥を導入して電子を散乱させると、進行波と散乱波が干渉して時間的に動かない定在波を生じます。この「電子のさざなみ」と呼ぶべき定在波は、走査型トンネル顕微鏡/分光(STM/STS)を用いて観察することが可能です。

超伝導状態では、電子が対を組んでいるので、電子の散乱が起きるときにクーパー対の構造の影響を受けます。従って、超伝導状態の「電子のさざなみ」は、クーパー対の構造に関する情報を含んでいることになります。同時に「電子のさざなみ」は、電子を散乱する固体内の欠陥の個性にも影響を受けます。この欠陥の性質が分かれば、クーパー対の構造の情報だけを取り出すことができますが、現実の固体にはさまざまな欠陥が存在するため、個々の欠陥の性質をあらかじめ知ることは極めて困難です。

研究グループはこれまでに、超伝導体に強い磁場を印加すると、素性の良く分かった欠陥を導入することができることを見いだすとともに、0.4 Kの極低温下で、11 T(テスラ)という強磁場中でも、原子レベルで完全に同一視野を保つSTM/STSを理研のナノサイエンス研究施設に建設し、実際に、銅酸化物高温超伝導体を用いて、電子の運動量の方向に依存してクーパー対の位相が反転する(d波、図2中)様子を観測することに成功しました(2009年1月23日プレスリリース)。

銅酸化物系の超伝導体では、超伝導に関与する電子集団は1種類だけであるため、位相の運動量の方向依存性の情報から、電子対の構造を一意に決定できました。しかし、鉄系超伝導体には、運動量の異なる2種類の電子集団が存在するため、運動量の方向だけでなく、その大きさごとに位相を決定することが必要です。

現在有力な理論モデルによると、鉄系超伝導体が持つ2種類の電子集団の関係は、強い「のり」の起源となる磁性を生み出すために有利な条件を満たしており、その結果、高い転移温度が実現すると予想されています。このモデルによると、異なる電子集団の間でクーパー対の位相が反転することが期待されます(s±波、図2右)。この、s±波構造を実験的に検証することができると、「のり」の起源は、格子振動ではなく磁性によるものである可能性が極めて高いことになります。

この、複数の電子集団の位相を決定することができる唯一の手段が、研究グループの開発したSTM/STSによる「電子のさざなみ」の強磁場中での観察です。

研究成果

STM/STSは、試料表面を観察する手法であるため、清浄かつ平坦な表面であることが欠かせず、しかも表面固有の電子状態を生じないという特別な材料を用意する必要がありました。研究グループは、これらの条件をすべて満たす物質「鉄セレンテルル:FeSe0.4Te0.6」(超伝導転移温度 14.5 K)に着目しました。この物質は、過剰な鉄が結晶中に取り込まれやすいことが課題でしたが、単結晶の育成条件をさまざまに変えて最適化を行い、過剰鉄の極めて少ない高品質な試料作製に成功し、「電子のさざなみ」の観測を可能にしました。

1.5 Kという極低温で観測した「電子のさざなみ」のパターンは、フーリエ変換※9という数学的処理を行うことで各波長成分に分解し、2つの異なる運動量を持つ電子集団を区別することに成功しました(図3)。さらに、10 T(テスラ)の強磁場を印加してこのパターンの変化を調べたところ、異なる電子集団の間でクーパー対の位相が反転していることを観測し、s±波と呼ばれる構造を持つことを見いだしました(図4)。つまり、鉄系超伝導体のクーパー対は、従来型の超伝導のように格子振動が媒介するのではなく、何らかの型破りな機構、おそらくは2種類の電子集団に関連した磁性によって形成されていることを明らかにすることができました。

