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2010年7月6日

独立行政法人 理化学研究所
慶應義塾大学先端生命科学研究所

植物のリン酸化制御機構の普遍性を遠縁種の比較で解明

-モデル植物で得た情報資源を実用植物研究に有効利用する第一歩-

ポイント

  • イネのリン酸化タンパク質とリン酸化部位を初めて大規模に解析、3,393種を同定
  • 異なる植物種間でリン酸化されるタンパク質群に高い保存性を発見
  • リン酸化プロテオーム解析情報を公開し、さまざまな植物種の研究開発に大きく貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と慶應義塾大学先端生命科学研究所(山形県鶴岡市、冨田勝所長)は、イネのリン酸化プロテオーム解析を行い、3,393種類という大規模なリン酸化修飾を受けているタンパク質(リン酸化タンパク質)とそのリン酸化部位の同定に成功しました。さらに、イネと遠縁種にあるモデル植物のシロイヌナズナのリン酸化プロテオーム解析情報と比較し、多様性に富む植物種間で共通のリン酸化制御機構が機能していることを明らかにしました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物免疫研究グループの白須賢グループディレクター、植物プロテオミクス研究ユニットの中神弘史ユニットリーダーらと慶應義塾大学先端生命科学研究所の石濱泰准教授、杉山直幸研究員らの研究グループによる共同研究の成果です。

実用植物の機能改良は、食料、エネルギー、環境問題など深刻化していくさまざまな地球規模の問題の解決に欠かせない重要課題の1つですが、この実用植物の研究は技術的な制約により多くの困難が伴います。そこで、遺伝資源や解析ツールが充実しているシロイヌナズナに代表されるモデル植物で得てきた情報資源を、実用植物の研究に有効利用することが求められています。そのためには、多様性に富む植物種間で共通する分子メカニズムを知ることが必要となります。

リン酸化は、生体内のタンパク質の機能を制御する非常に重要な機構の1つで、植物のあらゆる生理現象にかかわっています。研究グループは、植物のリン酸化制御機構が植物種間でどの程度保存されているかを調べるため、双子葉植物のシロイヌナズナと植物進化で遠縁種にあたる単子葉植物で、世界三大穀物の1つであるイネを用いてリン酸化プロテオーム解析を行い、単子葉植物として初めてリン酸化タンパク質の大規模同定に成功しました。この同定情報を利用し、イネとシロイヌナズナでリン酸化タンパク質の詳細な比較解析を行った結果、2種間でその半数以上が共通することが分かりました。このことは、情報資源が限られている植物種の研究に、ほかの植物種で得たリン酸化情報を利用できることを示しており、さまざまな実用植物種の研究に大きく貢献すると期待されます。同定したイネとシロイヌナズナのリン酸化部位の情報は、5月12日からPlant Phosphoproteome Databaseにて公開しています。

この研究成果は、米国の科学雑誌『Plant Physiology』(7月号)に掲載されます。

背景

タンパク質のリン酸化は、生体内のタンパク質の機能を制御する非常に重要な機構の1つで、さまざまな生物種で細胞内シグナル伝達の手段として広く利用されています。そのため、細胞内でのタンパク質のリン酸化状態を網羅的に解析する「リン酸化プロテオーム解析」は、生物の生理現象を支配する分子メカニズムの理解に欠かせません。植物の生理現象の多くも、タンパク質のリン酸化によって制御されています。研究グループはこれまでに、植物細胞内のリン酸化修飾を受けているタンパク質(リン酸化タンパク質)を大規模に同定する技術を確立し、双子葉植物のモデル植物であるシロイヌナズナのリン酸化プロテオーム解析に成功しました(2008年5月6日プレスリリース)。

このようにモデル植物で得た分子レベルでの知見は、詳細な解析が困難な実用植物の機能改良に欠かせません。しかし、多様性に富む植物種間で、モデル植物と共通の分子メカニズムが機能しているとは限りません。モデル植物で得た情報資源を実用植物の研究開発に有効利用するためには、異なる植物種間で分子メカニズムがどの程度保存されているかを知る必要があります。双子葉植物と単子葉植物のように植物進化で遠縁種にあたる植物間での保存性を調べることで、植物種間での分子メカニズムの普遍性を知ることができます。

