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2010年5月11日

独立行政法人 理化学研究所

出来損ないタンパク質を分解する酵素「PNGase」の新機能を発見

-ショウジョウバエPNGaseに、発生・生殖を制御する生理機能を見いだす-

ポイント

  • ショウジョウバエのPNGaseオルソログタンパク質であるPnglの生理機能を解析
  • Pngl遺伝子に変異を起こすと、発生に異常を生じ、生殖にも影響
  • Pnglに、脱糖鎖活性とは異なる重要な機能が存在し、その機能は進化的に保存

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、実験動物として広く用いられているショウジョウバエを使って、真核細胞の細胞質に広く存在する「細胞質ペプチド:N-グリカナーゼ(PNGase)※1」が、これまで知られる脱糖鎖活性とは別の、生存にかかわる重要な生理機能を持つことを発見しました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)糖鎖代謝学研究チームの鈴木匡チームリーダーと船越陽子 元研究員(現SBIバイオテック株式会社 研究開発部チームリーダー)、伊藤細胞制御化学研究室の伊藤幸成主任研究員、国立大学法人大阪大学、国立大学法人群馬大学および米国のStony Brook大学らによる共同研究の成果です。

細胞の中には出来損ないのタンパク質を選別、除去する機構が存在しています。これまでに研究グループを含む世界の研究者らは、幅広い種の真核生物の細胞質に存在する脱糖鎖酵素PNGaseが、糖タンパク質からN型糖鎖を切り取る脱糖鎖活性を持ち、速やかに出来損ないの糖タンパク質を分解するために必要であることを明らかにしてきました。しかし、真核生物のモデル生物である出芽酵母では、この酵素を欠損した変異体に生育の異常が見られず、この酵素の生物学的重要性は不明のままでした。またPNGaseは、進化的に非常に興味深いタンパク質で、カビ、線虫、植物、ハエなどでドメイン※2構造がまったく異なる形で進化を遂げており、それぞれが種特異的な生理機能を獲得している可能性が考えられていました。このうち、ハエのPNGaseオルソログ※3タンパク質は、ヒトやマウスといったほ乳動物のPNGaseとドメイン構造が同一で、両者の間でその生理機能が進化的に保存されていると考えられています。

今回、研究グループは、ショウジョウバエにおけるPNGaseオルソログタンパク質をPNGase-like(Pngl)と命名し、このPnglをコードするPngl遺伝子の変異体を作製することで、Pnglの生理機能を解析しました。その結果、生育異常が見られない出芽酵母の例と異なり、ショウジョウバエのPngl変異体では発生や生殖に顕著な異常が生じることを見いだしました。また、興味深いことに、このPnglには、糖鎖を切り取る脱糖鎖活性がありませんでした。これは、脱糖鎖活性が生存に必須ではなく、Pnglには生存にかかわる別の重要な機能があることを示しています。さらに、マウスのPNGaseをショウジョウバエPngl変異体に導入すると、この変異体は正常に成長したことから、Pnglの新たな機能は、ほ乳類をはじめ幅広い生物種に共通して存在する可能性が高まりました。

本研究成果は、米国のオンライン雑誌『PLoS One』(5月10日付け)に掲載されます。

背景

細胞質ペプチド:N-グリカナーゼ(PNGase)は、酵母からほ乳類まで幅広い真核生物に保存されているタンパク質で、その高い保存性から、生物にとって何らかの重要な生理機能を持つことが予想されてきました。また、このPNGaseは、酵素活性に必須のコアドメイン以外の部分が、異なる生物種でまったく違ったドメイン構造を持つことから、進化の過程で種特異的な機能を獲得してきた可能性も示唆されています(図1)。これまでの研究で、酵母やほ乳動物のPNGaseは、糖タンパク質からN型糖鎖を切り取る脱糖鎖活性を持ち、出来損ないの糖タンパク質を分解する過程を促進することが分かっています(図2)。しかし、出芽酵母でこのタンパク質を変異させても、生存に何ら影響が出ないことから、このタンパク質の存在意義は不明のままでした。

そこで研究グループは、ほ乳類のPNGaseとドメイン構造が同一のPNGaseオルソログタンパク質を持つショウジョウバエをモデル生物として用い、生体内におけるPNGaseの存在意義を解析しました。

研究手法と成果

(1)ショウジョウバエのPNGaseオルソログタンパク質Pnglの同定と生化学的解析

研究グループは、ショウジョウバエにおけるPNGaseオルソログタンパク質をPNGase-like(Pngl)と命名し、発現タンパク質を作製して生化学的に解析しました。その結果、ショウジョウバエPnglが、ほかの種のPNGaseと非常に似通ったコア部分を持ち、細胞質内に局在して糖鎖への結合能を保持するなど、多くのPNGaseオルソログタンパク質と共通の性質を持つことが分かりました。しかし、驚いたことに、Pnglでは、PNGaseの脱糖鎖活性に必須である亜鉛イオン結合モチーフが欠如しており(図1)、実際、Pnglには脱糖鎖活性が検出できませんでした。また、出芽酵母で、脱糖鎖活性を持つPNGaseの亜鉛イオン結合モチーフを、ショウジョウバエの相同なアミノ酸配列に変換すると、脱糖鎖活性を失ってしまいました。このことから、ショウジョウバエPnglは、脱糖鎖活性とは異なる未知の生理機能を持つ可能性が示されました。