今後の期待

今回、このクーパー対の構造を「s±波」と決定することができたため、鉄系超伝導体に対する理論モデルに非常に強い制約をつけることができました。磁性が鉄系超伝導の発現に重要な役割を果たしている可能性が極めて高いことを突き止めたといえます。この超伝導モデルによれば、同じ鉄系超伝導体でも、結晶構造の微妙な違いによって磁性の特徴が変化し、その結果クーパー対の構造が変わる可能性があります。今後、FeSe0.4Te0.6以外の鉄系超伝導体でクーパー対の構造を決定し、このような理論的予言を検証することができると、超伝導発現機構の詳細に迫ることが可能になり、新しい超伝導体の設計へとつながることになります。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 高木磁性研究室
専任研究員 花栗 哲郎(はなぐり てつお)
Tel: 048-467-5428 / Fax: 048-462-4649

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理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. クーパー対
    J.バーディーン、L.N.クーパー、J.R.シュリーファーの3人によって提唱された超伝導の理論であるBCS理論によると、超伝導状態では電子が2つずつ対になったほうがエネルギー的に安定になる。最初にこの対の存在を指摘したのがL.N.クーパーであったので、現在ではこの超伝導電子対のことを、クーパー対と呼んでいる。通常、電子の間には電磁気学のクーロンの法則に基づく反発力が働いているので、電子が対になるためには、何らかの「のり」が必要である。もともとのBCS理論では、「のり」として結晶格子の振動を考えていたが、近年、ほかにも「のり」の候補が考えられている。「のり」が強ければ強いほど、高い温度まで超伝導状態が保たれるが、強い「のり」は、格子振動と比べて複雑なことが多く、クーパー対に強い個性が現れることが期待される。
  2. s±
    クーパー対は、電子と同様に量子力学的な波動関数と呼ばれる関数で記述される。波動関数は複素数であり、「振幅」と「位相」の2つの量を持っている。波動関数は、振幅と位相が織り成す数学的な構造を持ち、その対称性(ここでは「形」と呼んでいる)で分類される。クーパー対の波動関数は、原子内の電子の波動関数との類似性に基づいて分類され、s軌道に対応する対称性をもつクーパー対の関数は波、d軌道に対応するものはd波と呼ばれている。複数の電子集団を持つ系では、系全体としては波と同じ対称性でも、電子集団の間では関数の位相が反転することが理論的には可能である。このような特殊なクーパー対の構造をs±波と呼んでいる。鉄系超伝導体はs±波が実現している最初の例である。
  3. 絶対温度
    温度は、熱による分子や原子の振動の激しさの指標なので、下限が存在する。この温度の下限のことを絶対零度と呼び、水の凝固点を温度の基準にした摂氏温度で表すと-273.15 ℃である。絶対零度を温度の基準にし、温度の目盛りは摂氏温度と共通にした温度を絶対温度と呼び、単位はK(ケルビン)で表す。摂氏0 ℃は絶対温度で273.15 Kと表される。
  4. 超伝導転移温度
    金属の電気抵抗が、低温で突然消失する「超伝導」現象が起こる温度。
  5. 電子のさざなみ
    量子力学によると、電子は粒子であると同時に波としての性質を持ち、固体中の電子は、多くの場合、波となって結晶全体に広がっている。このような電子の波が散乱を受けると、波の干渉によって、散乱源の近くに定在波が形成される。定在波の腹にあたる部分では電子密度が高いのに対し、定在波の節では電子の存在確率がゼロになっている。従って、空間的に電子の存在確率が変調されることになる。電子密度分布を測定すれば、このような変調構造(準粒子干渉パターン)を観察できる。ここでは、このような電子密度分布の変調構造を「電子のさざなみ」と呼んでいる。
  6. 走査型トンネル顕微鏡/分光(STM/STS)
    走査型トンネル顕微鏡(STM)は、電圧を印加した鋭い金属の探針を、導電性の試料の表面に極めて近くまで接近させたときに、探針試料間に流れる量子力学的な電流(トンネル電流)の分布を2次元的に記録し、試料表面の凹凸や電子状態の分布を原子レベルの超高分解能で描き出すことのできる装置。1981年にスイスのG. ビーニッヒとH. ローラーによって発明された。探針に印加する電圧を変化させることによって、特定のエネルギーを持つ電子状態を選択的に取り出して、その分布を調べることもできる。このような測定法を走査型トンネル分光(STS)と呼んでいる。
  7. 銅酸化物高温超伝導体
    銅と酸素で構成される2次元的なシートを基本構造に持つ一連の超伝導体の総称。1986年にスイスのJ. G.ベドノルツとK. A.ミューラーによって発見されたLa2-xBaxCuO4が最初の銅酸化物超伝導体である。現在最も高い温度(135 K)まで超伝導状態を保つHgBa2Ca2Cu3Oyもこの物質群の1つである。
  8. 位相
    電子やクーパー対の振る舞いは量子力学の法則に従い、波動関数と呼ばれる複素数の関数で記述される。通常の実数が数直線上の点で表されるのに対し、複素数は複素平面と呼ばれる平面上の点として表される。原点から点までの距離を振幅、原点から伸びる実軸と呼ばれる軸(この取り方には任意性がある)と原点と点を結ぶ直線とのなす角度のことを位相という。おおまかに言って、観測にかかる電子の存在確率や、クーパー対の強さのような直接観測にかかる量は振幅に関係しているのに対し、位相は、量子力学的な波の干渉効果を支配している。
  9. フーリエ変換
    さまざまな成分の波から構成されているパターンから、各成分を抽出する数学的手法。フーリエ変換を行うと、波長が長い成分は原点付近に、波長が短い成分は原点から遠い点に信号を作る。また、波が平面波の場合、フーリエ変換パターンでは、波面に垂直な方向に強度が現れる。すなわち、フーリエ変換したパターンにスポットがある場合、原点とスポット間の距離の逆数から波長を、原点から見たスポットの方向から波面と垂直な方向を、それぞれ求めることができる。