異なる植物種のリン酸化プロテオームを比べ、リン酸化タンパク質やそのリン酸化部位がどの程度保存されているかを調べることで、植物種間でのリン酸化制御機構の保存性が分かると、モデル植物で蓄積された大量のリン酸化制御機構にかかわる情報の有効利用につながります。しかし、これまで植物でのリン酸化プロテオーム解析の情報がシロイヌナズナに限られていたため、異なる植物種間でのリン酸化制御機構の保存性は調べられていませんでした。

研究手法

植物種間でリン酸化プロテオームを比較し、リン酸化制御機構の保存性を知るためには、双子葉植物のシロイヌナズナと植物進化で遠縁種にあたる植物種のリン酸化プロテオーム解析情報を取得する必要があります。研究グループが確立したリン酸化プロテオーム解析技術は、ゲノム情報を必要とするため、ゲノム情報が利用可能な植物種の中で、シロイヌナズナから最も遠縁種にあたる単子葉植物で、世界三大穀物の1つであるイネでリン酸化プロテオーム解析を行いました。

リン酸化プロテオームの比較には、異なる植物種で同様の機能を有するタンパク質(オルソログタンパク質)の情報が必要です。タンパク質のアミノ酸配列情報を利用すると、オルソログタンパク質が推定できることから、アミノ酸配列の相同性に基づくクラスター解析法で、イネとシロイヌナズナで同じ機能を持つと予想されるタンパク質をグループ分けしました。そして、同じオルソログタンパク質グループに属するイネとシロイヌナズナのタンパク質が、どの程度の頻度で同じようにリン酸化制御の標的となっているかを調べました。

研究成果

研究グループは、イネの培養細胞を使ってリン酸化プロテオーム解析を行い、3,393種類のリン酸化タンパク質やそのリン酸化部位の同定に成功しました。これまでに、シロイヌナズナの培養細胞で、2,244種類のリン酸化タンパク質を同定していますが、イネの解析は単子葉植物として初めての大規模同定の成果となりました。これらの情報を用い、イネで同定したリン酸化タンパク質のオルソログタンパク質が、シロイヌナズナでもリン酸化されているか調べました。その結果、オルソログタンパク質の少なくとも半数が、イネとシロイヌナズナで同様にリン酸化されていることが分かりました(図1)。さらに、そのうちの半数は、タンパク質上のリン酸化部位も同じであることが分かりました。

この発見は、進化的に遠縁種にあたるイネとシロイヌナズナの間で、つまりは多様性に富む植物種間で、リン酸化タンパク質やそのリン酸化部位が高度に保存されていることを示しています。植物のリン酸化プロテオームで初めてとなる比較解析の成功で、モデル植物で得られるリン酸化制御機構の知見がほかの植物種の理解に役立つことを示しました。

今回同定したリン酸化タンパク質とそのリン酸化部位の情報は、Plant Phosphoproteome Database(図2)にて5月12日から公開しています。

今後の期待

今回、イネとシロイヌナズナのリン酸化タンパク質だけでなく、リン酸化修飾が起こるアミノ酸の位置まで、数多く明らかにすることができました。さらに、これらのリン酸化情報の多くが、イネとシロイヌナズナに限らずほかの植物種の研究にも適用できることを示しました。公開データベースのPlant Phosphoproteome Databaseなどの情報資源が、実用植物の研究開発に大いに役立つと期待されます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 植物免疫研究グループ
グループディレクター 白須 賢(しらす けん)
Tel: 045-503-9574 / Fax: 045-503-9573

植物科学研究センター 植物プロテオミクス研究ユニット
ユニットリーダー 中神 弘史(なかがみ ひろふみ)
Tel: 045-503-9424 / Fax: 045-503-9573

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

慶應義塾大学先端生命科学研究所
准教授 石濱 泰(いしはま やすし)
渉外担当 塩澤、五十嵐
Tel: 0235-29-0802 / Fax: 0235-29-0809

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
イネとシロイヌナズナのリン酸化プロテオームの重なりの図

図1 イネとシロイヌナズナのリン酸化プロテオームの重なり

Plant Phosphoproteome Databaseの図

図2 Plant Phosphoproteome Database

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