(2)ショウジョウバエ

Pngl

の変異体の作製と表現型解析

次に研究グループは、ショウジョウバエPnglをコードするPngl遺伝子の変異体を作製し、その変異による影響を調べました。その結果、Pngl変異体は、幼虫から蛹(さなぎ)の時期にかけて、正常個体に比べて著しく成長が遅れ、そのほとんどは幼虫や蛹の時期の途中で成長が停止してしまい、最終的に致死となってしまうことが判明しました。また、成虫になるまで生き延びた場合でも、その多くが不妊、不稔となることから、正常な発生、生殖にPnglタンパク質が必須であることが分かりました(図3)。すなわち、Pnglが、ショウジョウバエの正常な発生や生殖にかかわる重要な生理機能を持つことを明らかにすることができました。

興味深いことに、このPngl変異体にマウスのPNGaseオルソログであるNgly1タンパク質を導入すると、正常に成長しました。これは、今回新たに見つかったPnglの生理機能が、種を超えてほ乳類でも保存されている可能性を示したことになります。

今後の期待

ショウジョウバエのPnglタンパク質は、進化の過程で、PNGaseの主たる機能として考えられていた脱糖鎖活性を失っていましたが、逆にそのことによって、脱糖鎖活性が生存に必須ではなく、Pnglには発生にかかわる別の重要な機能があることを明らかにすることができました。研究グループは、ごく最近、アカパンカビ※4でもPNGaseのオルソログタンパク質が脱糖鎖活性に依存しない生理機能を持つことを見いだしました(J Biol Chem.285(4):2326-32 (2010))。これらのことから、PNGaseタンパク質の重要性は、脱糖鎖活性以外の部分に隠れていて、その知られざる機能が、進化的に古くから保存されている可能性が初めて示されました。

一般に、ある酵素が幅広い種に共通して見いだされている場合、その酵素活性が生存に重要な生理機能を持つと広く信じられています。本研究で、PNGaseオルソログタンパク質は、構造が似ていても種によって脱糖鎖活性がないことや、それにもかかわらず変異を起こすと生存に影響が出ることから、脱糖鎖活性とは異なる重要な生理機能を持つことが判明しました。また、その新たな機能は、種を超えてほ乳類などにも共通であることが示されたことから、何らかのヒト疾患がPNGaseタンパク質の異常によってもたらされる可能性も考えられます。今後、解析を進めることによって、PNGaseとヒト疾患との関連についても明らかになると期待できます。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 ケミカルバイオロジー 研究領域
システム糖鎖生物学研究グループ
糖鎖代謝学研究チーム
チームリーダー 鈴木 匡(すずき ただし)
Tel: 048-467-9628 / Fax: 048-467-9626

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ペプチド:N-グリカナーゼ(PNGase)
    N型の糖鎖を糖タンパク質の根元から切り取る活性のある酵素。本研究ではこの活性を持つ酵素のうち、細胞質に局在するものをターゲットとしている。
  • 2.ドメイン
    タンパク質の一部で、安定した立体構造をとるように折り畳まれているユニットのこと。それぞれのドメインごとに物質との結合や酵素反応などの機能を持っていることが多い。また、各ドメインは別のドメインとは独自に進化を遂げていると考えられている。多くのタンパク質はこのドメインがいくつか集まったマルチドメイン構造をとっている。
  • 3.オルソログ
    共通の祖先から配列を保持しながら種分岐を経て進化して来た遺伝子やタンパク質のこと。その配列の高い類似性から異種間でも相同な機能を持つことが多いと考えられる。
  • 4.アカパンカビ
    糸状菌の一種であり、遺伝学のモデルとして歴史的に用いられてきたカビ。かつてこのカビの突然変異の研究から、一遺伝子一酵素説が生まれ、遺伝子からタンパク質への流れを説明できるようになった。赤みがかった胞子をつけることからこの名前がついた。
幅広い生物種を超えて保存されている細胞質PNGaseの図

図1 幅広い生物種を超えて保存されている細胞質PNGase

緑色で示したコア部分は、すべての種に共通しているが、進化の過程で異なるドメインを獲得してきたため、N末端(左側)やC末端(右側)に種によって独自のドメインを持っている。ショウジョウバエPnglは、全体的にマウス相同タンパク質Ngly1と同じ構造を持つが、亜鉛イオン結合モチーフを欠く。

N型糖鎖を切断するPNGaseの酵素活性の図

図2 N型糖鎖を切断するPNGaseの酵素活性

(a)PNGaseは、N型糖鎖を糖鎖が結合している糖タンパク質から切り取る活性を持つ。

(b)細胞質のPNGaseは、出来損ないの糖タンパク質から糖鎖を切り取り、細胞質で速やかに分解されるよう助ける。

ショウジョウバエPngl変異体の表現型の図

図3 ショウジョウバエPngl変異体の表現型

(a)25℃で飼育している場合、正常なショウジョウバエは10日程度で成虫となる。一方、Pngl変異体は成長が遅れるため、羽化までにより長い日数を要する上、ほとんどの個体は途中で成長を停止し、幼虫から蛹、蛹から成虫とならずに最終的に死んでしまう。

(b)写真は左が正常なショウジョウバエの飼育ビン、右がPngl変異体の飼育ビン。左では既に多くのハエが幼虫から蛹に変わっているが、右ではようやく何匹かがまだビンの壁を這っている幼虫の状態である。

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