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超伝導転移温度の変遷

図1 超伝導転移温度の変遷

黒色は、格子振動を媒介とする代表的な超伝導体のデータを現している。2001年に青山学院大学の秋光純教授のグループが発見したMgB2の転移温度はBCSの壁に迫っており、格子振動機構に基づく超伝導体の究極と考えられている。青色は銅酸化物超伝導体、赤色は鉄系超伝導体のそれぞれ代表的物質のデータを表す。いずれもBCSの壁を越えており、格子振動以外の機構で超伝導になっていることが示唆される。

電子対の構造の模式図

図2 電子対の構造の模式図

左:格子振動を媒介として形成される「s波」の電子対は、電子の運動量の方向や大きさによらず、等方的な形をしており、青色で模式的に表現した「位相」も変化しない。

中:銅酸化物高温超伝導体は1種類の電子しか持たないが、電子対の構造は、「d波」と呼ばれる運動方向に強い依存性を持つ複雑な形をしており、青色と赤色で表現した位相反転を伴う。

右:鉄系超伝導体で実現している「s±波」の電子対は、異なる円で表現したとおり、運動量の大きさも方向も異なる電子集団が2種類存在し、それぞれの集団内では電子対は等方的で、位相も変化しない。しかし、中央の電子集団と(青)、それを取り囲む電子集団(赤)では、位相が反転している。

Fe(Se,Te)における電子のさざなみの磁場変化

図3 Fe(Se,Te)における電子のさざなみの磁場変化

STM/STSで観測した電子状態分布(左図)。不均一な電子状態に重なって、電子定在波が細かい格子状の構造として解像されている。フーリエ変換を施すと、波の成分をスポットとして分離することができる(右図)。水平垂直方向に現れる4つの強いスポットは、2種類の異なる電子集団の間の電子の散乱に関係しているのに対し、対角線方向の弱い4つのスポットは、同じ電子集団同士の散乱に起因している。10 T(テスラ)の磁場を印加すると(下段)各スポットの強度が変化していることが分かる。

電子のさざなみのフーリエ変換の磁場依存

図4 電子のさざなみのフーリエ変換の磁場依存

磁場(10T)中での「電子のさざなみ」のフーリエ変換パターンから、磁場が無いときのデータを差し引いたもの。青色のスポットは磁場によって強度が増大し、赤色のスポットは逆に強度が低下したことを意味する。水平垂直方向の4つの赤色のスポットは、異なる電子集団の間のさざなみの強度が磁場で抑制されたことを意味しており、両者でクーパー対の位相が反転していることを表している。

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